青山透子著『日航123便墜落 遺物は真相を語る』より(8)
2023年 09月 30日

青山透子著『日航123便墜落 遺物は真相を語る』
2018年に単行本で発行され、今年8月に河出文庫で再刊された『日航123便墜落 遺物は真相を語る』から八回目。
目次。
□文庫版 はじめに
□第一章 この墜落は何を物語るのかー国産ミサイル開発の最中の墜落
□第二章 焼死体が訴えていることは何かー乗客乗員全員分の未公開資料から
□第三章 遺物調査からわかったことは何かー機体の声が聴こえる
□第四章 証拠物と証言が訴えていることは何かー未来の在り様を考える
□あとがき
□文庫版 おわりに
□主な参考文献
引き続き、第二章 焼死体が訴えていることは何かー乗客乗員全員分の未公開資料、から。
前回は、日航123便のコンパートメントをAからEに分け、遺体の状況、炭化状況を調べたところ、後部座席のEコンパートメントの乗客の遺体だけは、多くが離断されていず、炭化もしていなかったことをご紹介した。
これが、各コンパートメントの遺体の、炭化の状態を示すグラフ。

スゲノ沢近くに飛んで行いったEコンパートメントの後部機体は、草木にさえぎられて、山頂からは見えない場所にあった。
ジェット燃料ケロシンによる火災とは思われないガソリンとタールの臭いがしたと消防団に方が語る他の遺体があった場所は、山頂から見えていた。
なぜ、見えていた場所の遺体が離断が多く、かつ、炭化が進んでいたのに、Eコンパートメントの遺体はそうじゃなかったのか。
見えていたから、何らかの行為が施された、という推理が浮かぶのは当然だった。
さて、今回は、炭化が進んだ遺体と向き合った人々のお話。
炭化遺体を格闘した医師たちの証言
群馬県医師会副会長で東京大学医学部出身の太田武史医師による活動記録では、8月12日夜21時30分に群馬県内各地区警察署捜査一課からそれぞれの警察医に電話連絡があり、出動待機との要請があった。
13日の夜20時に警察から、8月14日の午前8時より藤岡市民体育館へ検死のための出動を要請すると連絡があり、14日には82名の医師(日本赤十字社医師6名も含む)、61名の看護婦(日赤看護婦23名も含む)という体制で検死を行った。医師たちが群馬で墜落したと警察から連絡を受けたのは12日の夜ということになる。なお、14日には、269体の検死が終了し、そのうち完全遺体は111体と記されている。
ここで医師が使う「完全遺体」の定義は、顔と首(胴体)がつながっている状態を指し、それが例えば頭と首(体)がつながっていても、それが三つに裂けていた場合は三体として数えるため、搭乗者人数を超えた数が出て来るの注意が必要である。
検視の場所の状況は図4(97頁)の通りである。
ということで、97頁の図を拝借。

上が「図4-1 検視現場における作業手順」、下が「図4-2 検視会場の見取り図」で、(いずれも大國勉「身元確認ー歯や骨からのアプローチ」フリープレス、2001.11より)とのこと。
引用を続ける。
遺体を搬入して検死までの流れと作業中の様子である。
作業手順としては、遺体搬入されると群馬県警が中心となり検視を行う。22の各テーブルに分かれ、遺体には遠し番号をつけてから、写真を撮影したり、チャートに書き込んだりして身元確認を行う。
8月15日は早朝午前3時から開始され、医師144名(日赤医師11名を含む)が出動して、436体(その内完全遺体157体)であった。16日には、181名の医師(日赤医師11名を含む)が出動、282体(その内完全遺体137体)の検死が終了した。
その後も同年12月20日まで検死が続き、最終的に518人の身元確認(後残りの二人もほぼ確定)が行われた。
しかし、離断遺体の未確認部分の遺体は、棺の数で237棺も残された。
離断遺体を含め、遺体総数は、なんと、2065体。
この長期間にわたった身元確認作業と検死活動で、ほぼすべての日において出動していた人がいる。
それは土肥福子(旧姓木村)歯科医師である。
8月15日から12月20日まで検死活動を続けた女性歯科医師
ここに掲示する新聞記事(101頁)との出会いは、私にとって衝撃的であった。
棺をのぞき込むような姿勢をとっているのは、群馬県歯科医師で警察医大國勉氏のご子息の大國仁歯科医師と木村(当時、現在は土肥)福子歯科医師である。炭化が著しく、身元確認は歯型が中心とならざるを得ないほど遺体状況がひどかった、という内容である。掲載されている写真の女性歯科医師が、棺のその先にあるものを茫然と見ているその表情から、人の生死もすべて生々流転で、はかなく無常である様が伝わってくるかのようであった。この写真を見た途端、ぜひお会いしたいと思った。この世の無常の先に何か真実が見えるのではないだろうかという気持ちに、私は駆り立てられた。
掲載されている新聞記事から、大國仁医師と土肥福子医師が棺の中をのぞき込む様子の写真をご紹介する。

新聞記事では、二人の医師の視線の先にあったはずの炭化された遺体は、隠されていた。
お盆から師走まで、遺体と向き合った土肥福子医師の言葉などは、次回。
今日は飲食店のアルバイトが終わり、ドトールでノートPCを開いていろいろ。
かみさんが仕事が休むだったので、ユウの散歩を任せ、ブログも途中まで。
NHKの100カメでラグビー日本代表の代表選考を兼ねた合宿の様子を見た。
あれだけの練習をしたのだ。
アルゼンチンには、勝つ!
