青山透子著『日航123便墜落 遺物は真相を語る』より(2)
2023年 08月 23日

青山透子著『日航123便墜落 遺物は真相を語る』
2018年に単行本で発行され、今年8月に河出文庫で再刊された『日航123便墜落 遺物は真相を語る』から二回目。
目次。
□文庫版 はじめに
□第一章 この墜落は何を物語るのかー国産ミサイル開発の最中の墜落
□第二章 焼死体が訴えていることは何かー乗客乗員全員分の未公開資料から
□第三章 遺物調査からわかったことは何かー機体の声が聴こえる
□第四章 証拠物と証言が訴えていることは何かー未来の在り様を考える
□あとがき
□文庫版 おわりに
□主な参考文献
引き続き、第一章 この墜落は何を物語るのかー国産ミサイル開発の最中の墜落、より。
前回は、日航123便墜落事件のあった時期は、中曽根康弘首相が陣頭指揮をとっていた軍拡の一環として、国産ミサイル開発に躍起になっていた時期と重なっていたことをご紹介し、事件の四日前の新聞報道などを引用した。
事件直前の状況はどうだったのか。
墜落二日前ー8月10日
「陸自のSSMー1誘導飛行に成功(朝日新聞1985年8月10日付)」
防衛庁技術研究本部の発表によれば「我が国の最先端技術を駆使して開発中の地対艦ミサイルSSMー1のプログラム誘導による飛行テストを9日、若狭湾海上にて実施し、計算通りの飛行に成功した」ということで、飛行テスト実施状況が詳細に記されている。
陸上自衛隊としては、このミサイルを侵攻兵力に対する洋上突破能力の柱として、今後3.5個隊(1個隊で6連発発射機16両)を編成する方針としている。ミサイルのプログラム誘導飛行は開発のかなめとして大変重要な部分であり、これを達成したことで予定通り二年後に開発完了となり、装備化正式決定が可能となった、とある。
SSMー1の射程としては、約150キロであり、敵艦船に近づくまでは、あらかじめプログラム入力された指示に従って飛行、探知をさけるために低空で、山腹を縫うように飛んで海上に出るようにする。このためには、プログラムや誘導機構とも大変複雑になっており、高性能が要求される。陸上から発射されて、これだけ長距離を飛ばすことができる射場が国内にはないため、テストでは飛行機からミサイルのエンジンに点火し、それを落として飛ばすという形で行われた。航空自衛隊が協力して、石川県小松基地からT2ジェット練習機がミサイルを抱えて飛び、F4戦闘機、C1輸送機が安全確認やデータ収集にあたっていた。陸上自衛隊技術研究本部はこの結果を分析中であるが、今回の成功で「開発の大きな山場を乗り切った」と評価している。この後数年間、ミサイルの目であるレーダーを作動させて位置を確認し、敵艦に突入するテストなどを行い、成功すれば実用試験弾による実射試験をしていくスケジュールである、としている。
SSMは、surface-to-ship missile、の略で、地対艦ミサイル。
しかし、陸上自衛隊は、「ミサイル」という言葉を使いたくないようで、「地対艦誘導弾」などと誤魔化していることを、前回ご紹介した。
引用に戻る。
さて、この洋上訓練に注目してほしい。
防衛庁が実験しているミサイルの動きは、前著『墜落の新事実』で記した静岡県藤枝市で目撃した小林美保子氏の証言とその動き方がぴったりと一致する。低い高度で山腹を縫うように日航機の腹部にくっついているように赤い物体が飛行していた様子は、小林氏のみならず上野村村民にも目撃されている。『小さな目は見た』という上野村立上野小学校の子供たちが書いた文章では、「真っ赤な飛行機」を見たとの記述があった。その後も赤い物体の目撃情報は続いている。
そのミサイルのプログラムは高性能で複雑なもので、日系企業が中心となって開発しており、飛行距離も射程も150キロ以上であることからも、高度が下がった日航機を追尾する可能性は十分ある。ファントム戦闘機二機が並行して飛行して訓練している状況は、目撃証言と同じだ。安全確認やデータ取りで、航空自衛隊も協力していた、とある。こうやって着々と飛行テストのスケジュールをこなして、国産ミサイル開発を行っていたのが、墜落発生の二日前なのである。
『墜落の新事実』の小林美保子さんの証言については拙ブログで6月9日、上野村の小学生による『小さな目は見た』については6月10日に同書から紹介している。
2023年6月9日のブログ
2023年6月10日のブログ
引用を続ける。
墜落前日ー8月11日
「国産ミサイル本格推進-防衛庁方針(読売新聞1985年8月11日付)」
この記事にはミサイルの写真も出ている。練習用のミサイルの色は朱色、つまりオレンジ色である。記事によれば、我が国独自の技術力による武器等装備開発について、中曽根首相に積極的姿勢から国産ミサイルを推進するよう指示されていたことが明確にわかる。
(中 略)
試射実験によって高い評価を得た国産ミサイル開発は、その複雑なプログラムを克服して、着実に成果を上げている様子がわかる。
これらが日航123便、墜落前夜までの自衛隊の動きである。そして8月12日、相模湾にて、自衛隊護衛艦「まつゆき」の試運転、という流れなのである。
墜落前日まで、自衛隊が国産ミサイル実験のデータ取りや研究を繰り返していたことが明確となったが、だからといって訓練中のアクシデントによるかどうかは、これだけでは明確にわからない。あらゆる方向からその可能性について検証していくことにする。
本書に掲載されている、1985年8月11日の新聞記事の画像を拝借。

キャプションに、SSMー1の正式名称が「88式地対艦誘導弾」と記されいる。
前回、「陸上自衛隊応援サイト 陸自調査団」なるサイトから「88式地対艦誘導弾」のページの画像を紹介した。
陸上自衛隊応援サイトの該当ページ
今回は、Wikipedia「88式地対艦誘導弾」から、写真を借用。
Wikipedia「88式地対艦誘導弾」

同ミサイルは、台湾有事の際に日本の重要な武器になると言われている。
今後、このミサイルが話題になった時は、日航123便墜落事件を、間違いなく思い出すことだろう。
