将棋の名人について(3)ー谷川浩司著『藤井聡太はどこまで強くなるのか』より。
2023年 03月 26日
以前なら寄席に行き、最近は映画に行くことが多い。
末広亭は、桟敷での飲食が可能になったようだ。
しかし、マスク着用は個人の判断、というコロナ対策の緩和により、感染者がまた増えている。
これは、当然予想されたことだ。
まだ、寄席や落語会に復帰するのは時期尚早と思っている。
映画館は、あの広い空間で、適宜換気もしているので、寄席の密とは違う。
さて、映画かなと思って調べてみたが、居残り会仲間で映画好きのIさんご推薦の「エンパイア・オブ・ライト」は近郊の映画館で上映終了。
「オットーという男」も見たいのだが、行きつけの近くの映画館では朝早くの一回限りの上映。
都内に出れば、上映中の映画館もあるが、昨日は、雨なのに、いや、雨だからかなぁ、飲食店のアルバイトが忙しかったので、やや疲れが残っていて、そこまでする気になれない。
そもそも、この時期の映画館は春休みでの家族連れを当て込んだプログラムになっていて、日曜で雨、行楽をやめた人も多く、映画館自体は密集になるだろう。
ということで、外出せずブログを書くことにした。
映画「フェイブルマンズ」を観たのだが、その記事は後回しにして、将棋の名人について。
このシリーズ、前回から二十日近く空いてしまった。
映画「エブエブ」があり、WBCがあり、将棋のA級順位戦プレーオフや棋王戦があり、だったからねぇ。
拙ブログは、ほんとに、あちたりこちたり、である。
4月5日から、名人戦が始まる。
棋王戦の記事でも紹介した、日本将棋連盟サイトの名人戦の日程を再確認。
日本将棋連盟サイトの該当ページ

その名人に関し、この本から三回目。

谷川浩司著『藤井聡太はどこまで強くなるのか』
谷川浩司十七世名人著、今年1月18日初版の『藤井聡太はどこまで強くなるのか』の副題は、「名人への道」。
前回は、著者谷川十七世名人は、坂田三吉の曾孫弟子であり、羽生九段が、関根金次郎の曾孫弟子であることを本書から引用していた。
坂田と関根の関係などについて、引用する。
世襲制だった時代、坂田の師匠でもあった小野五平十二世名人の時代が長く続き、関根金次郎が十三世名人になったのは、54歳のときだった。
関根は、「このままでは将棋は進歩しない。勝負の世界は実力で名人を勝ち取るべきだ」と考え、70歳で名人位を退き、昭和十年、実力制名人の歴史が始まった。
そんな時代のこと。
関根先生を変わらず目標に据え、「恩師」「導師」として仰いでいた坂田先生は、関根先生の十三世襲位を心から祝福していた。
ところが当時、東京と大阪の将棋界の対抗意識は強く、坂田先生の後援者である財界人にとっては関根先生の十三世襲位は面白くない。そのため坂田先生としては不本意な形で「名人」を名乗らされることになった。
こうして残念ながら東京と大阪が絶縁状態になり、対局ができない時期が続いた。名人戦が実力制になり、リーグ戦が始まるのを機に、なんとか坂田先生を復帰させるべく、長く後世に語りつがれる一大対決、「南禅寺の決戦」と「天龍寺の決戦」が組まれる。
補足する。
坂田三吉は明治三(1870)年生まれだ。
関根は慶応四(=明治元年、1868)年生まれで坂田の二歳年上。
上述の二つの決戦は、昭和十二(1937)年の2月と3月に行われている。
つまり、坂田三吉、67歳の時のこと。
対局相手の木村義雄は当時32歳で坂田の35歳年下、花田長太郎は40歳で27歳下だった。
二人とも関根金次郎門下。
引用再開。
南禅寺の決戦の対局相手は木村義雄八段。天龍寺の決戦の相手は花田長太郎八段。両者とも一番は単に大物対決という枠を超え、社会的事件として世間の耳目を集める。
特に両決戦でいずれも後手の坂田先生が、先手の▲7六歩に対して初手で端の歩(対木村戦では△9四歩、対花田戦では△1四歩)を進めて「端歩突き」は、前代未聞の奇手として論争を巻き起こした。
後手でなおおかつ端歩を突くのは、さらに遅れをとるようにも見える。結果的に坂田先生は連敗したが、先生の端歩突きはさまざまな説が取り沙汰された。様子見説。ハッタリ説。自信の表れ説・当時は否定的な見方が多かった。
前衛的な手はその時に理解されなくても、後世評価されることがある。例えばAIは二手目の端歩突きをどう評価するだろうか。
序盤はよほど突飛な手を指さない限り、AIの評価値は下がらない。▲7六歩に対して△9四歩でも△1四歩でも、決定的に形勢が悪化するわけではないので、評価値はさほど下がらないだろう。
やや作戦負けをするかもしれないが、将棋の作戦や駒組みは後から決定したほうが有利になる側面がある。つまり手をどんどん進めて行くと駒組みは早くできるが、駒組みの選択肢がなくなっていく。だからあえて手を進めずに、端歩を突いてもう一手待ち、相手の出方を見てから自分の駒組みを決めるのだ。
それで手が遅れて攻め潰されてしまう危険性はあるが、攻め潰されるギリギリのところまで駒組みを決めずにおく戦術は、二十年ぐらい前からかなり有力視されている。
坂田先生がどういう思いで端歩を突いたのかはわからないが、現在の評価で「なるほど、一理あるな」と考えるかどうか。いまはさすがに二手目に端歩を突く人は少ないが、まず角道を開けて、その後の四手目に端歩を突くケースは普通にある。
坂田先生は将棋界復帰後、八段格として第二期名人戦に挑戦者決定リーグに特別参加した。当時七十歳に近かったが、五分に近い星を残されている。将棋界の分裂などで対局できない期間が十年以上あったことを思えば、やはりその実力は傑出していた。
坂田三吉のことは、映画「王将」で馴染み深い人が多いだろう。
北条秀司の原作を元にした映画は、これまで三度製作されている。
昭和二十三(1948)年の映画「王将」では、坂田三吉を阪東妻三郎、関根金次郎を滝沢修が演じた。
昭和三十七(1962)年は、坂田を三國連太郎、関根は平幹二朗。
昭和四十八(1973)年は、勝新太郎をが坂田、仲代達矢や関根を演じた。
藤井聡太人気とAIにいって、将棋界は、今活気づいているように思う。
そろそろ四回目の映画「王将」が作られても良いかもしれない。
果たして、坂田三吉、関根金次郎は、どんな役者が良いのか。
少なくとも、ジャニーズ系ではない方が良いと思うが。
再来週から始まる名人戦、渡辺明名人は対局中の4月23日、39歳になる。
藤井聡太竜王は、7月19日が誕生日なので、20歳のまま。
19歳の差。
藤井王将に挑戦し二勝した羽生九段は、32歳差だった。
羽生九段は、棋聖戦の決勝トーナメントでもベスト8にの残っており、次は渡辺名人との対局。
ちなみに、羽生九段は、竜王戦のトーナメントでも、まだ勝ち残っている。
王将戦を見ていた思ったのは、二人の感想戦が、なんとも楽しそうだったこと。
終局後、大盤解説の会場へ行かなくてはならないのだが、すでに感想戦を二人が始めてしまい、スタッフが声をかけけなければ、終りそうになかった。
とにかく、羽生九段も藤井竜王も、将棋が好きで好きでたまらない、そんな印象だった。
王将戦の第七局が予定されていた大田原市では、一昨日24日に藤井王将の祝勝会、昨日25日には、子どもたちへの指導対局が行われた。
そのイベントで、もし一か月休みがあったら何をするかと問われた藤井六冠は、将棋をやる、と答えた。
そういう人なのである。
名人戦前に、もう一回か二回、このシリーズは続く予定。
