中村哲医師の記念碑で思う、いろいろ。
2022年 12月 05日
そして、愛犬ミミーの命日でもあった。
三年前、まったく同じ2019年12月4日、我が家のミミーは10歳で旅立った。
その経緯などはブログに書いたので、ご興味のある方は、ご覧のほどを。
「ミミーのこと」
ということで、昨夜は夫婦で静かに、ミミーを偲ぶ夜だった。
私は、ミミーと中村哲医師の命日を忘れることはない。
ミミーが中村哲医師のことを忘れないよう、そして、中村先生がミミーのことを忘れないよう、と言っているような気がしている。
その中村哲医師の石碑がアフガニスタンに出来た、という毎日新聞のニュースをご紹介したい。
毎日新聞の該当記事
中村哲さん石碑に異例の写真掲示「タリバン、なぜ」 現地の人の思い
川上珠実
毎日新聞 2022/12/2 06:30(最終更新 12/2 06:30)
澄んだ青空の下、乗用車やオート三輪車がせわしなく行き交う音が響く。アフガニスタン東部ナンガルハル州ジャララバードの一角に今年10月、ある日本人をたたえる石碑が完成した。碑の真ん中にあしらわれたのは現地で農業・医療支援に尽力し、2019年12月に凶弾に倒れた医師の中村哲さん(当時73歳)の写真だ。偶像崇拝を禁止するイスラム主義勢力タリバンが統治する現在のアフガンで、個人の写真を掲げて顕彰する例は極めて珍しいとされる。
NGO「ペシャワール会」(福岡市)の現地代表を務めた中村さんは19年12月4日、ジャララバード近郊で武装集団の襲撃を受け、同行した5人とともに命を落とした。
中村さんしのぶ広場タリバン復権後も
30年以上アフガンなどで支援に奔走し、「カカ・ムラド」(中村のおじさん)と呼ばれ、親しまれた中村さん。現場近くに石碑を中心とした広場を造ろう、という計画がガニ前政権時代に持ち上がり、昨年8月に実権を掌握したタリバン暫定政権も必要性を認めて工事が継続された。
今年11月下旬に記者が現地を訪れると、隣州に向かう大通りの中央分離帯に造られた全長260メートルの広場には芝生が敷き詰められ、小さな苗木が枝を伸ばしていた。碑には英語、現地語に加えて日本語で書かれた解説もあった。「いつかこの地を訪れた日本の人々にも読んでほしい」との願いが込められているという。
異例の写真掲示、アフガン人特別な思い
「タリバンは写真を認めてこなかったのに、なぜ」。ペシャワール会の実動組織である「平和医療団(PMS)」で工事関連の業務を担当するディーダル・ムシュタクさん(53)は今夏、地元当局と業者から顔写真の提供を依頼された驚きをよく覚えている。
PMSで長年活動してきた医師のジア・ウル・ラフマンさん(66)は「ドクター・サーブ(お医者様、中村さんの敬称)は『政権は変わるが、人々は変わらない』と言っていました」。活動への理解がアフガンで広がった結果、「政治的な立場にかかわらず、人々の中に中村医師への特別な思いがあるのでしょう」と説明する。
毎日から、写真もお借りする。

記念碑ができることは、ある意味そう驚くことではないが、たしかにこの写真にはびっくり。
このニュースは、もっと報道されて良いと思う。
なぜなら、まだ日本を含め、タリバンへの誤解が色濃く残っているからだ。
アフガニスタンへの経済制裁をする西側諸国の後をついていくだけの日本政府は、中村先生のことも、アフガニスタンの国柄、文化のことも、もっと学ぶべきだ。
これまで、中村先生関連の書籍やペシャワール会報なども踏まえ、タリバンへの誤解、意図的な曲解について書いてきた。
あらためて、以前ご紹介した内容から、中村先生の言葉を紹介したい。

『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る』
澤地久枝さんの聞き書きを元にした、『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る』(副題は「アフガンとの約束」)のシリーズ17回目の記事から。
2022年1月25日のブログ
澤地さんが中村さんの活動を支援したいと思い、中村さんに会って本を出そうと考え、ようやく2008年と2009年に実現した対談を元にした本。
2010年に岩波から単行本が刊行され、昨年9月に岩波現代文庫で再刊された。
中村先生が、長年の医療活動の経験を踏まえ、なにより病気にならないためにも「水」が必要という考えに至り、中村先生が灌漑活動を進めることになったことについての、二人のやりとり。
澤地 水を確保できれば、アフガンは再生できますね。
中村 そうです。
澤地 確実にね。
中村 絶対にしますね。そりゃ、欲深い人も中にはいますけれども、一般の、九十九パーセントの素朴なアフガンの庶民は、家族が仲良く、自分の故郷で暮らせること、一緒におれること、三度のご飯に事欠かないこと、これ以上の望みをもつ人は、ごく稀ですよ。
その基本的な要求が満たされないがために、米軍の傭兵になったり、軍閥の傭兵になったりして、骨肉争うというような状態。これに、皆、嫌気がさしてきている。あの傀儡政権のカルザイ大統領が、米国に抵抗しているというのは、そういうことですね。
澤地 各地方に、かなりの武力をもった軍閥というか、グループがるわけでしょう。その問題は、どういうふうに考えたらいいんですか。
中村 それは、軍閥の定義がまた問題。地域の豪族に近いものから、明らかにロシアや米国の援助を受けて成り立っている軍閥など、いろいろあるんですね。彼らは、タリバン政権時代には小さくなっていたのが出てきた。やはり最終的には、旧タリバンとはいわないまでも、タリバン的な政権が出現して、統合されていくというのが、自然な姿だと思います。
タリバン自身も、いまは一軍閥になっているような状態です(笑)。ただ、彼らの特質というのは、アフガン的なものに根ざしているので、これは切っても、切っても、トカゲのしっぽ、アフガン人を、全員抹殺しないかぎり、タリバン勢力の根は切れないでしょうし、また、切る必要があるかということですね。
現地で長年活動した中村先生にしか分からない、アフガニスタンという国の文化、風土を踏まえた発言だと思う。
アフガニスタンでもっとも多くを占めるパシュトゥン部族は、推定1600万人で現存する世界最大の部族社会と言われる。同じイスラム圏とはいえ、他の国や民族とは文化、習俗は違う。
タリバン復権には、アフガニスタンならではの理由があるのだ。
タリバン=イスラム過激派、という誤った図式でしか問題を考えようとしないアメリカや国際組織は、2009年時点で、中村医師が、今のアフガニスタンの姿を正確に見通していたことを知るべきである。
タリバン=敬虔なイスラム教徒、であり、タリバン=モスクのあるマドラッサで学ぶ学童、という地元の根本的な認識をすることから、アフガニスタンを考え直すべきだと思う。
他の国や民族からは理解不能でも、その国や民族の間ではそうすることが当たり前で心地良いというのが、まさに文化なのである。
司馬遼太郎は、『アメリカ素描』の中で、こう書いている。
□文明とは
「誰もが参加できる普遍的なもの・合理的なもの」
□文化とは
「むしろ不合理なものであり、特定の集団(たとえば民族)においてのみ通用する特殊なもの」
この言葉は、アフガニスタンやタリバンへの誤解のみならず、サッカーワールドカップを開催しているカタールのイスラム文化に基づく現象をとらえ、短絡的に女性蔑視、人権侵害と非難することへの警鐘とも受け取れる。
実は、こういった誤解は、同じ国の別な時代にも起こり得る。
我らが居残り会のリーダー、佐平次さんは、ブログ「梟通信~ホンの戯言」の最近の記事で、渡辺京二『小さきものの近代』をご紹介されている。
あの江戸時代、士農工商という階級社会で庶民は虐げられていたとか、庶民が権力に抵抗することなどできなかった、などという認識の方は、たとえば一昨日の記事をご覧になると。実態はまったく違っていたことを知ることになるはずだ。
梟通信の該当記事
アメリカの言いなりに軍事費を増やそうとしている日本政府は、武器を捨て平和だった江戸時代のことを思い出すべきだ。
以前、『鉄砲を捨てた日本人』という本をご紹介した。

ノエル・ペリン著『鉄砲を捨てた日本人』
初版は1984年に紀伊国屋書店から発行されているが、私が読んだのは、1991年の中公文庫版。
副題は、「日本史に学ぶ軍縮」。
著者ノエル・ペリンは、1927年ニューヨーク生まれで、ダートマス大学英米文学教授だった方。環境科学も教えていたらしい。エッセイも書かれていたよう。2004年11月21日に亡くなっている。
日本語版への序文に、こう書かれている。
2019年8月27日のブログ
日本はその昔、歴史にのこる未曾有のことをやってのけました。ほぼ四百年ほど前に日本は、火器に対する探求と開発を中途でやめ、徳川時代という世界の他の主導国がかつて経験したことのない長期にわたる平和な時代を築きあげたのです。わたくしの知るかぎり、その経緯はテクノロジーの歴史において特異な位置を占めています。人類はいま核兵器をコントロールしようと努力しているのですから、日本の示してくれた歴史的実験は、これを励みとして全世界が見習うべき模範たるものです。ささやかながら、本書もまた日本の経験をめぐって執筆したものです。
この場をかりて敢えて希望を申し述べることが許されますならば、日本にいま一度新しい模範を示していただけないものか。日本が国の栄誉のために自衛隊の増強を決めたとしても、それはそれで仕方がありません。外部からとやかくいうべき筋合いのものではまったくないからです。それでもなおわたくしは、ワシントンの野心家の機嫌をとるだけのために日本が新式兵器に金をかけることのないよう、貴国に希望を託しています。
残念ながら、ノエル・ペリンの希望に、今の日本は沿っていない。
そして、アメリカもロシアも、今は、ウクライナしか見えていないのかもしれない。
しかし、そのロシアもアメリカも、つい少し前に、大国のエゴから侵攻し、そこに住む人々の故郷を滅茶苦茶にしたアフガニスタンのことを忘れてはならない。
アフガニスタンの人々が、もう戦禍に巻き込まれるのが嫌だから、タリバンが復権したのである。
そのアフガニスタンの人々は、いまも中村先生のことを忘れず、灌漑行事などを進めている。
経済制裁で、苦しい中で、命の水を求める日々が、続いている。
電力不足・・・だったら、まず、クリスマスのイルミネーションなど論外だ。
国も企業も家庭も努力し、原発になど頼らない国づくりを目指すべきだ。
アフガニスタンに限らず、世界には今日明日を生きることに精一杯の人々がいる。
そして、いわゆる先進国からの大量の温室効果ガス排出による地球温暖化は、大洪水や干ばつをもたらし、その被害は、二酸化炭素をほとんと出さない地域の人々を直撃する。
地球温暖化やウクライナ問題を理由にした岸田政権による老朽化原発の再稼働などは、言語同断。
まさに、フェイクである。
世界が再生可能エネルギーへの道を進もうとしているのに、なぜ、フクシマを経験した日本が、こんな馬鹿げたことをしようとしているのか。
どんどん発散しそうなので、これ位にしておく。
中村先生の記念碑建立で、いろんなことを思うのであった。
