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今日の「天声人語」から思う、いろいろ。

 今日の「天声人語」。

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 昨日は小言を書いたが、今日の内容は、なかなか良かった。

 サイトの題は「カスハラにご用心」。ちなみに、新聞紙面には、題は書かれていない。
 全文ご紹介する。
朝日新聞の該当コラム

 列車の指定席で男が傍若無人にふんぞりかえる。作家の伊集院静さんが注意したところ、言われたそうだ。金を払っているんだからどうしようと構わないじゃないか、と▼「たかだか金を払ったくらいで、好き勝手ができる場所が社会のどこにあるんだ。好き勝手したいなら、この車両ごと切符を買ってやれ」。小気味いい啖呵に胸がすく車掌さんもいるだろう。連休の最終日。Uターンの車内で旅の恥は搔き捨て、とふるまう客への対応で、現実には手を焼いているかもしれない▼鉄道だけではない。店員や公務員などに、客(カスタマー)が暴言を吐いたり、理不尽な要求や説教を繰り返したりするハラスメント、略してカスハラが横行しているそうだ▼トラブル対策で、運転手名の車内掲示をやめたタクシー会社もある。会話の入り口に、名字を見て出身地を聞くのは小さな楽しみだったが、何ともせちがらい世の中になってしまった▼人間だから、店や窓口での対応にいらつくことはあるだろう。でも長い目で見れば、サービスされた者は、いつかサービスする側になる。円環となって巡るのが社会というものだ。放ったカスハラの矢はぐるりと回って、自分の背に突き刺さる▼以前の記事によれば、他人をねちねちと諭すのは中高年の男性に多く、世直し型や過去自慢型、上から目線型などに分かれるそうだ・・・・・・あれ? 小欄は大丈夫だろうか。恥の掻き捨てにも、お説教の掻き捨てにもならぬよう用心用心。鏡の中の己をみつめ直す。

 引用した、伊集院静のエッセイの内容と論旨との関係も自然だし、ゴールデンウィーク(この言葉は好きじゃないが)最終日という時期的に旬である。

 サービスという行為の円環性、つまり、情けは人のためならず、ということから、相手を攻める行為が、老害の症状かもしれないという注意喚起と自戒を込めたサゲも、悪くない。

 タクシー運転手の方との会話のきっかけが、その名前であると言う点は、私は共感できる。
 何度も、そこから会話が広がったことがある。

 良い時には、このように褒めるのが、小言幸兵衛なのである(^^)

 
 このコラムを読んで、昨夜初回放送を見た、NHK BSの「老害の人」を思い出した。

 NHKサイトから、引用する。
NHKサイトの「老害の人」のページ

『すぐ死ぬんだから』『今度生まれたら』に続く、
内館牧子原作の「老後」小説のドラマ化第三弾!
今回は、老人VS若年に切り込んで、双方本音の先には
これからを生きるヒントが―
昔話に説教、趣味の講釈、病気自慢。そうかと思えば、無気力、そしてクレーマー。
老害をまき散らす老人たちと、それにうんざりして「頼むからどこかへ行ってくれ」とさえ思う若年層。でも、口には出せない。
老害側にいくら言い分があろうと、若年層はストレスをためるばかりだ。
それなのに「終活」は早いうちから考え始めた方がよいと世間は煽る。
若年層のはずの子供世代は得体のしれない焦りを感じている。
その子供たち、孫世代も複雑な事情や心情を抱える。

一方の老害側も感じている。老人を婉曲に別枠に入れる世間の風を。
そして、人生百年と言われても、一体どう生きたらいいのか…と。

埼玉県川越の近くの街に住む一家を中心に、会社を娘の夫に譲った筈の戸山福太郎と、近所の老人5名=老害六重奏が
コロナ禍に巻き起こす騒動と、家族たちの群像活劇。
双方の本音がぶつかった先に吹く風を描きます。

 脚本家の一人は、「深夜食堂」なども手がけた真辺克彦。


 主なキャストは次の通り。

□戸山福太郎:伊東四朗
□戸山明代:夏川結衣
□戸山純市:勝村政信
□吉田 武:前田吟
□吉田桃子:日色ともゑ
□竹下勇三:小倉蒼蛙(小倉 一郎)
□林 春子:白川和子
□林 里枝:羽田美智子
□戸山 俊:望月歩
□戸山梨子:木竜麻生
□戸山八重:田島令子
□山本和美:高橋惠子
□村井サキ:三田佳子

 良い顔ぶれだと思う。
 

 昨夜の初回は、福太郎の妻八重の通夜から始まる。
 そして、列席者に向かって、福太郎は経営する会社の社長を辞め、娘婿の純市に譲る、と告げる。

 以前から行きたかった芭蕉の「奥の細道」を辿って一人旅を始めたりするが、すぐに飽きてしまった。
 社長を退く時、名前だけでも残させてくれと純市に言われ、「経営戦略室室長」という肩書だけは残っていた。
 普通は、「顧問」や「相談役」あたりだけどね。
 久しぶりに福太郎が会社に行ってみると、経営戦略室が物置になっている様子に怒り、つい、自分の昔の自慢話を始めた。
 純市や役員たちには、すでに何度も聞かされた話だった。
 福太郎は、週にニ三度、顔を出すから、と純市たちに告げた。騒動の予感、で初回は終わった。

 次回は、三田桂子演じる高齢者クレーマーが登場したり、福太郎が客に自慢話を聞かせたことで商談を壊すエピソードがあるようだ。楽しみだ。


 ということで、「天声人語」で締めくくりに書かれた、高齢者の自慢話や上から目線のこととで、昨夜始まったばかりのドラマを思い出した。


 もちろん、クレーマーは、困る。

 しかし、家族のため、会社のため、ひいては社会、国のために働きづめだった高齢者が、時折、自慢話をすることくらい、許容できる社会でありたいと、私は思う。

 調理補助のバイトをしている介護施設で入居者の方々を見ていると、もはや、自慢したくでも聞く相手もなく、また、自分自身がその逸話を忘れていると思われる人が多い。


 「またか」と思うかもしれないが、その「またか」は、意外に早く思い出に変わってしまうのだ。

 人生の後輩たちは、心の中の「またか」を押し殺し、その自慢話をする老人の楽しそうな姿を眺めることに、自らも喜びを感じるようにならなければいけないのではなかろうか。

 すでに65歳以上が三割のこの国。

 自分が高齢者になる日は、そう遠くない。

 先輩たちを大切にすることは、まさしく、自分たちに返ってくる。

 あらためて、情けは人のためならず、なのである。


 そろそろ、締め。
 
 拙ブログも、つい上から目線で書いているかもしれないし、結果として自慢話をしていることもあるだろうし、説教の掻き捨てもあるだろう。鏡の中の己を見つめ直そう。あれ、これ、パクリ?!

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by kogotokoubei | 2024-05-06 17:36 | 幸兵衛の独り言 | Trackback | Comments(0)

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by 小言幸兵衛