王将戦第一局(1)
2023年 01月 08日
驚いたのは、後手羽生九段が、得意とする横歩取りではなかった、こと。
角換わりではあるのだが、△8五歩を挟まず、「後手一手損角換わり」、という珍しい形。
将棋盤を見ながら、想像力を働かせて確認しよう。

8手目まで、こう進んだ。
1 ▲2六歩
2 △3四歩
3 ▲7六歩
4 △8四歩
5 ▲2五歩
6 △3二金
7 ▲7八金
8 △8八角成
通常の角換わりは、途中で△8五歩の一手を挟む。
いきなりの角交換にびっくりだ。
日本将棋連盟の王将戦ブログの頁から棋譜を含めて確認できる。。
日本将棋連盟サイトの該当ページ
無断転用が禁じられているので、引用はしない。
その代わり(?)、Wikipedia「後手番一手損角換わり」から、引用。
Wikipedia「後手番一手損角換わり」
後手番一手損角換わり(ごてばんいってぞんかくがわり、英: Gote's One-turn-loss Bishop Exchange)は将棋の戦法で、角換わりの一種。対戦成績表などでは、省略して単に一手損角換わりとも呼ばれる。 淡路仁茂が生みの親。 阿部隆はこの手を指した淡路に思わず「先生、やめたほうがいいですよ」と言ってしまったという。青野照市は淡路の棋譜をみて随分とうまくいったとし、順位戦A級などで指し始めたという。青野によると居飛車でも角換わりは飛車先を突かない方が手が広い意味があるが、序盤早々にわざと手損をするので、現役のプロ棋士ではためらいがあったが、以前から南口繁一や小堀清一らが、矢倉戦を避けるために自分の好きな角換わりに持ち込むために指されていたとし、飛車先を保留する意味での作戦としては現在までなかったという。
2004年頃から盛んにプロ棋士が採用するようになった。2007年の現役棋士が選ぶ衝撃の新手・新戦法ベスト10では第3位にランクインしている。
瀬川晶司は、一手損角換わりがまだプロで指されていない時に、アマチュア強豪の藤井真司に大会で指され、奨励会を退会してアマ大会に復帰した直後で、わざわざ1手損してきて喜んでいたが、うまく指されて負かされたという。その後プロで流行り、先見の明があったとしている。
2005年の名人戦(森内俊之に羽生善治が挑戦)では、7番勝負のうち2局でこの戦法が採用された(結果は1勝1敗)。
淡路はこの戦法によって第33回(2006年)升田幸三賞を受賞した。
また、将棋は従来先手が若干有利とされていたが、2008年度の日本将棋連盟公式棋戦において、.503 - .497 と微差ながら、統計開始以降はじめて後手の勝率が先手のそれを上回った。青野照市によれば、この事件に最も貢献したのがこの後手番一手損角換わりであるという。
角換わりの序盤において、後手が△8五歩を省略するために早期に角交換する。そのために後手の上にさらに一手損するという、従来は考え得なかった戦法である。具体的には△8五歩の一手を損したことにより、8五の歩が8四に下がっているかたちになるため、8五に桂馬を跳ねる余地がある(これは攻めの意味もあれば、7三の桂頭を敵に狙われにくくする意味もある)など、作戦の幅が拡がる。これがこの戦法の骨子である。
ということで、棋戦では2005年に羽生九段が経験している。
とはいえ、最近は、横歩取りで勝ってきたので、意外。
少しは、藤井王将を攪乱させようという気持ちはあったのだろう。
普段は囲碁ばっかりの「囲碁・将棋チャンネル」で、生放送している。
「囲碁将棋チャンネル」のサイト
これが、次のように13手まで進んだ後の様子。
9 ▲同銀
10 △2二銀
11 ▲4八銀
12 △3三銀
13 ▲3六歩

AIの勝敗確率は、藤井王将54 羽生九段46、となっている。
ここまで見て、テニスのため出かけた。
途中も、スマホで進展を確認していた。
しばらくすると、一手損角換わりの影響も薄らいで、落ち着いてきた。
午前は、藤井王将の37手目、▲2六歩まで。
昼食後の最初の手は、38手目羽生九段の△3五銀打ち。飛車取りの手だ。
てっきり、ここは▲2八飛と下がると思っていた。
藤井王将、70分の長考。
その結果、39手目に▲2五飛。
このあたりは、正直、素人には良く分からない。
というか、藤井聡太の読みなど、分かるはずもないか(^^)
帰宅し、ユウの散歩をして第一日の終盤。
43手目先手藤井王将の▲5八銀打ち。

ここで、羽生九段、長考。
AIは藤井王将54% 羽生九段46%としているが、しばらくすると50:50になった。

その後、また54:46になった。
AIも、迷っている(^^)
このまま、午後6時になり、羽生九段の封じ手。
ほぼ、同成銀は間違いないだろう。
その後は、同金。
問題は、その後だ。
初日は、互角か、少し藤井王将の優位、という印象。
明日も楽しみだ。
