喬太郎に「俺は犬じゃない!」と言わせるような客は、退場すべし。
2024年 07月 19日
東スポから引用。
東スポの該当記事
人気落語家・柳家喬太郎が不快感「俺は犬じゃない!」 寄席の客席から執拗な指笛
2024年7月18日 08:56
東スポWEB
当代随一の人気を誇る落語家・柳家喬太郎の名がXでトレンド入りした。話題となっているのは現在、東京都内の上野鈴本演芸場で行われている7月中席夜の部での一コマ。〝マナー違反の客〟の振る舞いによる「贔屓の引き倒し」が問題視されている。
同演芸場に足を運んだとみられる複数の投稿者の報告によると、演者が高座に上がる際や、落語の最中などに執拗に指笛を吹き続けた客が喬太郎の主任興行をブチ壊しにしたとのこと。「寄席に指笛はいらない。(林家)彦いち師匠の噺の途中で指笛を吹く客がいた。彦いち師匠は受け流して大人の対応。次の(入船亭)扇辰師匠はしないようにやんわりと。主任の喬太郎師匠が高座に上がると大きな音で指笛が。師匠が『俺は犬じゃない!』とハッキリと不快感を示す。それなのに終演時にまた大きな音で!」(Xのポストより引用)
春風亭一之輔、桂宮治などの若手人気噺家の台頭もあり、新規ファンが続々と増えつつある落語界。伝統的に演者も客も「野暮な振る舞いはしないこと」が寄席の暗黙の掟として共有されてきたが、それらを守れない人々はいつの時代も一定数、存在する。
「せっかくの喬太郎師匠のトリなのに、集中できなくて悲しい」「『俺は犬じゃない』はごもっとも」。「客席がダメだった。繊細な喬太郎師匠の噺をブチ壊しにする指笛の音」。嘆きの声がXには続々とポストされている。
寄席空間で指笛を吹いても許されるのは、この世にたった一人だけ。五代目江戸家猫八による十八番のモノマネ芸。全ての人を笑顔にさせる、美しいウグイスの鳴き声だけだ。
サゲも洒落ていて、なかなか良い記事ではないか、東スポ!
たまにいるんだよね、こういう野暮が。
相当前になるが、落語会・寄席のマナーについて私見を記した。
2016年6月21日のブログ
見出しのみ箇条書きにして、再確認。
(1)着席は高座の切れ場
(2)音(ノイズ)に注意
(3)携帯・スマホは電源を切る
(4)メモは、迷惑にならないように
(5)高座途中の会話や発言はご法度
指笛など論外だし、贔屓による「たっぷり!」や「待ってました!」のかけ声も、私は賛成しない。
まさに、贔屓の引き倒し、というやつである。
十日間主任としてトリを務めるということは、自分自身の高座のことにも集中しなくてはならないし、打ち上げのことやらなにやら、緊張が続くに違いない。
そこで、高座に出て「ピュー!」なんてやられたら、たまったもんじゃない。
鈴本のサイトから、喬太郎主任の中席夜の部の内容を見た。
鈴本演芸場サイトの該当ページ
これが、主任喬太郎の十日間のネタ一覧。

喬太郎による企画は、ネタ切れ、ということで、古典と新作に分け、人気投票をして、その上位の5席ずつを演じているようだ。
古典のベスト10、新作・改作のベスト10を眺めて、久しく喬太郎を聴いていないせいもあるが、やや意外な印象。
古典に、『竹の水仙』が入っていないのが、やや残念。
二代目橘家文蔵の高座を舞台袖で聴いて、文蔵の了解を得て喬太郎が演じ始めたネタであり、もちろん、喬太郎ならではの脚色も楽しい。
新作・改作に『任侠流山動物園』が、入っていないのが、残念。
白鳥による長編『任侠 流れの豚次伝』の一部だが、豚次をはじめとする動物たちを演じる姿も可笑しいし、浪花節も挟まれる傑作なんだけどねぇ。
実力者であり人気者の喬太郎の高座を楽しみにしていた多くのお客さんが、たった一人の馬鹿のために、その芸を楽しめなくなったのなら、そんな不幸なことはない。
そして、当の喬太郎に「俺は犬じゃない!」と言わせるような行為は、厳罰ものである。
鈴本をはじめとする寄席の責任者は、野暮な客には、野暮で対抗してもよいのではないか。
高座の切れ目に注意し、それでもやめないのなら、ご退場願いましょう。
さて、王位戦の第二局は、挑戦者渡辺明九段の完勝だった。
藤井王位が、中盤でいくつかミスを重ねたのは、渡辺九段の圧力の強さだったのだろう。
これが、Abema将棋チャンネルで、渡辺九段が、最終97手の☗5五桂を、まさに打とうとしている盤面。
Abema将棋チャンネル

右下のAI評価のグラフは、いわゆる藤井曲線のように、渡辺曲線が描かれていた。
このシリーズ、あの強い渡辺明が戻って来たような気がする。
さて、藤井王位は、どう巻き返すのか。
第三局以降も、楽しみだ。
昨日終局後の大盤解説会場で、渡辺明九段に向かって指笛を鳴らすような客は・・・いるわけがない。
マナーが悪い観客は即刻退場させるべし。
お能は拍手しないことになっています。
能は舞台の向こう側にいるもの「神」に捧げるものとしているからとか。
コンサート会場でも、最後の瞬間に拍手する者がいて、余韻を台無しにしてくれます。
最後の無音の余韻までが曲の内。
それを知ったかぶりして「ブラボー」などと蛮声張り上げられたら、余韻が台無し。
寄席で口笛なんてその客の前にドッグフードでも出してやりたくなります。
ついでに首輪つけて引きずり出すことにしたらどうでしょう。
ごもっともです!
「たっぷり!」とか「待ってました!」なんて掛け声をかけるのも、興覚めです。
声ではないですが、お菓子の袋の音とか、パンフレットをめくる音とかも、気になりますね。
演者が集中している時には、聴く側もそれ相応に集中して余計な音は出すべきじゃありません。
さすがに、最近ではスマホを鳴らす人は減っているでしょうが、数年前は、「えっ、ここで!?」という場面で鳴ることが、結構、ありました。
ドッグフードと首輪は、喬太郎の言葉とシンクロしていて、ナイスです(^^)
出番が来て「待ってました!」という呼びかけが許されるかどうかも微妙なところかもしれません。三代目春風亭柳好は「野ざらし」が売り物でしたから、「待ってました!」は褒め言葉だったのでしょうね。それがどの噺家にも許されるかどうかは別問題ですが…。さすがに指笛は論外でしょう。
私はもちろん反対派ですが、初代林家三平は客弄りが上手でしたから、酔った客から「どうもすみません」と言われると、それはこちらが言う台詞ですので、と上手く返していましたね。
人気商売ですから、難しいところではありますが…。
その噺家の個性にも依るのかもしれません。
歌舞伎の大向こうのように、熟練の達人による「待ってました!」ならいいんですが、なかなかそういう声には、縁がありません。
三平は、別ですね^_^
たしかに、噺家次第ですが、静かに聴くのが、基本かと思います。
ならいいですけどね。
もっとも、落語家が言うように高座を降りるときじゃ困りますけど。
以前、寄席でこんなことが。
贔屓の落語家に来ていることを知らせようとして、客が氏名を名乗ったのです。「~です!」
贔屓の落語家は明らかに当惑し不機嫌な表情になりました。
なかなか、見事な「待ってました!」を聞くことは少なく、誰にでも声をかける困った客には二、三回遭遇しています。
最近、ある噺家が、仲入りにステージに上がって写真を撮る若いカップルがいたとSNSで怒っていました。
もはやマナー以前の問題です。
