青山透子著『日航123便墜落 遺物は真相を語る』より(10)
2023年 11月 07日
阪神タイガーズの38年ぶりの優勝、ということで、今朝の朝日「天声人語」では、その38年前を回顧する内容だった。
ちなみに、昭和60年の阪神の優勝も、1リーグ時代の昭和22年から38年ぶりの優勝だった。
昭和60年、私にとっては転職した年。
そして、あの日航123便墜落事件も、その昭和60年の出来事だった。
「青山透子公式サイト 日航123便墜落の真相」の昨日付けの記事も、阪神タイガースに関するある逸話を元に、38年前を振り返っている。
「青山透子公式サイト 日航123便墜落の真相」
同記事には、日航123便に、当時の阪神タイガース球団社長で阪神電鉄専務の仲埜肇氏(享年63歳)と、阪神電鉄常務の石田一雄氏(享年60歳)が乗っていたことが記されている。
お二人は、残念ながら、タイガースの優勝を知らずに旅立ったのである。
ということで、久しぶりのこの本のこと。

青山透子著『日航123便墜落 遺物は真相を語る』
2018年に単行本で発行され、今年8月に河出文庫で再刊された『日航123便墜落 遺物は真相を語る』から十回目。
目次。
□文庫版 はじめに
□第一章 この墜落は何を物語るのかー国産ミサイル開発の最中の墜落
□第二章 焼死体が訴えていることは何かー乗客乗員全員分の未公開資料から
□第三章 遺物調査からわかったことは何かー機体の声が聴こえる
□第四章 証拠物と証言が訴えていることは何かー未来の在り様を考える
□あとがき
□文庫版 おわりに
□主な参考文献
ずいぶん時間が空いてしまった。
前回は、第二章から、38年前の夏から師走までに渡り、遺体確認をしていた歯科医土肥福子さんのことをご紹介した。
同じ章から、遺物に関する不思議な出来事について紹介したい。
すでに紹介したが、コンパートメント別の遺体、および生存者発見場所の地図を再確認したい。

Eコンパートメントの乗客は、機体が破壊されて沢を滑り落ちていった先のスゲノ沢第三支流の近くで見つかった。
そこは、尾根の山頂から見えない場所であり、生存者はその場所で発見された。
他の地点で発見された他のコンパートメントの乗客の遺体の多くは、炭化がひどかった。
しかし、そもそも、ジェット燃料のケロシンは灯油の一種で、そこまで炭化することは想定できにくい。
夕立で湿った地面に接していた部分も含め、ボロボロに崩れるほど炭化する火災は、墜落時の残燃料からは考えにくい。
また、炭化した遺体のすぐそばにあった、ディズニーランドのお土産のミッキーマウスは、まったく燃えていない、という不思議な状況もあった。
いくつもの謎が、青山さんの真相究明への思いを募らせた。
青山さんは、お世話になった先輩を含む、乗務員の遺体に向き合おうと決心した。
医師からは、日常的に接していた先輩方の遺体であり、それぞれの生前の顔が浮かぶこともあるだろうから、やめておいたほうがいい、とアドバイスがあったが、遺物、遺体が、何かを語ってくれるはずと信じる青山さんの決意は固かった。
そして、その辛い作業の結果、重要な事実に遭遇する。
パーサーやスチュワーデス(今なら、キャビンアテンダント)の制服がほとんど燃えていなかったのである。
少し長くなるが、かつての先輩、同僚の遺体に向き合った青山さんの調査結果を辿りたい。
まず、客室乗務員の中で唯一の男性であったチーフパーサーの服装は黒い制服で、コックピットとは異なり背広のようなもので袖口にシルバーの線があった。その波多野純チーフパーサーの検視番号は73と早かった。L1、前方Aコンパートメントの左側出入口付近のクルーシートに座っていたが全身が完全に揃っており、全く炭化していなかった。このAコンパートメントの乗客で左側の人たちは、波多野チーフと同じように、顔で身元確認が可能であった人も多い。なお、客室乗務員は乗客と反対方向を向くクルー用シートに、三点で留めるシートベルトをしめて座る。いざという時、乗務員が死亡しては乗客の機外脱出が不可能になるから、乗務員の生存率を高めるというのがその理由であるため、乗客よりも肉体が保護されやすい状態であった。
二階席担当だった木原幸代アシスタントパーサー(以下ASと表記)はどうだったのだろうか。この二階席には歌手の坂本九氏も座っていて、遺体状況から身元確認が大変困難だった。木原さんは検視番号138で、右手に欠損があり、下半身にダメージがあったがほぼ完全な状態で制服もあり、炭化もしていなかった。
一階最前の部分、R1担当の藤田香ASは確認が二回にわたっており、一度目は検視番号150で、制服姿であったが炭化しており、離断した頭部の一部が見つかったため、二度目の検視番号が7838で、結果的には制服と歯形による確認であった。
左側前方L2担当の吉田雅代ASは検視番号126で、頭上部、右手、下半身が欠損状態で炭化していたが、制服もあり、ア(面接)で身元確認をしていた。
右前方R2の大野聖子スチュワーデス(以下SSと表記)は検視番号140、火傷状態であっても制服で確認、体は一部欠損状態であった。
真ん中の左、L3担当の赤田真理子ASは全身揃っていたが火傷状態であり、ア(面接)にて確認された。着衣もそのままで検視番号は388であった。
真ん中で右側、R3に座っていた白拍子由美子SSは、福子氏が語っていたとおり、一部炭化状態であった。右足欠損で、歯形から確認をしている。検視番号は346であった。後方左、L4の海老名光代ASは、検視番号13で、きれいに全身が揃っており炭化はしていなかった。主として制服と所持品で身元確認をしている。
後方右、R4の波多野京子SSであるが、彼女もまた全身綺麗な状態である。歯の一部が欠けていたが、着衣と所持品で確認している。検視番号は少々遅い422であった。
新人の波多野SSを指導していた、同じくR4の宮道令子ASは256番で、下半身や胸部などが欠損状態であったが炭化はしていなかった。やはり着衣で身元確認している。
生存者のいた後方R5担当の大野美紀子SSの検視番号は28で、完全な遺体で焼けてもいないうえ、すべてが揃っていた。まるで先ほどまで生きていたようだったと医師が言っていた。ア(面接)とウ(着衣)で身元確認を行っている。
最後に、私がアナウンスの仕方を教えてもらった後部L5担当の対馬祐三子ASは、火傷の跡があったが全身揃っており、検視番号も67と早く、面接と服装、所持品で確認された。
これらの客室乗務員の遺体状況は大変重要な意味を持つ。
青山さんは、全員の制服が、ほとんど燃えていないということに着目した。
まさか、客室乗務員の座席部分だけ、燃えていなかったとは考えられない。
そこから推理できることは何か。
もしかすると、墜落当初の火災状況は、各コンパートメントに座っていたこのクルーたちの遺体の状態から推測できる程度だったのではないだろうかとの推論が成り立つ。航空機燃料のケロシンがかかって燃えたとしても、この程度の燃焼による火災だったと考えれば、他の航空機事故での火災状況の遺体との共通性も理屈に合う。
ここで思い浮かぶのは、検死を担当した警察医の書き記した「二度焼き」である。
つまりその後、再び今度は強烈な火災が発生したのだとすれば、二度焼きの筋が通る。そうなると、その二度焼きの対象からスチュワーデスが外されていたのではないだろうかと考えても不思議はない。
もしも二度目の火災が何者かの意図によって発生したのであれば、制服が不燃布ではない以上、なんらかの心理的な作用によるものではないだろうかとも考えられる。
つまり、ミッキーマウスが燃えていなかったという事実とスチュワーデスの制服が燃えなかったことに、なんらかのつながりが見えてくるように思われる。
遺物、遺体の状況は、何者かが現場で二度焼きをしたことを示している。
いったい、何のために、そんなことが行われたのか。
そして、パーサー、スチュワーデスの制服と対照的に、ある人の制服が、なぜか発見されなかったということについては、次回。
38年ぶりの阪神タイガースの優勝で、同じ昭和60年に起こった日航123便墜落事件のことにも、世間の目が向くようになれば、と思う。
