「ペシャワール会報」156号より(1)
2023年 07月 11日

久し振りなので、確認。
会報の表紙下には、こう記されている。
ペシャワール会は、1983年9月、中村哲医師のパキスタンでの医療活動を支援する目的で結成され、現在は中村医師が設立したPMS(平和医療団・日本)のアフガニスタンでの医療活動や灌漑水利事業等の総合的農村復興事業を支援しています。
ということで、ペシャワール会発足から、今年で40年になるのだ。
巻頭は、「明日につながる一年へー発足40年にあたって」と題した、「2022年度現地事業報告」で、医療、灌漑事業、農業事業、現地との交流、という項目ごとに前年度の活動報告が記されている。
今回ご紹介するのは、「アフガン渡航記」。
これが、カラー写真でのレポート1頁目。

冒頭部分に、こう記されている。
3月末から4月までの約一ヵ月間、PMS支援室の3人が12月に続き現地を再訪問。将来の長期滞在を見据え、年に数回渡航し、現地の文化、気候、仕事に体を徐々に順応させていく。
上の写真は、渡航メンバーとバラコット用水路蛇籠組み作業員との記念写真。
下は、車で移動中に見かけた、用水路に飛び込む子ども達。
渡航メンバーの一人、PMS支援室長藤田千代子さんのレポートがあるので、引用したい。
現地の人と共に、困っている人のために
PMSの通常業務に参加
昨年12月に続き今年3月末から一ヵ月間、PMSの活動地に行って参りました。
昨年は十二年ぶりの訪問とあって、中村先生(とPMS)の活動地とその成果を見ることに集中しました。2000年に顕在化した干ばつの惨状を、当時ダラエヌールやシェイワ郡、ベスード郡の村々で目にした私たちにとって、驚くべき光景が拡がっていました。干上がっていた畑には小麦が一面に芽吹き、カリフラワーが白く育ち、トマトの苗づくりも始まっています。人参、大根、カリフラワーはバザール以外の路上でも売られ、多くの作物の収穫が可能になっていることが実証されていました。
3月も12月同様に、PMS支援室メンバーの籾井・山下が同行。今回は視察だけではなく、できるだけPMSの通常の作業に入り込み、職員が地域の人たちと共に働くことを目的の一つとしました。
朝礼後の運営会議では各事業で当日行われる作業内容、必要な資機材のリクエスト、現場での問題等を協議し、皆で共有します。驚いたのは、私たちが十数年前に退避帰国するまで行われていたこの会議が変わりなく継続されていたことです。気がつくと、まるで十数年の空白が無かったかのように、私もこの打ち合わせに参加していました。
これが、会議風景。

中村哲医師の遺志は、しっかりと継承されている。
藤田さんが驚くハプニングも、紹介されている。
PMSには、ペシャワールの病院で働いていた職員やパキスタンに難民化していた職員たちも多いので、ほとんどがパキスタンの公用語であるウルドゥ語も話します。
今回、ペシャワールの病院の朝礼で唱和したいてウルドゥ語による四つの文章をオフィスの職員たちが思い出し、突然「ハムナダールマリゾンキ マダッツカルケ・・・・・・(我々は、貧しい患者を助けることで、神様に仕えます、我々は、国籍や宗教を越え互いに協力して働きます・・・・・・)」と、唱え始めました。これは中村先生の真髄ー活動十五年目の結論と方針として考えつくられた=です。私は所々しか覚えておりませんでした。
後日、職員たちとガンベリ農場の中村先生の記念塔で休息していた時のことでした。ジア医師が突然四つの文章を唱え始めたのです。そして、いつの間にか皆が声を揃えて唱和していました。私は涙が出るほとの感動に包まれました。
PMSの職員はアフガニスタンでは多数派民族であるパシュトゥンが多いのですが、パシャイー、タジク、ハザラ民族もいます。ペシャワール時代からの人、アフガニスタンで採用された人もいます。彼らには、中村先生の真髄がしっかりと染みとおっているように感じられました。また、毎朝のミーティングや普通の会話の中に、中村先生はこう言っていた、こう話していたと、「中村哲医師の言葉」がまるでコーランの一節を暗唱するようにスラスラと出てくるのです。中村先生は彼らの隣にいるのだ、そして彼らはいつも中村先生と会話しているのだ、ということを実感しました。
この後、藤田さんは、昨年8月にナイチンゲール記章を授与されたことについて、周囲の支援への感謝の言葉で締めくくっている。
アフガニスタンのニュースは、タリバンの女性差別に関するものが大半だ。
たしかに、その問題も忘れてはならないと思う。
しかし、そのことなどを理由にしての経済制裁で、銃弾による戦争はなくなったものの、生きるための戦いが続いている。
NHKのサイトにある、今年5月のニュースを引用する。
NHKサイトの該当ニュース
WFP「アフガニスタン 国民の3割以上が食料調達困難」
2023年5月18日 6時45分
アフガニスタンで活動する国連のWFP=世界食糧計画の現地の代表がNHKのインタビューに応じ、ロシアの軍事侵攻などを受けて世界的に食料価格が上昇するなか、アフガニスタンでは国民の3割以上にとって食料の調達が困難になっていると訴えました。
アフガニスタンでは、おととし8月イスラム主義勢力タリバンが復権し、経済が悪化して失業する人が相次いだほか、長引く干ばつで農産物の収穫に影響が出て深刻な食料不足に陥っています。
こうした中、今年1月、WFPアフガニスタン事務所の代表に就任したシャオウェイ・リー氏が17日NHKの取材に応じました。
リー代表はこの中で「物価が高騰し、援助を必要とする人が非常に多い」と述べ、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻などを受けて、食料価格が上昇するなか、状況は悪化し、国民の3割以上にあたる1500万人にとって食料の調達が困難になっていると指摘しました。
またリー代表は、現地で支援を求める声が高まる一方、WFPは深刻な資金不足に直面し、やむをえず食料支援を減らしていると厳しい状況を明らかにしました。
その上で、日本を含む国際社会に対して「これまでも寛大な支援を行ってくれたが、これからもアフガニスタンに関与し、人道支援や人々が自活できるようになるための援助を続けてほしい」と述べ、支援の継続を訴えました。
まだまだ、アフガニスタンに、支援は必要なのである。
中村哲医師という素晴らしい人物がいたことを、日本の国、そして、日本人は忘れてはならない。
しかし、今の日本の政治家、そして、多くの国民は、忘れかけている。
対照的に、中村哲医師の精神と活動を、PMSのメンバーはしっかり継承している。
それは、与えられるのではなく、水と食糧を自らが獲得するための活動だ。
人に危害を与える武器を買うために我々の血税を費やすのではなく、WFPやアフガニスタンの人々などを一人でも多く救済するために使って欲しい。
PMS職員が唱和し、藤田千代子さんが感激した、中村哲医師が残した、「我々は、国籍や宗教を越え互いに協力して働きます」という精神こそ、今必要とされる。
SDGsなんて流行りの言葉より、ずっと良い。
中村哲医師の精神が理解されるのであれば、戦争は起こらないし、軍事費を倍増し敵基地攻撃能力を保有するなんて馬鹿な政治は行われないはずである。
