同級生、室住信子のこと。
2024年 02月 12日
小説のようなもの、の今後の作品を書くためもあり、ある同級生の近況が知りたくなり、調べてみた。
その同級生は、室住信子。
同級生でもあり、敬称は略させてもらう。
高校三年間、同じクラスだった。
彼女は、常に成績トップ。
ある意味、雲の上の存在。
東大に現役で進み、その後、英文学の翻訳家としても活躍し、青山学院大学の教授にもなった。
年賀状が来なかったこともあり、彼女のことを、小説のようなもの、の素材として取り上げようかと思って、検索した。
「科学技術振興機構」というサイトに、プロフィールがあった。
「科学技術振興機構」サイトの該当ページ
1979年1月に、第三回翻訳奨励賞最優秀賞を受賞している。
検索結果の中に、まさか、彼女の訃報を見つけるとは、まったく想像していなかった。
翻訳家仲間の鍛治靖子のツイッターを、大森望がコメントつきでリツイートしていた。
室住信子さんの訃報。翻訳家としてはタニス・リーなど幻想文学が中心でしたが、F・M・バズビイ「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」の翻訳を時間SF傑作に収録させて頂くとき、久々に話をしたのが最後でした。昔は翻訳勉強会の旅行で一緒にボウリングやビリヤードをしたことも。残念です。 https://t.co/6GWAtMPXXY
— 大森望 (@nzm) December 12, 2023
二週間ほど前、この訃報を知った時、しばらく、ぼーっとしていた。
ビリヤードでも活躍していた。
「9 ball classic」さんのFacebookでも、訃報が伝えられたいた。
12月16日の記事を引用する。
「9 ball classic」さんのFacebook
【追悼文】
2023年12月4日、アマチュアビリヤードプレイヤーの室住信子さんが永眠されました。
室住さんは、A級として長年に渡りご活躍され、またその柔和で穏やかなお人柄で、多くのプレイヤーから愛されておりました。
ナインボールクラシックにおきましては、1998年から実施しているレディース大会の全26回全てに参加されたプレイヤーであり、クラシックの歴史を共に歩み、成長を見守っていただきました。
クラシック実行委員会一同、室住さんのクラシックへの貢献に敬意を表すると共に、ご冥福を心からお祈り申し上げます。
この後に、副委員長の深澤さんの追悼文と室住の写真が掲載されている。
彼女は、翻訳家、英文学教師、そして、ビリヤードプレーヤーとして、大きな足跡を残したことは、間違いないだろう。
しかし、正直なところ、彼女の訃報が、ツイッター、FacebookというSNSの世界だけであることが、私には意外であり、残念でもあった。
9組中で2組しかない理数科だったので、結構多くの人とクラスが同じという状況のため、2クラス併せてクラスメート、という感じだった。
十数年前から、関東に住む二つのクラスの同級生と集まる機会があった。
何度か、室住とその集まりで会った。
高校以来で初めて会った時は、高校時代に感じた冷たい印象が、見事に覆された。
ずいぶん人柄が大きく丸くなった。
また、大人の女性の色気も感じた。
コロナ前の会は、バイトがあり、参加できなかったが、室住も参加予定だった。
今年、久しぶりの会が企画され、室住も参加するなら、何とか駆けつけようと思っていた。
小説や映画のことなども話したかった。
そんな時に知った訃報・・・・・・。
これが、昨年もらった、最後の年賀状だ。

文章は、こうだった。
「おかわりないですか?
わたしも いよいよ
ことし1年で定年になります。」
「時のながれるのって
ほんとうにはやい。笑」
「ことしも よろしく
お願いします♪」
いつもの顔の絵とサイン。
彼女は、趣味でピアノも弾いていた。
同級会で、ピアノの話題になり、私のかみさんがピアニストだと話したこともあったはずだ。
そのかみさんは、久しぶりに二人とも休みで昼食に出かけ生ビールを飲んだので、今、寝ている。
室住が、和服で、同級会に参加した時もあったはずだ。
その姿に、中島梓と朝丘雪路の二人のイメージを同時に感じたものだ。
高校時代、一度だけ、英語の試験で彼女を上回ったことがある。
それって、今思うと、私にとっては、実に重要なことであったと思う。
高校2年の冬に、国立理系志望から、私立文系志望に、いわゆる、文転したのは、そんなことも自信になったからだと思う。
これから、いろんなことを話したかったのに。
同級生、室住信子は、仕事に趣味に、十分に濃密な人生を送ったのだと思う。
しかし、やはり、残念でならない。
心より、ご冥福を祈りたい。
私は小学校、中学校、高校(私は普通科で、クラスは違う)と一緒でした。小学校6年のとき、日曜日に開催された教職員大会の受付を、担任の先生から室住さんと私に任じられ、その時の写真が手元にあります。中学生になったとき、クラスは違ったと思いますが、登校時なぜか私の家まで迎えに来てくれて一緒に登校しました。
東京大学卒業後は、英文学翻訳家として活躍されていることは知っていましたが、それ以外でも活躍されていたことは、さすがですね。
静かにご冥福をお祈りいたします。
小学生のころ通知表に「内向的」と評された私からは、室住さんは「年上のお姉さん」といった印象でした。
彼女の急逝を悼むお仲間やご友人のコメントを見ると、彼女が周りの人々との関係やご自身の趣味の世界をいかに大切にしていらしたかがわかります。
それを知らせてくださったkogotokoubeiさんのこのブログには感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました。
