青山透子著『日航123便墜落事件 JAL裁判』より(11)
2023年 05月 31日

青山透子著『日航123便墜落事件 JAL裁判』
青山透子著『日航123便墜落事件 JAL裁判』(河出書房新社、2022年11月30日初版)の十一回目。
目次。
□訴状
□はじめに
□第一章 歴史的裁判開始
□第二章 法廷への道
□第三章 情報開示請求裁判ー東京地方裁判所706号法廷
□第四章 茨の道
□第五章 判決
□おわりに
【裁判資料】
引き続き、「第二章 法廷への道」から。
日本航空幹部候補生の社員教育から見えてきた真相とは?
今回被告となったJAL社長の赤坂祐二氏は、墜落の二年後に入社している。
入社当時は、成田整備工場技術総本部の運航点検整備部(MNA)第四運航整備課に所属し、その後生産管理部生産計画グループ(MNC/P)に配属、成田の中台寮に住んでいた。
日航123便墜落事件よりも前、つまり1985年より前と、その年の四月に入社した社員は、入社式の後、そのまま千葉県土毛(とけ)にある日航研修センターに連れて行かれて一週間ほどの合宿を行った。その後、男子幹部候補生の地上職員やフライトエンジニア、自社養成幹部候補生パイロットたちは、そもまま貸し切りバスで富士山麓御殿場にある陸上自衛隊駒門(こまかど)駐屯地に行き、自衛隊体験入隊の研修を受けた。
当時は全員が正社員であった時代であり、まだ学生気分が残っている新入社員を社会人として根性のある人間にすることを目的とし、各企業の人事部が自衛隊訓練を研修として利用する企画があったのである。自衛隊側も雫石の全日空自衛隊機衝突事故(1972年)以来、良いイメージはなく、広報活動の一環として各企業の新入社員研修を受け入れることは好都合であるため、積極的にその企画を売り込んでいた。企業の人事部でも評判が良かった。
この研修では、50キロの土嚢を担いで50メートル走ったり、鉄棒懸垂、走り幅跳び、長距離早歩きなどの肉体的な訓蘭が行われたという。
私も会社の人事に在籍したことがあり、自衛隊以外にも、挨拶や、衆人環視の場で大声で歌うなどの研修があることを知っている。
一時、ちょっとしたブームとなった研修スタイルではあるが、私の会社では、採用しなかった。
日航では、幹部候補生の東大出身者などが、かなり脱落したが、それでも有効な研修と考えていたようだ。
しかし、ある時から、この研修がなくなった。
実は、この裁判中に入った情報によると、日航123便墜落事件以降は、この自衛隊への入隊研修が突然行われなくなった、という。そうなると二年後の1987年(昭和六十二年)入社の赤坂祐二社長は、自衛隊体験入隊研修は受けていない、ということになる。
そして驚くべきことに毎年続いてきたこの訓練がなくなったきっかけが、日航123便であるというのだ。
その時の新入社員の教育担当者から出た言葉は、きくところによれば「日航123便墜落は自衛隊がやったのである。だから今後、自衛隊体験教育は行わない」という衝撃の事実であったそうだ。
自衛隊体験訓練の廃止の理由からも、墜落原因である「異常外力着力点」をもたらした犯人は自衛隊と推定されるのではないか。おそらく、それを入社早々に聞かされたであろう赤坂祐二社長は、入社時からすべてを知っているはずである。
この「自衛隊にやられた」という話は、群馬県警に書類送検され新聞に実名が出た日航社員12名の不起訴処分が決定した1989年12月以降、語られなくなった。
そして、1990年当時、乗員組合事務所で、地上職の幹部が、「今後一切、会社としては事故原因を追究しない」と言い放ったとされる。
青山さんは、こう書いている。
私はこの時期に、第一回目の取引が日本航空と政府とで行われたのだろうと推定する。
もともと無実であった人間を書類送検した結果、証拠不十分として不起訴にした。この時、新聞報道で名前が出た12名の社員たちは、本来ならば世間的には墜落原因の「後部圧力隔壁の修理ミス」をした張本人であるから、当然降格人事となるはずなのに、逆に出世か現状維持となり、その子弟が日本航空に入社した出世した者さえいる。会社側としては、政府から押し付けられた無実の罪を個人に被せるわけにはいかないという一心で、その子供たちまで次々と社員としていったのだろうと推定できる。従って、すでにこの段階で、後部圧力隔壁修理ミスという自己調査報告書が出した結論は崩壊していると言えよう。しかし世間にはこのカラクリが伝わっておらず、これらのいきさつを知らない遺族も多数いる。こうやって36年間以上、調査が継続中であるという方便でそのまま放置されてきたことは遺憾であり、誰も521人の命を失った責任をとらなくなってしまった。
日航のサイトの役員ページから、安全統括管理者でもある赤坂祐二社長の、選任理由を確認する。
日本航空サイトの該当ページ
同氏は、当社入社以来、整備本部を中心に従事し、安全運航などに係る現場の経験・見識を極めて高いレベルで習得し、整備業界における高い知見と豊富な人脈を獲得してきました。2014年からは株式会社JALエンジニアリング代表取締役社長として強力なリーダーシップと決断力を発揮し、安全運航の基盤を強固なものとしました。また、2018年からは代表取締役社長執行役員として、JALグループの存立基盤である安全運航を堅持し、JALフィロソフィを率先垂範することで、全社員とともに企業理念の実現を目指しております。
この「JALフィロソフィ」とは、何なのか。
どんな哲学によって、高裁での口頭弁論も弁護士任せで、原告に対し会社側から直接語り掛けることをしないのだろうか。
そして、全社の安全運航の管理責任者トップは、123便の安全な運航を妨げた原因には、もはや関心がない、ということか。
「JALグループの存立基盤である安全運航」とは、政府との悪魔の取引によって、企業として親方日の丸で存続するということなのか。
「日航123墜落の真相を明らかにする会」公式ホームページで案内されているように、高裁の判決は、明日6月1日午後1時半に下される。
「日航123便墜落の真相を明らかにする会」公式ホームページ
果たして、「司法のフィロソフィ」はどんな判決を導くのだろうか。
裁判官も、政府と悪魔の取引によって、521人の命を奪った墜落事件の真相を、闇に葬ろうとするのだろうか。
明日、高裁が原告の要求を却下しても、最高裁まで吉備素子さん、青山さん、三宅弘弁護士は、戦い続けるに違いない。
その中で、元日航社員や元防衛庁関係者たちの供述も披露されるだろう。
1985年8月12日に、いったい何が起こったのかを明らかにするため、そして、521名の死を無駄にしないために、このシリーズも続く。
新たな飲食店のアルバイト、二日目。
久しぶりなのと、まだテニス合宿の疲労が残っているせいか、足腰にきているが、なんとかやれそうだ。
昨日、今日は9時から13時までだったが、店長から「土曜は11時からでお願いします」とのこと。
前の店でもそうだったが、土日祝日は平日の昼食時間帯の混み具合が11時から14時位まで続く。
見込まれたのは、少し嬉しい。
がんばろう!
