『バーボンは、ハイボールで』ー「もう一人の失業者」
2023年 12月 18日

もう一人の失業者
栄子のアパートは、「雨戸」から歩いて5分ほど、店と私のアパートのほぼ中間の旭町にあった。
L字形になった木造二階建ての「寿荘」というそのアパートに着くと、駐車場に、一人の男が、常夜灯の明かりに照らされていた。
男は、一階のある部屋を、じっと見つめていた。
栄子は、思わず呟く。
「毅さん・・・・・・」
「知っているのか?」と私。
「お店の人です」と答える栄子に、私はとっさに体を強張らせた。
連れ戻しに来たか、と思ったのだ。
そんな二人の声に、その毅という男が振り返り、
「アネモネさん」と、予想外の名を口にした。
その風俗店Lでは、源氏名は花の名前だったらしい。
アネモネ、いや、栄子が返す。
「店長に言われたの?」
毅という男は、首を横に振った。
その後の毅の言葉は、意外だった。
「いや、俺、クビになった」
驚く栄子が、なぜ、と問うと、毅は、
「あの客をなぐって、クビになった」と言う。
すぐに自分のアパートに帰る気にはなれず、栄子のことが心配で、三日前に栄子が書いた住所をノートで確認し訪ねたらしい。
10月も下旬になると、夜は冷える。
このまま立ち話が長引くのは嫌だが、二人を放っておくわけにもいかない。
私は、そこから歩いて10分ほどの飲食街にある、バー菜穂子へ二人を連れて行った。
そのバーは、会社でよく使う店だが、個人的にもたまに行く店だった。
カラオケがなく、ジャズがBGMのバーは、当時は多くはなかった。
菜緒子ママと、もう一人の女性二人の店で、カウンターが8席、四人がけのソファーの席が二つ。
客は、都合良く皆帰った後らしい。
もう一人の女性も帰らせて、ママ一人になったところだと言う。
そうか、もうすぐ、1時だ。
私が、ママに馴染のない若い二人と一緒で、少し面食らったようだ。
奥のテーブル席に、とりあえず落ち着いた。
私は、
「何か飲むか?」と二人に聞く。
栄子は、まだビールの酔いが残っていたようで、お水を、と言う。
毅は、
「すいません、ビールを」と頭を下げた。
私は、この店にもエヴァン・ウィリアムスをキープしてはいたが、毅に合わせてビールにした。
乾杯、という状況ではない。
栄子は、菜穂子ママが持ってきたコップの水を、一気に飲んだ。
私と毅が、ビールを一口飲んでから、私は毅に言った。
「少しは落ち着いたか。話を聞こう」
毅の話は、こうだった。
栄子が、嫌な客の手を振りほどいて逃げ出した後、その客が暴れたらしい。
一軒目でも相当飲んでいたようで、「あの女はどうした。連れて来い」と大声を張り上げたという。
「いいか、こういう店なら、少し位は客を楽しませろ。おっぱい触ったり、スカートに手を入れられた位で逃げてんじゃねえよ」
と言う男に、毅は最初、低姿勢で接していた。
「うちは、お客様と女の子が、お話を楽しんでいただくお店でして」
「何言ってんだ、てめぃ」と男は毅の胸を両手で突いた。
毅は、壁にぶち当たった。
そこで、毅が切れた。
毅の右フックが、客の腹をとらえ、その男は「ゲッ!」と呻ってから、崩れ落ちた。
慌てて店長が駆け寄り、客に詫びを入れ、立ち直った客が、それほどダメージはなかったのを確認し、少しの金を握らせて、なんとか警察沙汰にはならずに済んだ。
閉店後、毅は店長からクビを言い渡されたという。
言い終わって、毅は、グラスのビールを飲み干した。
私は、ママに、毅のビールのお代わり、自分にハイボール、そして栄子に水をもう一杯、と頼む。
テーブルにお盆から三つのグラスを置いた後、ママが私の隣に座り、毅の顔をのぞき込むようにして見てから、こう言った。
「もしかして、C高校の野球部だった?」
毅は、静かに、そして、仕方なくという感じで、頷いた。
C高校は、N市にある私立高校で、運動部が強いことで有名だった。
ママが、語り始めた。
甥が同じ高校のブラスバンド部にいた五年前、前の年に県大会で準優勝だったC高校は、優勝候補だった。
甲子園に甥と一緒に行けることを楽しみにしていたママだったが、予選直前に野球部内の不祥事で出場辞退となってしまった。
その時のレギュラーのセンターで3番バッターが毅だったことを、前の年には、何度も試合を観に行っていたママは、覚えていたのだ。
そういえば、N市に来た翌年、そんなことがあったことを思い出した。
その不祥事は、毅が練習中に、大事な試合前だというのに緊張感のない下級生がいて、「精神注入棒」と称して尻をバットで叩いた場面を、たまたま見に来ていたその下級生の母親によって表沙汰になった。
毅は、プロ野球選手になる夢があったが、抜け殻のようになった。
社会人のチームも、不祥事が影響したのか、誘いはなかった。
親の頼みもあり、なんとか、卒業だけはした。
毅の実家は、小さな食堂だった。
二代目となるべく、父が頼んでくれて、N市でもっとも大きな割烹に見習いに入ったのだが、半年で辞めてしまった。
慣れない厨房で毅が失敗すると、先輩から「精神注入してやる、尻を出せ」とからかわれるのが、あまりに辛かったという。
父親は、それくらい我慢できなくてどうする、と烈火のごとく怒った。
つい、毅は、家を飛び出した。母親にだけは、居場所を教えていた。
その後、風俗店で働くようになり、今の店が半年前から勤め出した三軒目だったと言う。
その前の二軒では、やはり、野球の不祥事を知る者が多く、長くは勤めづらかったらしい。
Lでは、簡単なツマミとはいえ料理番も担当し、店長やほかの先輩従業員、そして、ホステスたちにも可愛がられ、働きやすい店だった、と回想する。
「俺が、悪いんです。自業自得です」とうなだれ、二杯目のビールを飲み干す毅。
私は、
「それにしても、どうして栄子のアパートに来たんだ」と、ずっと離れなかった疑問を口にした。
「それは、最初に店に来た時から、どうしてこんな子がこんな店で、と思っていたし、思い詰めて何かあったらと思って・・・・・・」
たどたどしく、そう答えた毅に、
「気にしてくれて、ありが・・・・・・」
と答える栄子の声は、涙でフェードアウトした。
菜穂子ママも、ハンカチを目にあてていたが、気を取り直したかのように
「あなたたち、晩御飯食べたの?」
と聞く。
私は、「雨戸」で、令子さんのつくったサンドイッチを食べていた。
栄子は、ナッツしかつまんでいなかったはず。
毅も、夕方開店前にラーメンを食べたらしいが、腹は減っているようだ。
「スパゲッティならあるわよ。ナポリンタンでいいね」
とママはカウンターの中に戻っていった。
「俺は、いらないよ。二人分で」と告げた私は、グラスを持ってカウンターに移動した。
長い夜を振り返る。
まさか、一晩で、二人も、失業したばかりの若者に出くわすとは思わなかった。
パスタの束を鍋に落とし込んだママは、ドアに「Close」の札を下げた。
ジャズの有線を止めて、ママも私も好きなレコードをターンテーブルに置き、針を落とす。
テナー・サックス奏者ベニー・ゴルソンのリーダーアルバムで相方を務めることの多かったトロンボールのカーティス・フラーが、そのゴルソンをサポート役としたリーダーアルバム、"BLUES-ette"だ。
サヴォイから1959年のリリース。収録は、あのヴァン・ゲルダー・スタジオ。
A面一曲目、ベニー・ゴルソン作の♪Five Spot After Darkが、天井につるしたBOSEから流れ出した。
栄子は泣き止んで、毅と一緒に、例の客の悪口でも言っているのだろう、ようやく笑顔を取り戻した。
この子の笑顔は、なんとも言えない魅力がある。
トミー・フラナガン のピアノ、ジミー・ギャリソン のダブル・ベース、アル・ヘアウッド のドラムスは、フラーとゴルソンの演奏を引き立てる。
たまたま、この曲が流れることになったが、それは、栄子も毅も、そろそろB面から、A面の人生に切り替えろ、という暗示だったのかどうか。
いったい、私は、この二人とどういう関わりを持つことになるのだろうか。
菜穂子ママのつくったナポリタンをむさぼり食う二人。
これも、縁、だよなぁ、と思いながら、ハイボールのお代わりをしていた。
