『金明竹』の言い立てで、ちょっと、言葉狩り遊び。
2024年 02月 18日
同書は、日本語の音が消えていく「文字落とし」という、和歌などで古来より使われている手法で書かれていて、「あ」という音がなくなれば「愛」という言葉は消える、という実験小説だ
もし、落語で「文字落とし」をしたらどうなるか、遊んでみた。

写真は、落語ネタを調べる時にお世話になる「落語の舞台を歩く」サイトの『金明竹』のページから拝借。
黄檗山ではなく、皇居東御苑の金明竹とのこと。
「落語の舞台を歩く」サイトの該当ページ
『金明竹』の謎の上方人の言い立てから、「き」「ん」「め」「い」「ち」「く」の六文字を落としてみた。
なお、言い立ては、三代目三遊亭金馬版。
まず、文字落とし前。
「わてナ、中橋の加賀屋佐吉方から参じました。先度、仲買いの弥市が取り次ぎました道具七品のうち、祐乗、光乗、宗乗三作の三所物、ならびに備前長船の則光、四分一ごしらえ横谷宗みん小柄付きの脇差ナ、あの柄前は旦那はんが古たがやと言やはったが、あれ埋れ木やそうで、木~ぃが違(ちご)うでおりますさかいにナ、念のため、ちょっとお断り申します。
次はのんこの茶碗、黄檗山金明竹(おうばくさんきんめいちく)ずんどの花活(はないけ)、古池や蛙とびこむ水の音と申します、ありゃ、風羅坊正筆(ふうらぼうしょうひつ)の掛け物(もん)、沢庵木庵隠元禅師(たくあん・もくあん・いんげんぜんじ)張りまぜの小屏風、あの屏風はなァもし、わての旦那の檀那寺が兵庫におましてナ、ヘイ、その兵庫の坊主の好みます屏風じゃによって、表具にやり、兵庫の坊主の屏風になりますとナ、かよう、お言伝(ことづけ)願いまぁ」
では、六文字を落とす。
落とした部分を□と記す。
最初の部分。
「わてナ、中橋の加賀屋佐吉方からさ□じました。」
被害(?)は、一か所。
次。
「せ□ど、仲買□のや□□が取り次ぎました道□七品のう□、祐乗、光乗、宗乗さ□さ□の三所も□、ならびにびぜ□長船の則光、しぶ□□ごしらえ横谷宗み□小柄付□のわ□差ナ、あの柄前は旦那は□が古たがやと□やはったが、あれ埋れ木やそうで、□~ぃが□ごうでおりますさか□にナ、念のた□、□ょっとお断り申します。」
被害が広がってきた。
続ける。
「次はの□この□ゃわ□、おうば□ざ□□□□□□□ず□どの花□け、古□けや蛙とびこむ水の音と申します、ありゃ、風羅坊正筆(ふうらぼうしょうひつ)の掛けも□、た□あ□、も□あ□、□□げ□ぜ□じ張りまぜの小屏風、あの屏風はなァもし、わてのだ□なのだ□な寺が兵庫におましてナ、ヘ□、その兵庫の坊主の好みます屏風じゃによって、表□にやり、兵庫の坊主の屏風になりますとナ、かよう、お言伝願□まぁ」
もはや、日本語の体は、なさない。
「おうばざずどの」って、どんな殿?
「わてのだなのだな」って、笠置シズ子の歌みたい。
なお、「木が違った」=「気が違った」の地口は、テレビ放送される高座では、省略されることが多い。
やはり、言葉狩りは、怖いねえ。
そういえば、『金明竹』には、柳家小袁治による東北弁バージョンもあるし、三遊亭円丈による名古屋弁バージョンもあった。
もし、落語で、いわゆる標準語を禁止したら、なんて考えないでもない。
そうそう、岸田総理から「しっかり」を禁止し、政治家には「記憶にございません」を禁止しよう。
