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『バンブーを知る女』ー♪We're All Alone


 ♪We're All Alone

 植田君から恵美ちゃんとの結婚の知らせを聞いた翌9月下旬の土曜日、私は、半年ぶりに新潟県のN市を訪れた。

 式は、午後3時からなので、朝は少し早く起きて新幹線に乗り、13時頃に、会場のホテルに着いた。
 チェックインまで時間があったので、荷物を預け、ラウンジでコーヒーを飲み、読みかけのミステリーの続きを読んでいた。

 以前住んでいたアパートの一階の大衆割烹松之山の親父さんが、店の座敷に泊まるよう言ってくれたが、私は、そのホテルに一泊することにした。
 町でもっとも真っ当なシティホテルであり、最上階のバー「マウンテン・パス(峠)」には、馴染みのバーテンダー吉田さんもいる。
 松之山の親父さんには、披露宴で会えるし、たぶん、テーブルも同じだろう。

 しばらくすると、披露宴の司会をする、植田君と同じテレビ局の一年後輩の渡辺君が、私を見つけて近づいて来た。
 彼とも仕事での付き合いがあったし、たまに、植田君に誘われてジャズ喫茶雨戸に来たこともある。

 披露宴の司会の台本らしきノートを持ってやって来た彼が、私にこう言った。
「お久しぶりです。お元気でしたか」
「まあ、なんとかやってるよ」と私。
「それで、さっそくなんですが、お願いがあります。実は、キューピッド役としてスピーチをお願いしようと思うんですが」
 私は、事前に聞かされていなかったが、ある程度予期はしていた。
 しかし、どんな顔ぶれの来賓がいて、どんなスケジュールなのか知らなかったから、渡辺君に、
「どんな予定なの?」
 と聞くと、彼はノートを見せて説明してくれた。
 植田君の実家が建設関係の会社で、お父さんも地元の名士なため、市会議員の来賓スピーチに、勤務先のテレビ局の社長のスピーチがある。
 恵美子ちゃんのお父さんは鉄工所を経営していて、取引先の会社の社長さんのスピーチも予定されていた。
 乾杯の発声は、テレビ局の取締役支局長。
 
 私のスピーチは乾杯のすぐ後だったが、少し、ダレる流れになっていそうな気がした。

 あまり、スピーチばかりでもなぁ、と思い、
「渡辺君、歌でもいい?」
 と私は聞いた。
「歌ですか。もちろん結構ですが、何を歌われますか。できれば、恵美ちゃんの高校の同級生が、今日はお祝いとしてエレクトーンの演奏をしてくれるんです。事前にご相談してもらえますか」
 と渡辺君。
「構わないよ」
 と私。
「もう彼女来ていますので、後でお引き合わせしますね。しばらくしたら、控室に来てもらえますか」
 ということで、私は、それから20分ほどして、三階のその部屋に行った。
 しばらくして、渡辺君が、その女性を連れて来た。彼女は、やたら重そうな黒いバッグを持っている。
 私を見つけ、
「こちらが、今日エレクトーン担当の晴恵さんです」
 と紹介してくれた。
 私も自己紹介し、希望する曲を彼女に伝えた。
 彼女は、例のバッグから、分厚い歌の本を取り出し、目次を見て、該当するページを開いた。
 そして、一言。
「大丈夫です。もし、曲を替えたくなっても、この本に楽譜があれば、大丈夫ですから」
 と言う。
 
 渡辺君と彼女は、またその部屋を出て行った。

 控室は、ほとんど同窓会のような状態だった。
 松之山の親父さんもいたし、バー菜穂子のママもいた。
 もちろん、ジャズ喫茶雨戸の恵子さん、令子さんも。
 午後3時からの披露宴は、雨戸の休憩時間に合わせた、のかもしれない。
 また、雨戸の常連で、松之山での「鯛」や「ふぐ」での飲み放題ポッキリ会メンバーでもある、俊二さん、明さんもいた。
 たった半年しか経っていないのに、ずいぶん昔のように感じた。

 披露宴が始まった。
 テーブルは、予想通り、松之山の親父さん、バー菜穂子のママ、雨戸シスターズと一緒だった。

 渡辺君の司会で、スピーチ、スピーチ、スピーチ&乾杯と進み、さて、次が私だ。

 キーボードの傍にあるスタンドマイクの場所に行き、渡辺君の紹介の後、少しだけご挨拶をして、ふたりのために一曲歌わせてもらうと告げ、晴恵さんに目で合図。

 ボズ・スキャッグスの♪We're All Aloneのイントロが流れ出した。

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 アルバム「シルク・ディグリーズ(Silk Degrees)」の中の、有名な一曲。

 大好きな曲で、私は、ほぼ歌詞を覚えていた。
 
 1978年、大学を卒業する直前の2月には、大阪フェスティバルホールの初来日にも行っている。
 スティーヴ・ミラー・バンドの頃はよく知らないが、ソロになってから、1974年の「スロー・ダンサー(Slow Dancer)」あたりから聞き出して、1976年の「シルク・ディグリーズ (Silk Degrees)」という最高傑作にも巡り合った。
 初来日前年の1977年には「ダウン・トゥー・ゼン・レフト(Down Two Then Left)」もリリースされていた。



 カラオケで歌ったことはあったが、五十人を超える客の前では初めてだったので、不安もあった。
 しかし、晴恵さんの伴奏のおかげもあり、実に、気持ちよく歌うことができた。

 お客さんからも、お世辞を含む大拍手をいただき、ホッとして席に戻った。

 その後、松之山の親父さんによる、♪娘よ、があり、新郎、新婦の友人たちのスピーチや歌も披露され、披露宴はお開き。

 雨戸を貸し切っての、二次会。

 その時も、晴恵さんはいたのだろうが、俊二さんや明さん、恵子さん、令子さんたちとの話で、いろいろ盛り上がって、気がつかなかった。

 そして、二次会もお開きになり、私は、ホテルに戻り、バー「マウンテン・パス(峠)」に上がった。

 バーテンダー吉田さんに、ギムレットを頼む。

 ジンは、タンカレーを、何も言わなくても、吉田さんが選んでいる。
 いつもの、シェーカーの蓋を客側にするスタイルで吉田さんがシェイクし、グラスに注ぐ。
 
 そのグラスが、私の目の前に置かれる。

 懐かしい味を楽しんでいると、数名の客がドアを開けて入って来た。

 植田君、恵美ちゃんの新郎・新婦と、彼らの同級生などが数名、やって来たのだった。

 中には、東京などで働いている人もいて、その人たちは、私同様、そのホテルに泊まっていたのだ。

 そこに晴恵さんもいた。

 植田君、美恵ちゃんと晴恵さんが、私のいるカウンターのスツールに腰かけた。

 他の人たちは、テーブル席で、高校時代の思い出話にふけっているようだ。

 なんでも私の真似をする植田君は、ギムレット、恵美ちゃんは、カルーア&ミルク。
 恵美ちゃんが、
「晴恵ちゃん、何にする?」
 と聞くと、カクテルのメニューを見ながら、
「あっ、バンブーがあるんですね。私、バンブーにします」
 と言う。

 ほう、日本最初のオリジナル・カクテルと言われるバンブーを知っているんだ、と感心した。

 植田君も、恵美ちゃんも、
「へぇー、そんな名前のカクテルがあるんだ」
 と驚いている。

 私は、今は亡き酒とミステリーの師匠、竹田さん仕込みの蘊蓄を披露した。

「バンブーは、関東大震災で焼失した横浜グランドホテルで、当時の総支配人兼バーテンダーとして招かれていたルイス・エッピンガーによって、1890年に創作されたんだ。日本で最初に創作されたカクテル、ですよね、吉田さん」
 と、後は、吉田さんにふった。
 吉田さんは、答えてくれた。
「その通りです。その後、横浜グランドホテルを訪れたお客さんや、客船に乗って海外に行かれた方などによって、日本生まれのカクテルとして世界中の知られるようになりました。シェリーをベースにしたアドニスというカクテルがあって、そのスイートベルモットをドライベルモットに替えたものです。他にオレンジ・ビターズを加え、ステアします。マティーニに似た味です」
 私が続けた。
「吉田さんは、横浜グランドホテルの跡地にできたホテルニューグランドの有名なバー、シーガーディアンで働いていたこともあるんだ。バンブーは、ヨコハマ、ミリオン・ダラー、チェリー・ブロッサムを加えて、横浜が発祥と言われる横浜四大カクテルの一つ、でしたよね」
 と、私。
 吉田さんは、カクテルを作りながら、笑って頷いている。
 植田君が、
「さすがですねぇ」
 と言うので、
「この前、シーガーディアンに行って、バンブーを飲んできたんだ。と言っても、すでに最初のシーガーディアンではなく、シーガーディアンⅡ(ツー)になってたけどね」
 と返すと、植田君が、
「いいなぁ、横浜行きたいなぁ」
 と言う。
 横では、恵美ちゃんが、
「何、言ってんのよ。あなたは、そんな暇ないでしょ」
 と、すでに姉さん女房ぶりを発揮した。
 その話を、晴恵さんは、楽しそうに聞いていた。


 吉田さんが、いつもの見事な手際で彼ら三人のカクテルを作る。

 最後に、バンブーのグラスが晴恵さんの前に置かれた。

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 あらためて、四人で乾杯。

 その時は、なぜ、晴恵さんがバンブーを知っているのか、などを聞くのは失礼だと思っていた。
 

 私は、ともかく、♪We're Are All Aloneの見事な伴奏にお礼を言った。


 その後、恵美ちゃんが私に言葉をかけたのが、その後のいろいろの始まりだった。

Commented by at 2024-01-10 06:47
「僕らはみな孤独」と言ったら、英語に精通した方に笑われました。
「ここには僕たち二人しかいない」という意味だとか。ラヴソングですね。
空間が切なく染まる名曲。
Commented by kogotokoubei at 2024-01-10 08:25
>福さんへ

ボズ・スキャッグス自身も凄いのですが、のちにTOTOとなるデヴィット・ペイチとのコンビで出来た楽曲が、実に良いのですよね。
「シルク・ディグリーズ」は、全曲良いです。
70年代の名アルバムの一枚。
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by kogotokoubei | 2024-01-09 20:18 | 『バンブーを知る女』 | Trackback | Comments(2)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛