白井聡著『長期腐敗体制』より(11)
2022年 09月 07日

白井聡著『長期腐敗体制』
6月10日に角川新書から刊行された白井聡著『長期腐敗体制』から、十一回目。
著者の白井聡は、1977年生まれの思想史家、政治学者で、『永続敗戦論ー戦後日本の核心』などの著作がある。
目次を確認。
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□序章 すべての道は統治崩壊に通ず
ー私たちはどこに立っているのか?ー
□第一章 2012年体制とは何か?
ー腐敗はかくして加速したー
□第二章 2012年体制の経済対策
ーアベノミクスからアベノリベラリズムへー
□第三章 2012年体制の外交・安全保障Ⅰ
ー戦後史から位置づけるー
□第四章 2012年体制の外交・安全保障Ⅱ
ー「冷戦秩序」幻想は崩壊したー
□第五章 2012年体制と市民社会
ー命令拒絶は倫理的行為であるー
□あとがき
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巻末に説明があるが、第一章から第四章は、2021年3月から6月に朝日カルチャーセンター中之島教室で行われた連続講座「戦後史のなかの安倍・菅政権」の講義録を元にしている。
その内容を全面的に改稿し、他の章を書き下ろしたとのこと。
今回は、第三章 2012年体制の外交・安全保障Ⅰー戦後史から位置づけるー、からご紹介。
第一次安倍内閣で、頻繁に使われたスローガンは「戦後レジームからの脱却」だった。
「レジーム」とは何か。
Wikipedia「レジーム」から。
Wikipedia「レジーム」
レジーム(仏: Régime、英: Regime)、又は、体制とは、例えば政治の文脈では、統治・政府の形態・構造そのもの(政体・政治体制・政治システム・統治機構)、或いは、その運用・制度や社会との相互作用などを規制・統制する、一連のルールや社会的・文化的な規範などを言う。
日本語圏では、「アンシャン・レジーム」や「レジーム・ド・ヴィシー (fr: Régime de Vichy) 」(ヴィシー政権の意)などで特に知られる。
なお、中国語で「レジーム(Régime・Regime)」に対して「政権(中: 政权)」と訳すが、同じ漢字圏の日本語における「政権」と意味が異なることに注意。
「体制」とか「統治機構」という意味で安倍は使っていたのだろうか・・・・・・。
彼は、具体的に「戦後レジーム」とはどんなものと理解していたのだろう。
本章は、「対米従属派vs.自立派という分類は妥当か」という問いかけから始まる。
まず、第一次安倍内閣のスローガン「戦後レジーム」に関して、著者はこう書いている。
大多数の国民にとっては、「戦後レジーム」と言われても、「何それ?」と思ったり興味がなかったりして、受けが悪く警戒もされました。そのため、第二次政権では封印したところがあります。
ただし安倍氏の政治家キャリア全般から見れば、このスローガンの彼にとっての重要性は明らかです。そうだとすると、安倍政権の外交・安全保障政策はこの「戦後レジームからの脱却」という、彼の宿願を果たしたといえるのかどうか、が検討されなければなりません。
安倍氏は一体、戦後レジームをどう捉えているのでしょうか。これが謎です。何せポツダム宣言をつまびらかに読んでいないとおっしゃるので、戦後レジームとは何かに関して、彼の頭の中で答えがあるとは到底思えません。
私が推測するには、安倍晋三が第一次内閣でさかんに使った「戦後レジーム」とは、彼の頭の中では、日本会議の論客たちが主張するような、あの戦争は侵略ではなかった、とか、中国や韓国に謝る自虐思考をやめるべきだ、といったようなニュアンスだったと思う。
ポツダム宣言も読まずに、それ以上の発想が、彼にあったとは思えないのだ。
ちなみに、国立国会図書館のサイトで、ポツダム宣言の日本語訳を読むことができる。
国立国会図書館サイトの該当ページ
旧字体が読みづらくはあるが、数分で読めるはず。
「戦後レジーム」を語る人なら、読むべきだろう。
このあと著者は、孫崎享(まごさき うける)が『戦後史の正体』(創元社、2012年)で、戦後の歴代総理を「対米従属派」と「自立派」に分けたことを紹介している。
例えば、結局はGHQの言いなりだった吉田茂は従属派で、日ソ国交回復を断行した鳩山一郎は自立派、安保改定を強行した岸信介は従属派だと見られているけれども意外に自立派だ、というように。中曽根康弘は従属派で、小泉純一郎も従属派で対米追従の極み、福田康夫は意外に自立派で、独自外交を推進してロッキード疑獄をアメリカから暴露された田中角栄はもちろん自立派・・・・・・。
ここで一つの傾向が見えてきます。完全な対米屈服、喜んで従属したような総理大臣は、アメリカの覚えが目出度いため政権が安定し、長期政権化するということです。それに対し、腹に一物を持ち、自民党といえども自立したいという志を持った首相は、アメリカから嫌われる。だから、アメリカからさまざまな嫌がらせや陰謀などの工作を仕掛けられて短命に終わる、という具合に分類されます。
構図としてはわかりやすいのですが、果たして本当だろうか、と思いました。従属派と自立派という二分割は、あまりに単純すぎやしまいか。というのは、敗戦以来、対米従属がいわば国の基本的な形になっていることは所与の事実だからです。もちろんその中で、政治家によって、どちらかといえば自立を志向する意思がある、あるいはそれが見えないといった傾向の強弱はあります。とはいえそれはグラデーションをなしているので、この人は従属グループ、あの人は自立グループと、クリアカットに分けられるものではないように思います。一人の政治家の中で、時期によって立場が変遷することもしばしば見受けられます。
この後、立場が変遷した政治家の例として、かつては「NOを言える日本」などという本を書きながらも、後年、アメリカ保守系シンクタンク主催の会で、「尖閣諸島は東京都が買い上げる」とぶち上げた石原慎太郎のことを著者は書いている。
そもそも、あの人は、どんな政治理念を持っていたのか、私には、いまだに分からない。
さて、対米従属か自立か、という単純な図式では分けられないと考える著者は、この後、ある思想家の主張を元に考察を続けるのだが、その内容は次回。
昨日と今日は、飲食店のアルバイトが昼のシフト。
今日は、帰宅して、なんとか雨が降る前にユウの散歩ができた。
それにしても、今日はお客さんが切れ目なく来られ、やや疲労困憊状態。
シフトが終り、同じビルにあるパチンコ屋さんの外にある喫煙場所に行くと、お店の常連さんと遭遇。
パチンコの出来は、今一つのようだが、いつもにこやかに「お疲れ様」と言っていただける。
それで、疲れも半減するような気がする。
感染拡大の当初は、パチンコ屋にも休業要請があり、ビルの戸締りまで我々がやっていたことなど、少し前のことが、ずいぶん前のように思える。
さて、そろそろBS TBS「報道1930」だ。
連れ合いから、仕事が終わってこれから電車に乗る、とのLINEも入った。
今日のビールは、ききそうだ(^^)
