『時には、ストレートで』ー「二人の父親」
2023年 12月 22日

二人の父親
後で分かったことは、茂男さんの同級生たちも、生前、羅針盤の社長から、令子さんと一緒になってくれれば、という言葉を聞いていたらしい。
しかし、茂男さんには絶対に言わないように、と口止めされていたようだ。
もちろん、社長が茂男さんに直接、その思いを伝えることはなかった。
社長が、父親に反対された相手と結婚した過去が、そうさせたのかもしれない。
貸本屋とアパート経営をしていた社長の父親に、働いていた電器店の事務の女性と一緒になりたいと社長が言った時、父親は、猛烈に反対した。
その女性、のちの茂男さんの母親は、N市の小さな果物屋の一人娘で、父親を早くになくし、一人店を切り盛りしていた母親も病気がちで、一人っ子だった彼女は、夜は、店の仕事を手伝っていた。
社長の父親からすると、もっと裕福な家の年頃の次女、三女が周囲にはいたし、勧めてくれる人もいた。
なぜ、苦労を承知で、そんな娘と一緒になるのか、というのが社長の父の思いだったのだろう。
しかし、羅針盤の社長はその女性と一緒になった。
果物屋は、奥さんのお母さんが施設に入居することになり、閉じることにした。
茂男さんの母親は、後に、羅針盤の経理を担当することになり、今も健在だ。
自分の子にも、あくまで本人が選んだ相手と一緒にさせたい、というのが羅針盤の社長の考えだったのだと思う。
その日、火葬場から戻った四人は、私の職場のあるビルの一階の喫茶「サフラン」で雨戸が開くまで時間をつぶしていたようだ。
そこで、同級生から社長の言葉を聞いた茂男さんは驚き、そして、「俺だって、令子が好きだ」と同級生に吐露したようだ。
同級生は、茂男さんにこう言った。
「少し遅かったけど、墓前に報告できたら、おじさんも喜ぶんじゃないか。思い切って令子さんにプロポーズしろよ」
と、勧めたという。
父の思いを知って、遅ればせながら意を決しての言葉が、先ほど発せられたのだった。
茂男さんの、突然のプロポーズに、令子さんは、一瞬言葉を失っていたが、しばらくして、怒りをこめて言った。
「遅い、遅すぎるよ、茂ちゃん!」
私は、この言葉の意味を、最初、すでに好きな人がいるということかと思ったが、そうではなかった。
茂男さんは、固まっていた。
「茂ちゃん、座って」
と令子さんは茂男さんに言った。
茂男さんは、スツールに腰を掛け直した。
令子さんが話し始めた。
「二週間ほど前に、おじさんをお見舞いに行ったの」
「親父に、聞いたよ」
と茂男さん。
「その時、おじさんが言ったのよ、茂ちゃん。か細い声でね」
と言う令子さんの声は、涙声に変わっていた。
この店で令子さんの涙を見たのは、後にも先にも、その夜限りだった。
栄子が、自分のポケットから真っ白いハンカチを出して令子さんに渡した。
「ありがとう」と受け取った令子さんが目頭を拭った後、こう言った。
「おじさんね、茂ちゃんが私と一緒になってくれていたら、何も、思い残すことなく行けるのに、って」
Art Pepperのレコードは、茂男さんの突然のプロポーズの後、栄子がターンテーブルから外していた。
沈黙という名の曲が室内を満たしていた。
その沈黙を破ったのは、バー菜穂子のママだった。
「お久しぶり」
と言いながらドアを開けて入って来た菜穂子ママは、室内の異様な空気に驚いた。
「あら、お邪魔だったかな」
と言う菜穂子ママに、令子さんが
「いいんです、ママ。入ってちょうだい」
菜穂子ママは、告別式に出ることもあったが、羅針盤の社長を偲ぶためにも、店を臨時休業にしていた。
バー菜穂子の音響設備は、すべて羅針盤の社長が設置したものだった。
ママと社長との付き合いは、短くはない。
告別式が終わり別れ際、ママが、後で店に寄ると言っていたことを、私は思い出した。
そして、ママに続くように、恵子さんがやって来た。
栄子が、慌てて、恵子さんと菜穂子ママを外に連れ出した。
これまでのいきさつを二人に外で説明しようとしたのだ。
栄子は、こういう気遣いのできる娘だった。
しばらくして、三人が室内に戻った。
恵子さんは、表のドアに、「貸し切り」の札をかけた。
私は、右端のスツールに移動し、菜穂子ママの席を空けた。
恵子さん、令子さん姉妹のお父さんは、二年前に胃がんで亡くなっていた。
バー菜穂子は、そのお父さんが、生前、遠洋航路から帰ってくると、必ず立ち寄る店だった。
地元の高専から商船大学へ進み、海運会社に勤めて長くコンテナ船の船長だったお父さんは、8年前、会社からは役員になる勧めもあったのだが、陸に上がったらカッパだ、と言って定年退職を選び、N市での悠々自適の道を選んだ。
釣りが大好きで、釣り仲間の一人が、羅針盤の社長だった。
酒とジャズが好きとはいえ、さすがに、娘たちの店には行きにくかったのだろう。
カラオケがなく、ジャズが流れるバー菜穂子は、航海の疲れを癒すのに、ちょうど良い空間だったのかもしれない。
その菜穂子ママが、栄子にビールを注文した。
そのビールを一口飲んでから、心を決めたように、ママが恵子さんと令子さんに目をやってから、話し始めた。
「四年前の今頃だったかなぁ、あなたたちのお父さんがお店に一人でやって来たの」
店内の全員が、菜穂子ママの言葉に、集中していた。
「あなた達の話も出てねぇ。その時、自分の寿命がそう長くないことを、ご自分でもわかっていたようで、令子さんがまだ一人だったのが、気にかかっていたみたい」
そう言って、菜穂子ママは、薄いグラスのビールを飲み干した。
そして、栄子に、メーカーズマークのロックとチェイサーを頼んだ。
私は、まだ、エヴァン・ウィリアムスの最初のストレートを、ちびちびやっていた。
菜穂子ママが続ける。
「それでね。ほら、茂男ちゃんのお父さんとは釣り仲間だったし、茂男ちゃんのことは、中学生の頃から知っていたからだと思うんだけど、お父さんね、令子さんと茂男ちゃんとが一緒になってくれたら最高なんだけど、って、ぼそっと言ったのよ」
またしても、沈黙。
茂男さんは、下を向き、流れる涙を拭おうともしない。
令子さんの目にも、光るものがあった。
菜穂子ママが、きっぱりと言った。
「それで、どうなのよ、二人は。本当は、お互い、好きなんじゃないの」
茂男さんが頭を上げて、令子さんを直視する。
令子さんが、重い口を開けた。
「私は、あの時、おじさんに言ったのよ。茂ちゃんがそう言ってくれるなら、私は断るつもりはないです、って」
そして、続けた。
「だから、亡くなる前におじさんに報告できなかったから、遅い、って・・・・・・」
令子さんは、そう言って、駆け出すようにドアを開けて外に出ていった。
恵子さんが、茂男さんに。
「茂ちゃん」
と言って、ドアの外を目で示す。
茂男さんは、ハッとして令子さんを追いかけた。
十分ほどだったろうか、あるいは、五分位だったのかもしれない、二人は真っ赤な目をしてはいたが、笑顔で戻ってきた。
菜穂子ママが、
「一緒になるんだね?」
と聞くと、二人は同時に頷いた。
もう、沈黙はいらない。
私は、恵子さんに、"Song for My Father"をリクエストした。
うれし泣きの恵子さんが、私を見て頷いた。
きっと、選曲の良さを分かってくれたのだと思う。
恵子さんは、レコードをターンテーブルにかけ、針を下ろした。
ホレス・シルヴァーが父親に捧げたタイトル曲が、VITAVOX(ヴァイタボックス)から流れ出した。
ジャケットにも、その父親が公園のベンチに腰をかけている写真が使われている。
ブルーノート4185番。
1965年1月のリリース。
私は、基本的には1950年代のジャズが好きなのだが、数少ない4100番台の愛聴盤だ。
レコードの6曲のうち、収録日とパーソネルに2つのパターンがあるが、この曲は、シルヴァーのピアノ、トランペット、カーメル・ジョーンズ、テナーサックスがジョー・ヘンダーソン、ベース、テディ・スミス、ドラムス、ロジャー・ハンフリーズ。1964年10月26日、ヴァン・ゲルダー・スタジオでの収録。
私は、聴きながら、二人の父親のことを思った。
茂男さん、そして、令子さん、二人の父親は、日本海に浮かぶ釣り船の中で、お互いの子どもへの思いを、語ったことはあったのだろうか。
私は、二人の子どもたちが一緒になって欲しいと心では思っていても、二人は、それを表には出さなかったのだろうと思う。
もし、相手がそう思っていなかったら、相手を悩ますだけだし、その後、釣り友達としての関係が壊れてしまうかもしれない。
そんな思いを遮ったのは、菜穂子ママだった。
「さぁ、お祝いよ!」
思い思いの飲み物がカウンターの中の三人に告げられた。
カウンターの外と内、全員にグラスが渡った後、菜穂子ママが、
「まず、献杯!」
と言い、一同が唱和。
菜穂子ママが、続ける。
「令子さんと茂男ちゃん、おめでとう。乾杯!」
私は、菜穂子ママと同じメーカーズマークを、ストレートであおった。
そのバーボンは、雨戸姉妹のお父さん、そして、羅針盤の社長が好きで、二人ともバー菜穂子にもキープしていた酒だった。
乾杯の時、一人栄子だけが、いつもの笑顔ではなく、何か思い詰めている様子だったのに、菜穂子ママが気づいた。
菜穂子ママが、
「栄子ちゃん、どうかしたの?」
と聞くと、栄子は、
「私、お母さんが生きているうちに、結婚したい」
とボソッと言うのだった。
栄子の兄と同居の母親は、もともと心臓の持病があったが、最近は、ほぼ寝たきりになっていた。
そして、次に栄子が私にかけた言葉が、私が、ある人物の後見人だったことを思い出させた。
シルバーのBN盤はダンモの華ですね。
さて、クリスマスは恋の舞台でもあり、
デ・ニーロとメリル・ストリープとの共演「恋に落ちて」のラストを思い出します。
あの雑踏にオレはなぜいなかったんだなんて(笑)
