白井聡著『長期腐敗体制』より(7)
2022年 08月 23日

白井聡著『長期腐敗体制』
6月10日に角川新書から刊行された白井聡著『長期腐敗体制』から、七回目。
著者の白井聡は、1977年生まれの思想史家、政治学者で、『永続敗戦論ー戦後日本の核心』などの著作がある。
目次を確認。
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□序章 すべての道は統治崩壊に通ず
ー私たちはどこに立っているのか?ー
□第一章 2012年体制とは何か?
ー腐敗はかくして加速したー
□第二章 2012年体制の経済対策
ーアベノミクスからアベノリベラリズムへー
□第三章 2012年体制の外交・安全保障Ⅰ
ー戦後史から位置づけるー
□第四章 2012年体制の外交・安全保障Ⅱ
ー「冷戦秩序」幻想は崩壊したー
□第五章 2012年体制と市民社会
ー命令拒絶は倫理的行為であるー
□あとがき
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巻末に説明があるが、第一章から第四章は、2021年3月から6月に朝日カルチャーセンター中之島教室で行われた連続講座「戦後史のなかの安倍・菅政権」の講義録を元にしている。
その内容を全面的に改稿し、他の章を書き下ろしたとのこと。
引き続き、第一章 2012年体制とは何か?ー腐敗はかくして加速したー、から。
前回は、かつては天皇を頂点としていた「国体」が、アメリカを頂点とすることで、今も存在していること、そして、冷戦終結で、親米保守派によるその国体はなくなってよいはずなのに、その「砂上の楼閣」が居心地が良い人々によって延命されているという著者の指摘を紹介した。
その「国体」について、著者はこう考えている。
この「国体」が徹底的に批判されなければなたない理由は単純です。それは、「国体」がその中にいる人間をダメにする、そこに生きる人間に思考を停止させ、成熟を妨げ、無責任にし、奴隷根性を植え付ける、そのようなものだからです。
大東亜戦争の失敗が、つまるところ戦前天皇制国家の限界が招き寄せたものだとするならば、現代日本の閉塞、そして社会の全般的劣化も、「戦後の国体」の限界が招き寄せたものにほかなりません。そしていよいよ、「戦後の国体」もその崩壊の最終段階に入ってきたのではないか、というのが私の現代に対する見立てです。
私が並行して紹介しているもう一冊、山崎雅弘著『未完の敗戦』の昨日の記事を思い浮かべた方もいらっしゃるのではなかろうか。
大日本帝国時代の天皇を頂点とする「国体」での批判的思考の欠落が、特攻を容認する風潮をつくったということと、現在の親米保守によるアメリカを頂点とする「国体」が招く思考の停止は、非常によく似ている。
その「戦後の国体」が崩壊の最終段階に入ったと、なぜ著者は見立てるのか。
それを露わにしたのは、3.11でしょう。私自身も、このようなことを考えるようになったきっかけが、東日本大震災と福島第一原発の事故でした。日本の権力構造にさまざまな問題があることは、もちろん以前から知っていましたが、それとはまったく次元の違う危機感を11年前のあの日から持つようになりました。そうした思いは、かなり多くの人たちに共有されてきたと思いますし、今もされていると思います。
3.11以降、民主主義を何とか取り戻そう、獲得しようという社会運動も盛んになりました。まさにそのような機運こそ、「戦後の国体」の支配層から見れば、叩き潰さなければいけない。しかし叩き潰すといっても、日本では機動隊を入れたり自衛隊に治安出動させたりといった方法ではなく、もっとソフトな手を使います。例えば「復興の象徴として東京オリンピックをやろうじゃないか」というようなプロパガンダです。
東京五輪は復興五輪だ、というのは、本来意味不明な話です。震災で破壊されたのは東北なのですから、復興の象徴として仙台でオリンピックを開催すると言うなら、まだわかります。ところが、開催するのは東京です。ですからこれは結局、あの大震災と原発事故で突きつけられたものに対する否認であり逃避です。少し考えただけでおかしいとわかるようなことを、電通が中心となり「日本中が祝福しています」というキャンペーンとしてやってきたのです。
こういったことも、単に安倍政権や自民党政府が悪いという話ではないわけです。政・官・財・学・メディアが、共犯関係でこれをやってきたのだし、安倍政権をも支えたのです。国民の多数派はそれを消極的である積極的であれ、支持してきました。
「復興五輪」「アンダー・コントロール」「おもてなし」などなど、東京五輪の招致、開催に伴ういろいろの情報が、メディアの時間と空間を埋めることで、開催に反対する市民の声などをかき消した。
コロナ禍での開催に反対する声は、NHKが世論調査項目を操作するなどにより、封殺された。
そして、今、カネと欲にまみれた五輪の舞台裏が、少しづつ糾弾されようとしている。
この件は、別途書くつもりだ。
著者は、ここ数年の選挙を振り返り、棄権が増えた分で自民党が勝っているようなもので、その意味では、2012年体制は、消極的に支持されているにすぎない、と言う。
しかし一方で、積極的に支持している層も確かにいます。安倍政権の岩盤支持層と言われるような人たちですね。それはすなわち、極右勢力です。国運が傾く中で悪性の排外主義的ナショナリズムが発生するのはどの国でも見られる現象ですが、御多分に漏れず、それが日本でも発生しているわけです。そうした国民の感情的劣化に対して、責任ある政治は、それを何とか解毒したり抑制したりする義務を感じるわけですが、安倍政権の政治は正反対にそうした感情の劣化に依拠するものでした。改憲運動などと結びつきながら、このナショナリズムは劣化を促進してきました。
また、この10年ほどの言論の世界などを見るに、積極的支持ではないが、シニカルな自民党支持層のようなものが形成されたと感じられます。安倍信者の右翼と思われるのは恥ずかしくてイヤだけれどリベラル・左翼と見られるのもイヤだ、だから両方に距離をとって、どっちもどっちでおかしいよね、という立場をとりたがる人たちです。こういう「とっても賢いボクちゃん」という自画像だけが大事というような人が大量増殖していて、学者の世界でも増えていますが、どう自己演出しようがこうした態度は自民党支配の継続に資するだけなので、実質的にはネトウヨと何も変わりません。
国民精神のこうした低劣化も、現在が国体護持の最終段階の時期なのだと考えれば、それほど不思議ではありません。あの大戦の末期、国民はどれだけ馬鹿なことをお互いに強いたか、また国家は国民に強いたか、似たような状況が起きているのだと見るべきです。
著者が指摘する「シニカルな自民党支持層」で、何人かの、テレビでコメンテーターとして登場する人物の顔が浮かぶ。
そうなのだ、結局、どうポーズをつくって「ボクちゃん賢い」と演出しようが、結局、彼らはネトウヨと変わらない。
この章も、そろそろ終盤、引用を続ける。
とはいえ、いよいよそんな現実の悲惨さを直視しなければならない状況が現れてきました。言うまでもなく、新型コロナウイルスの問題です。日本は医療崩壊を繰り返しています。最初はノウハウがなかったから、経験がなかったから、知見が不足していたから、といった言い訳もできました。しかし言い訳できない時期になっても、状況は変わらなかった。日本の政府、統治機構はまったく統治できない状態になっていて、そこに無能性と腐敗が強く結び付いています。
例えばコロナウイルス感染者との接触を警告するアプリを政府が発注して開発させたら、そもそもの発注が杜撰で、知見がないベンダー(開発・販売会社)などに仕事を振り、受注した元請けが中抜きをして更に投げ、と無責任体制極まれりで有用なアプリがいつまでたっても出来上がらない。このような話がごろごろ出てきている。
要するに、日本の統治機構が崩壊してきている、ということです。役人は若手がどんどん辞め始めている。まるで末期のソ連邦のようです。私たちはこれからどうなってしまうのか、この国はどうなってしまうのか。それは、間違いなくこれまでの歩みの先にあります。次章以降、その歩みを三つの角度から検証していきます。
コロナ対策の無能さは、著者指摘の通り、まったく変わっていない。
そして、そこに、腐敗があり、不正がある。
この状況が、戦後の国体の最終段階なのかどうか・・・・・・。
この章はこれでお開きで、次回は、第二章 2012年体制の経済対策ーアベノミクスからアベノリベラリズムへー、からご紹介する予定。
著者が指摘するアプリの問題は、先日、会計検査院が昨年厚労省に出した改善要望書をご紹介した。
2022年8月19日のブログ
あの記事では、元請けしか名前を出さなかったが、どんな下請け、孫請けの状態だったかを東京新聞の記事から図を含めて引用する。
東京新聞の該当記事
COCOA開発受注企業が事業費94%を3社に再委託、さらに2社に…不具合の原因企業「分からない」
2021年2月20日 06時00分
新型コロナウイルス陽性者との接触を知らせるアプリ「COCOA(ココア)」の開発で、厚生労働省の委託先の企業が別の3社に、契約金額の94%で事業を再委託していたことが分かった。同省は再委託比率を「原則2分の1未満」とする規定を設けているが、それを大きく超える比率で認めていた。ココアは不具合が続発。同省の調査や監督が及ぶ元請け企業の役割が小さく、原因把握が難航している。 (皆川剛)
(中 略)
業務の大半が再委託されると、事業の責任が曖昧になるほか、役所の監督が及びにくくなるなどの懸念があるため、厚労省は再委託比率が50%を超えることを原則禁止している。ココアで94%の再委託を認めた理由について、田村憲久厚労相は19日の衆院予算委員会で「それぞれの得意分野があり、チームで対応していただくため」と説明した。一方、パーソルは本紙の取材に「厚労省に再委託先や再委託金額の承認を得ながら進めている」と回答した。
元請けが、他社に開発の一部を外注すること自体は、よくあることである。
問題は、しっかり工程管理をし、検査も行い、全体として使えるシステムに仕上げているかどうか。
それが出来ていないことは、明白だ。
パーソルは、「HER-SYS」の元請けとして、「COCOA」も受託した。
「HER-SYS」も同様の構造ならば、使えるシステムが出来るはずもない。
しかし、もっとも責任があるのは、厚労省なのである。
日本に、オードリー・タンはいないが、真っ当なソフトウェア開発ができる会社は、ある。
しかし、2012年体制の中では、権力者のお友達企業に税金が流れる仕組みになっている。
それは、コロナ関連でも、五輪でも変わらない。
本書著者の見立てのように、今が、不正・無能・腐敗の体制の最終段階であることを、祈るばかりだ。
体制の終焉のためには、マスメディアが鍵を握っていると思う。
もし、テレビが安倍晋三国葬問題を扱う際、今のように、事件現場で献花する人々の映像を流すのではなく、国葬反対のデモの映像を流すようになるか、ということも、一つの変わり目を示す指標ではなかろうか。
テレビ朝日には、自浄能力があるようだ。
問題は、NHKだなぁ。
さて、今日明日は、飲食店のアルバイトが夕方からラスト。
ようやく、感染者や濃厚接触者が復帰しつつあるが、まだ、安心できない状態は続く。
岸田のように、オンラインでできる仕事ではないのだ。

