『スコッチなら、アイラのシングルモルト』ー「チャーリー・マフィンに乾杯」
2023年 12月 26日
チャーリー・マフィンに乾杯
この頃、三十年余り前のことが、思い出されてならない。
二十代半ばから三十代にわたって、海外の探偵小説やスパイ小説、冒険小説ばかり読んでいた。
ミッキー・スピレインのマイク・ハマー・シリーズにはまった後、レイモンド・チャンドラー、次に追いかけたのは、ブライアン・フリーマントルだった。
なかでも、チャーリー・マフィンのシリーズは、続編が待ち遠しかった。
英国秘密情報部MI6のスパイなのだが、決してエリートコースを歩んできたわけでも、順調に出世したわけでもない。
リストラや減俸など、中年サラリーマンの悲哀と重なる人物。
何度も命を狙われる危機に直面する。
擦り切れたハッシュパピーをいつも履き、冴えない風貌のチャーリー・マフィンは、ジェームズ・ボンドとは好対照。
初期の刊行年とタイトルを並べてみる。
□1977年 Charlie Muffin(『消されかけた男』)
□1978年 Clap Hands,Here Comes Charlie(『再び消されかけた男』)
□1979年 The Inscrutable Charlie Muffin(『呼びだされた男』)
□1980年 Charlie Muffin's Uncle Sam / (アメリカ版)Charie Muffin U.S.A(『罠にかけられた男』)
□1981年 Madrigal for Charlie Muffin(『追いつめられた男』)
まだまだ、続く。
たぶん、『罠にかけられた男』あたりからはリアルタイムで、新潮文庫の初版で読んでいたはずだ。
稲葉明雄さん訳の文庫が出るのが待ち遠しかった。
勤めていた新潟県N市の、ある広告代理店の支局があるビルの隣が、一階にあるK書店がオーナーのビルだった。
昼休みには、その書店に行って、新刊の有無を確認したものだ。
もし入荷していたら買ってすぐ、隣の、職場と同じビルの一階、喫茶「サフラン」でページをめくった。
このチャーリー・マフィンが飲む酒は、一つ。
アイラのシングルモルトだ。
スコットランドの“ウイスキーの聖地”と呼ばれるアイラ島で造られるのが「アイラウイスキー」。
スコッチウイスキーのひとつではあるが、ほとんどの蒸溜所が海に面していることから、個性的な香りがするのが特徴だ。
蒸留所が島のどんな場所にあるかで、その味にも特徴があった。
といった蘊蓄は、北海道のテレビ局の名古屋支局長、私の酒とミステリーの師匠である竹田さんから教わったもので、私は、チャーリー・マフィンを知るまで、飲んだことはなかった。
しかし、このシリーズにはまってしまい、当然のことのように、飲みたくなった。
ということで、行きつけのジャズ喫茶雨戸にキープしようと思ったが、小説には、特定のブランド名は書かれていなかった。
まぁ、アイラのシングルモルトなら、なんでもいいや、と雨戸の令子さんにお願いして酒屋に注文してもらい、「Bunnahabhain(ブナハーブン)12年」というボトルをキープしたのであった。
決して、安くなかった。
だから、バーボンのエヴァン・ウィリアムスもまだ結構残っていたし、そのアイラ・シングルモルトは、しばらく雨戸でも寝かせることにして、何か、いいことがあったら飲もう、なんて思っていた。
番組改編の忙しさが済んだ、10月の土曜、毅と栄子が働く食堂で少し遅めの昼食をとってから、K書店に行くと、チャーリー・マフィンの最新刊があった。
さっそく買って「サフラン」で読み始めた。
喫茶「サフラン」は、朝、出社直前にコーヒーを飲みに行くのがルーティンだったから、店員全員と顔なじみだ。
たまに、二階の職場で、それなりの(?)お客さんが来たら、インスタントではなく店のコーヒーを出前してもらうことも、多々あった。
本をめくっていると、コーヒーを持ってきた多美ちゃんが、こう言ったのには驚いた。
「チャーリー・マフィンの最新刊でしょう。私も昨日買いましたよ」
たまに店で本を読んでいると何を読んでいるか聞かれたので、どんな系統の小説が好きか彼女が知っているにしても、まさか彼女もチャーリー・マフィンを読んでいるということに驚いた。
私は、
「あれ、多美ちゃん、スパイ小説好きだったんだ」
と言うと、
「いえ、いつも時間を忘れて読んでいらっしゃるので、よほど面白いのかと思って、私も『消されかけた男』から、読み始めたら、はまってしまって。他の探偵小説も読んでいるんです」
と、エクボが魅力的な笑顔を見せた。
お客さんが入ってきたので、その場はそれで終わったが、私は、思わぬところで同好の士を得て、なんとも嬉しくなった。
一気に20頁ほど読み終えてから、会計しようとすると、レジに多美ちゃんがいた。
小さな声で、ささやくように言った。
「私、今日18時で仕事終わります。もし、雨戸に行かれるなら、私も行っていいですか。一度行ってみたかったんです。なかなか一人じゃ行きにくいし、知らない人ばかりじゃないほうが。いいですよね」
どうせ、雨戸に行くつもりだった私に、断る理由はなかった。
もう、この町に来て10年以上になる。
前の年には、課長になっていた。
支局では支局長についで、二番目の古株だ。
先輩たちは、皆、東京に転勤になっていた。
次の年あたりに、東京転勤の可能性が高いが、私は、N市の生活が好きだった。
雨戸、松之山、サフランなど、馴染みの店も多い。
最初は、雪国ならではの生きにくさがあったが、それにも慣れた。
もし、異動の辞令が出たらどうしようか、なんて思いながら、いつも3月頃に緊張するのが、毎年のことだった。
17時半ころ、雨戸に入った。
栄子が辞めた後は、ほぼ、恵子さんと令子さんの二人が店にいた。
「あら、早いわね。・・・・・・そっか、土曜日か」
と令子さん。
客はカウンターに常連さん二人、テーブル席は二人づつで二つ埋まっていた。
昼間は11時から15時、夜は17時から23時までが営業時間だから、夜の部が始まったばかりにしては、賑わっていると言って良いだろう。
常連の二人は、新潟大学の軽音楽部でスイングジャズ・オーケストラのOBだった。
俊二さんは、テナーサックス、明さんはトランペット。
二人は今でも、現役とOBが合同でのコンサートに、出演している。
お互い、目で挨拶をして、私はいつもの右から二番目のスツールに腰かける。
まだ、ウィスキーには早いと思い、瓶ピールをもらう。
令子さんが、お通しのナッツと一緒にグラスを出して、一杯だけね、と言って注いでくれた。
一口飲んで、私は言った。
「毅と栄子に会ってきたよ。少し時間ずらしたつもりだったんだけど、混んでいた。毅のご両親も、あの二人も元気だったよ」
令子さんが、
「そう。良かった。栄子ちゃんが辞めて、もう二年半になるのね」
二年前の3月に、私が妙な関わり合いを持った栄子と毅は結婚し、栄子は雨戸を辞めて毅の両親の食堂にいち早く若女将として勤め始めた。
毅は、その年の10月で、私が住むアパート一階の大衆割烹松之山の修行が満三年になったところで、食堂の二代目となった。
5年前の10月の夜、金がないから働かせてくれ、と言った23歳の栄子も、今年28歳になる。
自分も、年を取るはずだ、なんて思う。
令子さんとレコード屋の羅針盤の二代目を継いだ茂男さんが結婚してからも、3年が経つ。
三十も半ばを過ぎた私は、その時、カウンターの内と外で独身が自分だけであることに気付き、妙な気がした。
18時を10分ほど回った頃、サフランの多美ちゃんが来た。
サフランの、髪を後ろで束ね、エプロンと黒いスラックス姿しか知らなかった私は、髪を下ろし、シルクのシャツとグレーのスカート姿に、最初は多美ちゃんだとは分からなかった。
年齢も、店では二十歳を過ぎたばかりかと思っていたが、五歳は大人に見えた。
でも、よく見ると多美ちゃんに間違いない。
やや不安そうな顔をしてカウンターを見て、私の姿を見てほっとしたのだろう、エクボが特徴的な笑顔を見せた。
入りにくそうだから、私が、
「こっちにおいで」
と手招きした。
私の右、一番奥のスツールに座ってもらった。
恵子さん、令子さん、そして、俊二さん、明さんも、女連れで来たことのない私を見て、怪訝な顔をしている。
私が慌てて、
「いや、ほら、会社の一階のサフランの多美ちゃん。さっきお茶飲みにいったら、この店に一度来てみたいって言うから、おいでって、それだけ」
と言ったのだが、冷や汗が出てきた。
令子さんが、
「何、慌ててんのよ」
と笑う。
恵子さんもカウンターの二人も、私の動揺する姿がよほど可笑しかったのか、笑っている。
多美ちゃんが言う。
「初めまして。職場は近いんですが、なかなかうかがうきっかけがなくて、やっと〇〇さんのおかげで来れました」
と言った。
恵子さんが、
「こちらこそ、同じ町内なのに、うかがったことがないのよ。同じような仕事しているからしょうがないわよね」
と返し、
「何か飲みますか」
とドリンクのメニューを出した。
昼も夜も、同じメニューだ。
私の目のまえにある、ビールの中瓶を見て、彼女は言った。
「私も、ビールを」
令子さんは、さっきと同じように、グラスとナッツを出して、意味ありげに、私に言った。
「注(つ)いであげたら」
ちょっと恥ずかしい気がしたが、それが自然だったとも思い多美ちゃんのグラスに注ぐと、彼女が
「乾杯しましょ!」
と言い、私が手にしたグラスに軽く合わせて、
「チャーリー・マフィンに乾杯」
と言った。
その時、ようやく、サフランでの会話のことを思い出した。
その後、私と多美ちゃんは、チャーリー・マフィンの過去の作品や、他の探偵小説などの話で、盛り上がった。
彼女は、レイモンド・チャンドラーも全作品読んでいたし、ミッキー・スピレインのマイク・ハマー物も何冊か知っていた。
私は、アメリカでテレビドラマ化された「マイク・ハマー」のサウンドトラック"Mike Hammer(The Music from Mickey Spillane's Mike Hammer)"を令子さんにお願いした。

このレコードは、私が羅針盤の茂男さん、つまり令子さんの旦那さんに注文して買い、雨戸に預けていたアルバムだった。
サックス奏者でもあるスキップ・マーティンのアレンジによるビッグバンドでの演奏。
RCAから1959年のリリースだ。
顔ぶれには、アルトのバド・シャンク、ギターのバーニー・ケッセルの名もある。
テーマ曲の"Riff Blues"が、VITAVOX(ヴァイタボックス)から流れてきた。
「ええ、こんなアルバムがあるんですか」
と多美ちゃん。
しばらくして、多美ちゃんが言った。
「そうだ、チャーリー・マフィンの好きなお酒は、アイラのシングルモルトでしたよね」
一瞬、私は迷ったが、そうか、その酒のことを知っている人と一緒に飲むのも、悪くないと思い、
「実は、アイラのシングルモルト、この店にキープしているんだ」
と言った。
「えー、ほんとですか」
と驚く多美ちゃん。
令子さんに私は言った。
「Bunnahabhain(ブナハーブン)12年、開けるよ。ストレートとチェイサー、二人分」
令子さんは、私たちの話を小耳にはさんでいたから、驚くこともなく、棚からその酒を取り出してくれた。

チャーリー・マフィンが愛した、アイラのシングルモルトが、目の前に現れた。
再び、多美ちゃんと私はグラスを合わせ、
「チャーリー・マフィンに、乾杯」
と言って、一口含んだ。
最初は、辛さがきた。
その後、なんとも複雑な風味、味が口に広がる。
ソムリエなら、いくらでも形容する言葉が出てきそうだが、私にはそんな素養はなかった。
多美ちゃんが言う。
「なんか、、マフィンみたいに、いろんなことを背負った大人の味、って感じですね」
なるほど、うまいことを言う。
その後も、多美ちゃんと酒やミステリー、ジャズの話をしながら、アイラのシングルモルトを楽しんだ。
その頃、ちょうど、主演がアーマンド・アサンテの映画「探偵マイク・ハマー 俺が掟だ」のレンタルビデオを観たばかりだった。
その映画に出ていたバーバラ・カレラのことなどを、多美ちゃんに説明してあげた。
いや、一方的にしゃべっていた、のかもしれない。
しばらくして、それまでエクボの可愛い笑顔で頷いていた多美ちゃんの目が、次第にとろーんとしてきた。
そんなに強くないのに、無理させたかな、と思っていたら、多美ちゃんが私に体を預けてきた。
結構酔ってるな、一人で帰れるのかな、と思いながらも、滅多にない状況が、まんざら嫌でもなかった。
しばらくして、多美ちゃんが、身体を起こした。
ほっとしたのもつかの間、
「すいません、アパートまで送ってもらっていいですか」
の言葉に、どうしたものかと思っていると、令子さんの
「送ってあげなさい」
と言う言葉に、恵子さんもカウンターの俊二さん、明さんも頷く。
なんとも言えない含みのある、四人の目が、私を見ていた。
私は、心の中で、違うんだよ、そんな関係じゃないんだよ、と思いながらも、その場の状況から、やむなく多美ちゃんを送ることになった。
その後、私は、まったく予期しない一夜を過ごすことになるのだった。
