「バロン西」を思い出させてくれた、「初老ジャパン」の快挙。
2024年 07月 31日
毎日新聞がコラム「余録」で取り上げていたので引用。
毎日新聞の該当コラム
「日本の馬はいつもたがいにケンカしようとしている…
「日本の馬はいつもたがいにケンカしようとしている。全くひねくれていて人になつかない」。トロイ遺跡の発見で知られるシュリーマンは幕末の来日時にこう記した。調教が不十分な馬にあきれたらしい▲明治政府は欧米に劣る馬の改良を始め、先進馬術を導入した。フランスで学び「日本騎兵の父」と呼ばれたのが秋山好古(あきやま・よしふる)。司馬遼太郎の「坂の上の雲」の主人公、秋山兄弟の兄である▲ドイツに学んだ陸軍も騎兵術は仏流で馬術の教官も仏留学組が中心。欧米に追いつき追い越せの到達点が1932年ロサンゼルス五輪の馬術障害飛越で愛馬ウラヌスと共に金メダルを獲得した西竹一(にし・たけいち)中尉だった▲それ以来のメダルである。ベルサイユ宮殿で開かれたパリ五輪総合馬術の団体競技で日本代表が英仏に次ぐ3位に入った。開会式に「メタルホース」も登場した馬術の本場での快挙に拍手を送りたい▲満州事変で米国の対日世論が悪化した92年前。爵位を持ち、ハリウッドのスターと交流のあった「バロン西」はつかの間の「平和の使者」の役割を果たしながら硫黄島で戦死した。馬術が軍人専門のスポーツだった時代だ▲今の馬術は男女の別なく参加できるジェンダーフリースポーツ。フランスも拠点を軍から国立乗馬学校に移した。表彰台に立った4人は6年間同じチームで欧米のトップ選手たちと競い合ってきた。「人馬一体」の競技。グラフトンストリート、ジェファーソン、ヴィンシー、セカティンカ。愛馬の名も記録しておきたい。
これが、同コラムから拝借した、「バロン西」こと西竹一と愛馬ウラヌスの写真。

愛馬との出会いや五輪出場について、Wikipedia「西竹一」から引用。
Wikipedia「西竹一」
ウラヌスとの出会いと金メダル
1930年(昭和5年)ロサンゼルスオリンピックの出場の為、半年間の休養を取り、アメリカと欧州へ向かった。欧州へ向かう船内で米国の映画スターダグラス・フェアバンクスとメアリー・ピックフォード夫妻と親交を持った。
3月にはイタリアで 終生の友とも言うべき存在となるウラヌスとの運命的な出会いを果たす。6,500伊リラ(当時の換算レートで、6,500伊リラ=100英ポンド=1,000日本円)で購入した。その後、欧州各地の馬術大会に参加し、好成績を残す。
1932年の習志野騎兵第16連隊附陸軍騎兵中尉時代、騎兵監などを歴任した大島又彦陸軍中将を団長に、城戸俊三陸軍騎兵少佐ら帝国陸軍の出場選手一同と参加したロサンゼルスオリンピック、馬術大障害飛越競技にて金メダリストとなる
クリント・イーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」(2006年)では、伊原剛志が西竹一を演じた。
硫黄島で戦車第26連隊を指揮した西。
その最期については、複数の説が紹介されている。
西の最期について詳細は不明で、1973年のドキュメンタリー映画『硫黄島』では、アメリカ軍の手榴弾で戦死したとしている。西らと行動を共にしながら生還した海軍軍属の内田忠治の証言によれば、西は3月22日に顔の半分を火傷して包帯を巻き、片目を失明していた西が陣地を脱出して北戦線に合流しようとしたが果たせず、戦車の砲撃によって戦死した。ほかにも、西が200人の生存者を率いて最後の突撃を行い、終日敵を斬りまくって最後は北部断崖に達してそこで切腹して自決したという証言もある。アメリカ側の証言としては、日本兵がアメリカ海兵隊のLVTを奪取して戦っていたが、どうにか奪われたLVTを撃破し、車内で戦死していた日本軍将校の遺体を確認したところ、軍服に入っていた手紙と写真から西であると判明したという海兵隊語学兵の証言もあるなど、夫人の西武子は、西の最後と関する情報を5通りも聞かされたという。満42歳没。最期と同様に、死亡場所についても複数の説があるが東海岸には西大佐戦死の碑がある。
明治35(1902)年生まれ、満42歳での戦死。
歴史にタブーの「If」であるが、もし、西が硫黄島で戦死することなく、戦後も馬術の指導者として若者を育成していたら、日本の馬術二個目のメダル獲得は、もっと早かったに違いない。
西竹一が硫黄島で亡くなってほぼ一週間後の3月末、陸軍獣医学校に居たウラヌスも死亡した。
ウラヌスは気性が激しく、西以外は扱えなかったと言われる。
人馬一体となった西とウラヌス。
自分を分かってくれるのはウラヌスだけだ、と西は語っていたと伝わる。
しかし、ウラヌスではなく、戦車を相棒として最期を迎えた西。
そして、余録で取り上げた秋山好古は、2009年から2011年に渡り放送された、NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』で、阿部寛が演じていた。
そういった歴史を思い起こすきっかけをつくってくれた馬術のメンバーの「初老ジャパン」という名が可笑しい、スケートボードの選手たちとは、好対照。
明日から8月。
いろいろな戦争関連番組が放送されるだろう。
年中行事、一過性とはいえ、歴史に学ぶことは重要だ。
