歴史に学ぶー「高度経済成長」による代償、「公害病」を振り返る。
2024年 01月 21日
緒方正人さんの『チッソは私であった』を紹介している。
また、先日、「効率」か「レジリエンス」か、という記事を書いた。
かつて、同じようなトレードオフとして、「高度経済成長」か「国民の健康」か、という時期があった。
1960年代から70年代にかけ、所得倍増という掛け声とともに、工業化を推し進めたこの国だったが、その結果、大きな代償を払うことになった。
その象徴的なものが、公害病だ。
あらためて、「四大公害病」のことを振り返りたい。
「nippon.com」のサイトの「四大公害病:高度経済成長期の負の遺産」のページを元にして、まとめる。
「nippon.com」の該当ページ
まず、これが、同サイトにある地図。

なお、同ページの記事は、ジャーナリストの、まさの あつこ、によるものである。同氏は、著書に『水資源開発促進法 立法と公共事業』(築地書館、2012年)、『四大公害病』(中公新書、2013年)、『投票に行きたくなる国会の話』(ちくまプリマー新書、2016年)、『あなたの隣の放射能汚染ゴミ』(集英社新書、2017年)などがある、
□イタイイタイ病
1968年認定。
富山県の神通川流域で発生。三井金属鉱業の鉱山や製錬工場から排出されたカドミウムが川に流され、
生活用水や農作物などを通して身体に取り込まれて生じた病だ。腎臓障害から骨軟化症を発し、全身に
針で刺されたような激痛が走る。
□水俣病
1956年に公式確認。
熊本県水俣市の新日本窒素肥料(以後、チッソ)が32年からアセトアルデヒド生産工場の排水を海に
垂れ流し、そこに含まれていた水銀が生じさせた病。食物連鎖を通じて地元の魚介類を食べる人々が
発症し、死亡、麻痺(まひ)、けいれん、視野狭窄(きょうさく)、聴力障害、手足の感覚障害と
いった人体被害に加えて、地域社会による差別が被害者とその家族を苦しめた。
□新潟水俣病
水俣病の原因究明と対策が先延ばしにされる中、65年に発生が認められた第2の水俣病。昭和電工が
阿賀野川中流、新潟県鹿瀬町で稼働させていたチッソと同様のアセトアルデヒド生産工場からの排水が
原因だった。
国が2つの水俣病の発生源を公式に認めたのは68年9月だった。
□四日市ぜんそく
1959年に操業を開始した三重県の四日市コンビナートから排出された大気汚染による健康被害。
コンビナートにある13社の煙突から吐き出される亜硫酸ガスが、気管支喘息(ぜんそく)、
喘息性気管支炎、慢性気管支炎、肺気腫など呼吸器疾患を発症させた。
13社のうちの6社、すなわち石油精製を行う昭和四日市石油、石油を原料に2次製品から最終製品を
製造する三菱油化、三菱モンサント化成、三菱化成工業、石原産業、そして石油火力で発電を行う
中部電力が訴えられ、72年に共同不法行為が裁判で認定された。
あえて、企業名もそのまま記した。
同サイトから、引用する。
企業利益を優先し、被害を拡大させた政府
日本の高度経済成長期、重化学工業化が進んだため環境汚染が拡大し、経済の繁栄と引き換えに公害で苦しむ多くの患者を生み出すことになった。そして四大公害病は、私たちに忘れてはならない3つの教訓を残した。
第1に、生物が発する警告は注意深く受け取らなければならない。
四大公害病では人間よりも先に動植物が被害を受けた。水俣病や新潟水俣病では魚が、イタイイタイ病では鉱山周辺の木々や河川下流部の稲、魚が、四日市でも魚が汚染されていた。
第2に、原因究明や対策を先延ばしにして、被害を拡大させてはならない。
例えば水俣病では、1952年に魚の大量斃死(へいし、突然死)事件が起きた時に工場排水の成分分析は行われず、4年後に患者が発生した。翌57年には、熊本県が食品衛生法に基づいて漁獲を禁止しようとしたが、厚生省(現・厚生労働省)は「すべてが有毒化しているという明らかな根拠がない」と法律を運用させなかった。
その厚生省が58年にチッソを汚染源と特定すると、チッソは否定。排水口を水俣湾内から湾外に変更して、より広い不知火海沿岸に被害を拡大させた。
通産省(現・経済産業省)は排水先の変更に気づいていたが、チッソに対して排水停止命令を出さず、59年に排水口を水俣湾内に戻させただけだった。この年、チッソ水俣工場付属病院の医師は、ネコを使った動物実験により原因は工場排水に含まれていた水銀であると突き止めた。しかし、実験結果を公表しなかった。
熊本大学の研究班も原因物質を特定、厚生省の食品衛生調査会の部会がその結論を支持した。しかし、その部会報告を通産相が「結論は早計」と受け入れず、結論を支持した部会の方が解散させられた。業界団体である日本化学工業協会は、過去に否定された爆薬原因説などを持ち出して水銀説を薄めた。
同年11月には国会議員団が初めて現地調査に訪れ、漁民や患者家族によるデモ隊が出迎え世論を高めた。しかし、12月にチッソは浄化装置を完成させ、汚染収束を演出した。ただし、この浄化装置に水銀の除去機能はついておらず、その後も汚染はチッソが水銀使用をやめるまで続いた。人々がそのことを知らされたのは1985年の法廷においてだった。
残酷にも母親の胎盤を通して水銀被害を受ける水俣病の存在が確認されたのは、汚染収束が演出された3年後の62年だ。脳性小児まひで死亡したと思われた5歳児の解剖で有機水銀が検出されて、疑われていた胎児性水俣病がこの時に証明された。
政府がついに水俣病の汚染源と原因を認めたのは、アセトアルデヒド生産の他の製造方法が確立し、水銀が不要となった68年だった。国は結論を先延ばしにして最後まで企業利益を優先し、被害を拡大させた。
企業利益を、国民の生活向上より優先する国の姿勢は、まったく変わっていないと思う。
自民党を中心にした企業からの献金、パーティー券の購入は、いったい何のためか。
そして、もう少し視野を広くすると、アメリカの利益を優先し、被害を拡大させる国、という構図も見えてくる。
今、上記のような公害病があったことを、若者は知らないだろうし、多くの大人も忘れかけている。
金のかかる政治とは、その金をかけても、メリットを得る企業や政治家がいるからなくならないのである。
もちろん、金がかからない政治への仕組みの改善は必須だ。
税金から支払われる報酬だけで政治家は活動すべきではないのか。
たとえば、原発再稼働を進めようとする自民党政権と、電力会社によるパーティー券購入の関係を考えれば、もう、企業献金もパーティーという名の集金活動も、やめるべきだ。
あえて、古い話を持ち出したが、政治が誰のために行われるべきか、とんでもない代償を伴う歴史があったことを、今こそ学ぶべきだと思う。
