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『バーボンは、ハイボールで』ー「B面の女」

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B面の女

 30年以上前のことが、今になって、思い出されてならない。

 その日も、いつものように仕事帰りに、「雨戸」に寄った。
 重い扉を開ける前から、"Sonny Clark Trio"の、♪Softly As In A Morning Sunriseが聞こえてきた。
 ブルーノート1579番、ベース、ポール・チェンバース、ドラムス、フィリー・ジョー・ジョーンズ、1957年10月13日収録。もちろん、Van Gelder Studioだ。
 当時、1500番台は、ほぼ諳んじていたものだ。
 同じアルバム名で、Time版もあるが、間違いなくこっちの方がいい。
 しかし、ラッパ好きのこの店にしては珍しい、きっと客のリクエストだろう。
 そんな思いで中に入り、いつものカウンターの奥から二席目のスツールに腰かける。
 令子さんが何も言わず、棚から私のエヴァン・ウィリアムスを取り出して、炭酸で割って「お疲れ様」と差し出す。

 一口飲んでから、後ろの、一番暗いテーブル席に、人の気配を感じた。
 どうも、女性、一人のようだ。
 背中に視線を感じたと思った途端に、その席から、女性にしては低い声で、
「やっぱり、カウンターですよね」という声が聞こえ、その女性が近づいてきた。

 その女は、私の席からスツール三席を空けた左端の席に腰をかけた。
 この店のカウンターは六席。
 持参した飲み物は、ビールのようだった。
 二十を少し過ぎたばかりか、あるいは半ばだろうか。
 少なくとも当時の私よりは、若い娘だった。
 ショートカットした髪、ジーンズと青いセーター。
 細身で、背は、160センチくらいか。
 顔は、当時人気の小林麻美に、似ていなくもない。

 "Sonny Clark Trio"の♪I'll Remember Aprilが終わると、その娘は
「また、リクエストいいですか」と令子さんに聞く。
「いいわよ」と令子さん。客はその娘と私だけだ。
 その娘、
「"Cool Struttin'"の、B面お願いします」
「あら、またB面」と令子さん。
 1588番、リズムセクションは、Trioと同じだ。トラペットにアート・ファーマー、アルトサックスがジャッキー・マクリーン。1958年1月5日収録。。
 B面は、♪Sippin' At Bellsと♪Deep Night。
 私も、日本で異常な位人気の♪Cool Struttin'と♪Blue MinorのA面より、B面、なかでも♪Deep Nightが好きだ。
 ほう、なかなか、いい趣味してるじゃないか、と思いながら、その娘に目をやった。
「絶対B面ですよね、このアルバム」と私に聞いてくる。
 少し驚いたが「そうだね」とだけ、返した。
 令子さんがターンテーブルの針を落としてから、空のグラスを差し出した。
 2曲目、Sonny Clarkの絶妙なタッチが「VITAVOX(ヴァイタボックス) 」から流れ出した。




 その夜は、常連客も少なく、その娘はその後も、Sonny Clarkのアルバム2枚のB面をリクエストした。
 "Sonny's Crib"が終わりかけて、ようやく、馴染み客が二人、三人とやって来て、カウンター席が埋まった。
 そこからは、いつものように、管楽器中心のアルバムが流れ出す。
 しかし、その娘は、Clliford BrownもArt Pepperも、楽しそうに聴いていた。
 ビールも、私が来てから、中瓶をもう一本飲んでいた。
 そして、いつの間にか、カウンターにつっぷして、寝てしまった。
 令子さんに聞くと、初めての客らしい。

 閉店時間になって、令子さんが肩を優しく揺らして起こす。
「閉店よ」と言う令子さんに、ようやく虚ろな目をこすって、今どこにいるか思い出したかのような娘。
 次に発せられた言葉に、令子さんも俺たちもぶっ飛んだ。
「すいません、お金持ってないんです。ここで、働かせてください」
 B面の女の物語は、こうやって始まった。

Commented by weloveai at 2023-12-16 15:14
続きますか?(笑)
Commented by kogotokoubei at 2023-12-16 15:39
>weloveaiさんへ

なんとか、続けるつもりです(^^)
Commented by at 2023-12-17 06:23
ソニー・クラークは日本人リスナーが見出したそうです。
若い頃から50代前半までジャズ喫茶に入り浸りでした。
BN1500番シリーズは素晴らしい。

Commented by kogotokoubei at 2023-12-17 07:30
>福さんへ

1986年の「マウント・フジ」で、ジャッキー・マクリーンが♪Cool Struttin'で想像を超える盛り上がりがあって驚いた、というのは有名な話ですね。
大卒後、最初の勤務地新潟市のあるジャズ喫茶で、一年にバーボンのボトル50本キープしたことがあります。
長岡でも、6年間通った店がありました。
1500番台は、ほぼすべて聴いています。
聴くと、若かりし日の、いろんなことを思い出します。
この「小説のようなもの」は、そんな複数の思い出に、相当脚色を加えています。
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by kogotokoubei | 2023-12-16 14:47 | 『バーボンは、ハイボールで』 | Trackback | Comments(4)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛
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