映画「幻の光」について(6)ー能登再生への祈りを込めた29年ぶりの上映
2024年 10月 25日
こちらが公式サイト。
「幻の光」公式サイト
予告篇。
予告篇から。


1995年、是枝裕和監督の長編映画デビュー作が、能登半島地震の輪島復興支援のため再上映されたのである。
地震前の輪島、能登の貴重な映像の記録でもある。
こちらが、公開当時のものを全ページ精密にスキャンしで復刻したパンフレット。

先日亡くなった白井佳夫さんの映画評、原作者宮本輝の言葉や、是枝監督の「演出ノート」など、実に充実している。
スタッフとキャスト。
<主なスタッフ>
□製作:重延浩
□企画・プロデューサー:合津直枝
□監督:是枝裕和
□原作:宮本輝
□脚本:荻田芳久
□音楽:陳明韋
□撮影:中堀正夫
□美術:部谷京子
□衣装:北村道子
<主なキャスト>
□ゆみ子:江角マキコ
□郁夫:浅野忠信
□勇一:柏山剛毅
□友子:渡辺奈臣
□道子:木内みどり
□弘:大杉漣
□キヨ:橋本菊子
□民雄:内藤剛志
□喜大:柄本明
□とめの:桜むつ子
□初子:市田ひろみ
□喫茶店のマスター:赤井英和
□刑事:寺田農
□少女時代のゆみ子:吉野紗香
□少年時代の郁夫:市原紳吾
□MUKUMUKU:MUKUMUKU
あらすじの続き。
もちろん、ネタバレ、なのでご留意いただきたい。
前回までの見出し。
(1)尼崎トンネル長屋
(2)祖母の失踪
(3)郁夫
(4)ゆみ子の夢
(5)郁夫の自転車泥棒とペンキ塗り
(6)運送屋の元相撲取り
(7)ゆみ子の工場訪問と喫茶店
(8)郁夫の死
(9)葬式後
(10)輪島駅
(11)民雄の実家
(12)喫茶店のマスターの話
(13)工場
(14)アパート
その続き。
昨日、原作の宮本輝の短編集『幻の光』(新潮文庫)を購入。

宮本輝著『幻の光』
ここからは、原作からも補足しながら記したい。
(15)とめのの出航
師走の能登の朝。
珍しく、潮騒も風の音も聞こえない朝、家の横手を海に向かって歩いて行くゆっくりした足音が聞こえて、ゆみ子は起きた。
ゆみ子は起きて石油ストーブに火を入れ、雨戸を開けた。
足音の主は、とめのだった。
原作から。
“宇出津へ行く国道から細道を奥に入った、鱗壁の土蔵に住んでる中年の
女の人で、御主人はつい先頃、季節労働の出稼ぎで大阪へ出発したばかり
やった。小さな田んぼで自分らがやっと食べられるだけのお米を作り、
ときおり凪(な)いだ日を選んでエンジン付の小舟で沖へ出ては、捕った
スズキやクロダイをお金に換えてるのでした”
とめのが船を出すくらいだから、凪の海だなと思うゆみ子。
雨戸から覗いているゆみ子に気づいたとめのは、
「蟹を獲ってくるから、買わんかねェ」と言った。
ゆみ子は、三本の指を立てた。
「三匹やのォ。よっし」と、とめの。
(16)ゆみ子と民雄の溝
窓を開けたまま、外をじっと眺めている、ゆみ子。
尼崎から帰って来て妻の表情の変化に気づいている夫民雄は、やさしく語りかける。
「何見てんねん? 早う窓閉めな、家の中に、ツララができてしまうがな。里心でもついたんか。何や、ぼんやりしてるがな。尼崎へ帰りたぁなったんちゃうか」
「そんなこと、あらへん。ちょっと夢見て、眼が覚めたんや」と、ゆみ子。
民雄が、「また、誰かと内緒話、しとったんけ」と言い、ゆみ子は、驚いて問い返す。
「誰かて、誰?」
民雄を寝返りをうち、
「そんなこと、俺には分からん」と言った。
ゆみ子は、知らないうちに、郁夫の幻に話しかけていたのだ。
(17)不死身の、とめの
朝食の後、台所の窓から海を眺めるゆみ子。
さっきまで凪いでいた海が、豹変していた。
無数の浪の花が小さな竜巻を描きながら、濃い鉛色の海に吸い込まれていった。
ゆみ子の心配そうな様子を見て、義父喜大が言った。
「大丈夫や。とめのは不死身や。泳いででも帰って来る女じゃ」
たしかに、とめのは不死身だった。
いやな予感がして、沖から船を戻し、岩場に寄せて、そこから上がって親戚の家に寄り、風がおさまるのを待ってバスで帰って来たのだった。
とめのはゆみ子の顔を見て、手にしてビニール袋をかかげ、
「あんたの分は、獲っといてやったがね」
と何食わぬ顔で言うのだった。
さて、ゆみ子と民雄の溝は、埋まるのだろうか。
民雄が泥酔して帰った夜の出来後は、次回。
昨夜は、長年私が担当してきた株主向け情報誌の仕事を後継者に引き継いだこと、また、20年間イラストレーターとしてご支援いただいた方のコーナーも、簡素化されたページ構成のためなくなることで、パートナー会社が、二人を慰労する会を開いてくれた。
私が旧連雀町の老舗が好きであることを察して、旧連雀町、現在の淡路町の、あんこう鍋の「いせ源」に初めて行くことができた。

総勢6名。
私が、「いせ源」は関東大震災で焼けたのち、昭和5年に再建されたことや、初代は中橋広小路で、どじょう屋から初めてことなどを説明すると、後ろで聞いていた女将が、「すごいですね!」と驚いて寄って来た。
女将は、イラストレーターさんが座っている席は、かつて小津安二郎の席、私の後継者の女性の席には、田中絹代さんが座っていたことなどを説明してくれた。
残念ながら、池波正太郎のいつもの席は、もっと床の間寄りだったとのこと。
その後、神田のジャズバーで二次会。
実に楽しい会食で、久しぶりに帰宅は日付変更線を超えた。
今日は休み。
かみさんが日帰りで長岡の施設にいるお義母さんを訪ねている。
ユウと一緒に留守番であった。
それにしても、ショパンが臨時休業だったことが、気になるなぁ。
