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山崎雅弘著『日本会議 戦前回帰への情念』より(10)

 バイデン・岸田会談によって、日本は、戦争に巻き込まれる危険性が増してきた。

 それは、憲法を改正(改悪)しようとする組織や人々を喜ばせているに違いない。

 その組織や人々が、どんなことを考えているのか、あの本で確認したい。

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山崎雅弘著『日本会議 戦前回帰への情念』

 山崎雅弘著『日本会議 戦前回帰への情念』(集英社新書、2016年7月発行)から十回目。

 
 目次を確認。
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はじめに
第一章 安倍政権と日本会議のつながりー占領された内閣
第二章 日本会議の「肉体」ー人脈と組織の系譜
第三章 日本会議の「精神」ー戦前・戦中を手本とする価値観
第四章 安倍政権が目指す方向性ー教育・家族・歴史認識・靖国神社
第五章 日本会議はなぜ「日本国憲法」を憎むのかー改憲への情念
あとがき
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 今回は、第四章、安倍政権が目指す方向性ー教育・家族・歴史認識・靖国神社、からご紹介。

 現在の岸田政権の背後に、自民党最大派閥の領袖である安倍晋三が存在している以上、安倍政権が目指していた方向性のことは、しっかり確認する必要がある。

 決して、過去の遺物ではない。

 何度も紹介しているが、これが、岸田内閣発足時の顔ぶれ。「しんぶん赤旗」からの引用。
「しんぶん赤旗」の該当記事

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 岸田総理も、日本会議国会議員懇談会、そして、神道政治連盟国会議員懇談会の会員であることを、忘れてはならない。

 今回のバイデン-岸田会談で話し合われたことは、日本会議や安倍政権が目指した方向に沿うものであり、ますます日本は軍国化の道を進もうとしている。

 戦争のできる国を目指す日本会議と、その組織が支援する政権は、教育においても、戦前・戦中への回帰を目指している。

 その象徴的な動きは、「教育勅語」復活である。

 日本会議の論客が口を揃えて復活を望む「教育勅語」とは、どのような教えだったのでしょうか。
 正式な名称を「教育に関する勅語」という教育勅語は、1890年10月30日に、明治天皇が山県有朋首相と芳川顕正文相に与えた勅語(天皇が国民に下賜するという形式で発せられる意思表示で、大日本帝国時代には絶対的な権威を持っていた)でした。
 教育勅語の原文は、当時の文語体で道徳全般についての「教え」を説く内容でしたが、学校などの教育現場では、そこに記された「教え」の部分を「12の徳目」という箇条書きのかたちにわかりやすく整理して、子どもに教えていました。
 皇室の先祖が築いた国で、国民が忠義と孝行を尽くした行いを褒める「教え」に続いて示された「12の徳目」の内容は、例えば「父母に孝行する」「夫婦は仲良く」「友人同士では互いに信じ合う」など、一般の人々が読んでもすぐ理解できるものでした。その中に、戦前・戦中の日本人の思想を強く方向付ける、次のような教えがありました。
「一旦緩急あれば義勇公に奉じ以(もつ)て天壌無窮の皇運を扶翼すべし」
 現在の言葉に訳すと「もし何か緊急事態が起きれば、国民は忠義と勇気を持って公のために奉仕し、その行いによって、永遠に続く皇室の運命を助け支えるようにせよ」というような意味になります。

 明治神宮のサイトに、12の徳目が掲載されている。
明治神宮サイトの該当ページ

 次の内容だ。フリガナを割愛する。

 教育勅語の十二の徳目
孝行 親に孝養をつくしましょう
友愛 兄弟・姉妹は仲良くしましょう
夫婦ノ和 夫婦はいつも仲むつまじくしましょう
朋友ノ信 友だちはお互いに信じあって付き合いましょう
謙遜 自分の言動をつつしみましょう
博愛 広く全ての人に愛の手をさしのべましょう
修学習業 勉学に励み職業を身につけましょう
智能啓発 知識を養い才能を伸ばしましょう
徳器成就 人格の向上につとめましょう
公益世務 広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう
遵法 法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう
義勇 正しい勇気をもって国のため真心を尽くしましょう

 大きく表現を変えているいるのが「義勇」である。
 「一旦緩急あれば・・・・・・」とは、ニュアンスを変えている。
 しかし、日本会議やその支援者が目指しているのは、「義勇」の本来の意味に近いはずだ。

 あらためて、12の徳目を眺めると、徳器成就、遵法などは、自民党最大派閥の領袖(ボス)は、本当にこの徳目を大事にしているのか、疑問が湧く。

 人格の向上につとめているのか、そして、現行の法律や規則を守ろうとしているのか・・・・・・。


 さて、教育勅語の大きな問題は、12番目の「義勇」にあるのは明らかだ。
 そして、戦前・戦中は、その内容が、戦意高揚の道具として大きく脚色されて利用され、国民に刷り込まれていた。

 本書の引用を続ける。

 この発布が行われた1890年から、太平洋戦争の敗北(1945年)までの55年間にわたり、この「教え」は日本の教育における事実上の「中核」でした。
 発布から4年後の1894年に日清戦争が勃発すると、国内の教育関係者は、教育勅語の教え、特に「一旦緩急あれば・・・・・・」の文言を強調した言説で戦意を鼓舞し、国民の間には天皇崇敬や神道の価値観の延長として国への奉仕と献身を奨励する「国家神道」の思想が広がりました。
 そして、昭和に入ると、教育勅語の教えを靖国神社と結び付ける政治教育が進められ、犠牲を厭わない国への献身と奉仕が国民の義務であるとの副読本が用意されました。
 例えば、1935年2月に「教育勅語普及会」が刊行した『教育勅語と我等の行道』という、中学生向けに出版された教育勅語の副読本は、前記した「一旦緩急あれば・・・・・・」の文言と対面のページに靖国神社の写真を掲載し、次のような説明文を記載しています。
<靖国神社は、国家の有事にのぞみ、家を忘れ、国家の存在に代わりその身を滅ぼした、多くの忠魂(忠実な軍人の魂)を、別格官幣(国家のために功労のあった人臣を祀る神社の社格)として祀るもので、これは実に尽臣報国(君主に忠義を尽くして国家に報いる)の赤誠(まごころ)に対して、天と地の感動が表れたものと言える。
 ここにその神社を掲げて、国家守護の神として敬仰(慎んで仰ぐ)するので、永遠に義勇奉公の大鑑(大きな手本)とし、国家の犠牲となった忠魂に背くことのないようにしてほしい>(53ページ)
 この文面を読めばわかるように、「教育勅語の副読本」は教育勅語の内容を膨らませ論理を飛躍させ、原文には存在しなかった「国民は国家を守るためならば命を惜しんではならない」かのような意味を、解釈によって付け足しています。こうした恣意的解釈による意味の拡大が、戦前・戦中の国家神道体制下の日本では盛んに行われていました。

 憲法改正(改悪)により、戦争のできる国への復帰を目指す組織や人々が、「教育勅語」の復活を主張する意図は、明白だ。
 戦争に勝つには、命令に従順な兵士が、数多く必要なのだ。


 昨夜、バイデンをもてなす八芳園の夕食会に同席した林芳正外相は、神道政治連盟国会議員懇談会会員、木原誠二官房副長官は日本会議国会議員懇談会会員で幹事でもある。

 そして、二人とも、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」に所属している。

 彼らからバイデンが“おもてなし”を受けている時、NATO加盟国トルコのエルドアン大統領は、閣議後の演説で、シリアのクルド人武装勢力を標的に南部の国境沿いで近く軍事作戦を行う計画があることを明らかにした。
時事ドットコムの該当記事

 昨日の記事で、国谷裕子さんが、8年前、当時のロシア連邦議会下院議長へのインタビューから、「地政学の時代」に逆戻りした感じがした、と書いていることを紹介した。
 日本にいてはわからない、欧米とロシアの亀裂を、8年前に感じていた国谷さん。

 その亀裂が、ウクライナ侵攻につながっていった。

 そして、トルコのこのニュース。

 いったい、世界はどこへ向っていこうとしているのか。

 そして、バイデンが提唱する、インド・太平洋地域での同盟国づくりの中に日本が取り込まれることにより、日本は、ロシアや中国にとって、どんな国と見られているのだろうか。

 台湾有事で軍事介入することを否定しないバイデン。

 中国と西側諸国との亀裂が、ますます深まっていく。

 その亀裂が軍備拡張競争で、いっそう拡大していく。

 
 くどいくらいに言いたい。

 日本は、唯一の被爆国として、戦争反対、核兵器廃絶を唱える国になったはずではなかったのか。

 それは、あの敗戦で大きな犠牲を払って得た教訓である。

 「地政学の時代」、もっと直接的に言えば、「戦争の時代」に逆戻りしつつある今こそ、平和を訴え続ける国の国民でありたいと思う。

Commented by Ponchi at 2022-05-24 21:47
 自民党の中でも宏池会は良識派と思っていたのに岸田首相は何を考えているのか理解に苦しみます。同じ宏池会でも河野洋平元衆議院議長と故・加藤宏一元幹事長とでは護憲的思想はほぼ同一だったのにも関わらず、反りが合わずに対立してしまい、加藤の乱を経て宏池会は分裂。結局、小泉・安倍が率いる清和会が自民党を牛耳る事態が続いているのが残念です。改憲派でも山崎拓元幹事長のほうがある意味で慎重でもあり、議論ができない小泉元首相をYKKに含めるのに当初難色を示した点は故・加藤氏より優れた政治家だったのかもしれません。
Commented by kogotokoubei at 2022-05-25 08:27
>Ponchiさんへ

宏池派は、もはや、清和会と互角に張り合うだけの派閥とは言えませんね。
池田勇人が佐藤栄作と袂を分かって旗揚げしたのが始まりですが、池田派→前尾派→大平派→鈴木派→宮澤派→加藤派と進み、ご指摘のように、加藤の乱で分裂したのが大きな岐路でした。
その後、堀内派→古賀派→岸田派と、形式的には、派閥は生きのびてきましたが、残念ながら、安倍清和の頭数に負けています。岸田は、最大派閥を敵にするわけにはいかないでしょう。
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by kogotokoubei | 2022-05-24 12:54 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Trackback | Comments(2)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


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