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ペシャワール会会報No.151記念号より(3)。


 昨日ご紹介したNHK BS1スペシャル「命をつなぐ ~アフガニスタン 人道危機の冬~」は、映像によるペシャワール会報、のような内容だった。

 文字の会報からも、紹介を続けたい。

 ペシャワール会会報151記念号から、三回目。

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 ペシャワール会は1983年9月、中村哲医師のパキスタンでの医療活動を支援する目的で結成された国際NGO(NPO)団体である。
 また、PMSは、Peace (Japan) Medical Servicesの略で、平和医療団のことで、中村哲医師が率いてきた現地事業体である。
 引き続き、PMS総院長も務めるペシャワール会村上優(まさる)会長の「逃れようのない人々を支えよう」からご紹介。

 経済制裁による限られた資金を元に、今年1月に、もっとも苦しい状況にあるアフガンの人々1800家族(約1万8千人)に食糧配給を実施したPMS/ペシャワール会。
 
 村上会長は、未だに各国のNGOが銀行から送金できないなど、アメリカ主導の経済制裁への不満を記した後、こう続けている。

 以下、中村医師が十数年前に書かれた文章を紹介します。
《狂気の時代である。グローバリズムが国際暴力主義と結合して、面妖な世情になってしまった。だが、アフガニスタンでは、今に始まったことではない。もう20年以上前の「ソ連軍侵攻」から現在の状態は先取りされていた。即ち、文明の普遍性と正義の名において、軍靴が平和な農村を踏みにじり、無数の犠牲を生み出してきたからである》。《途上国の犠牲を一般大衆には先ずもって「市民権」がないことを報告しておきたい。何百万の人々が死亡しても、まるで「市民」のペットが死ぬよりも軽いことであるかの如く報ぜられる》(会報84号、2005年)。《「自由とデモクラシー」でさえ、戦争合理化の小道具に変質してしまった。「人々の人権を守るために」と空爆で人々を殺す。果ては「世界平和」のために戦争をするという。いったい何を、何から守るのか。こんな偽善と茶番が長続きするはずはない》(会報88号、2006年)。

 中村医師は、どんな状況下で、こういった言葉を発していたのか。

 ここで、以前ご紹介した本から、あらためて引用したい。。
2022年1月12日のブログ

ペシャワール会会報No.151記念号より(3)。_e0337777_12533020.jpg

『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る』

 『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る』の副題は「アフガンとの約束」となっている。

 澤地久枝さんが中村医師の活動を支援したいと思い、中村さんに会って本を出そうと考え、ようやく2008年と2009年に実現した対談を元にした本。
 2010年に岩波から単行本が刊行され、昨年9月に岩波現代文庫で再刊された。

 同書の中からの引用。

 会報で村上優会長が紹介した中村医師の言葉が、どんな状況から発せられたものかを確認できるはずだ。
 
  「戦争」の名分

澤地 このころ、タリバンという言葉、一本になりましたね。アルカイダは消えて、いまはタリバン一本ですよ。
中村 あーあ!
澤地 それで、タリバンのなかの急進派というふうに書いていて、各新聞を見ますと、タリバンが敵だということになっている。新聞の記事でも、タリバンがアフガンでの敵対勢力の中心になってきている。
中村 本来ならば、アルカイダを捕らえるだとか、オサマ・ビンラディンを捕らえるというのが目的だったですよね。
澤地 それが「戦争」の名目だったわけじゃないですか。
中村 米国が、微妙に変わってきているんですね。
澤地 変わってきましたね。アフガンの人たちは全部、攻撃的なタリバンたり得るのだから、アフガン人全体を敵にするにひとしいと考えるべきですね。しかし、すごい無差別攻撃が始まったのでしょう?
中村 ええ。でも、そのことは日本ではあまり伝えられないですね。ひどい無差別攻撃ですよ。
澤地 どんなふうですか。
中村 人が集まっているところ、たとえば、結婚式場を爆撃する。あそこは男女を分ける習慣が根強いですから、こともあろうに女性と子どもの集団のところへ爆弾を落す。
 これはちょっと前の事件ですけれども、パキスタン側で、「タリバン八十名を殺した」というニュースが流れたんですよ。なんのことはない、ペシャワールというパキスタン北西部の、アフガンとの国境地帯のマドラッサを爆撃してるんですね。マドラッサというのは、モスクを中心にした宗教教育の場であり・・・・・・。
澤地 寺子屋でもあるしね。
中村 そうです。それと地域の人々が話し合うセンターでもあるんですね。そういうところを爆撃して、「タリバン八十名を殺した」というニュースが流れたんです。その後わかって、皆が激昂したのは、マドラッサで学んでいる生徒さんたち、小学校から中学校ぐらいの年齢ですかね。その学童たちが、ほぼ全員即死している。
 名前は同じタリバンですよ。向こうの言葉でいうと。みんな政治勢力としてのタリバン主義者かというと、そうではないんですね。それもひっくるめて、全部やっちゃう。これは、ますます混乱を助長するばかりです。

 まさに「狂気の時代」なのであった。

 いや、それは、今のウクライナを考えると、過去形ではない。

 当時、米軍が発表する「タリバンを攻撃」の中に、一般市民がたくさんいる結婚式場やマドラッサなどへの爆撃も含んでいるという実態は、ほとんど日本では伝えられなかった。

 中村医師は、“現場”で、「人々の人権を守るために」と言う名目で市民が攻撃される事実を訴えていたのだ。

 二回目の記事で紹介したが、村上会長は、昨年8月15日のタリバン政権が復活した後、訳知り顔の政治家や政治評論家が、「最も必要なことは人権侵害を受けたアフガン人の救済、国外退避を支援すること」と語ることへの違和感を覚えた方もおられたでしょう、と書いていた。

 残念ながら、あの当時は、違和感を覚える人は少なかった、と思う。
 なぜなら、タリバンは過激であり、女性蔑視である、などなどの先入観のある人が大半だったから。

 今のアフガニスタンの状況は、一回目の記事でも紹介した通り、治安は改善されてきた。

 最大の問題は、経済制裁なのである。


 さて、会報に戻る。
 村上会長は、この後、干ばつの実態や、PMS方式灌漑事業普及を推進していることなどを紹介されている。
 そして、中村医師の活動とペシャワール会の歴史を少し振り返って、次のように締めくくられている。

《アジアの片隅で行われた私たちの小さな努力が、いかなる既成の立場も先入観も超え、共生と融和の新しい時代の流れを切り開く、一つの捨て石となることを祈ります》(2003年、マグサイサイ賞受賞に寄せて)という中村先生の言葉は今後の私たちの羅針盤です。
 中村哲医師とPMSによる事業は多くの人々の共感を呼び、ペシャワール会の会員・支援者は2万3千人となりました。アフガニスタン現地と支援者をつなぐのがペシャワール会報です。151号、更なる歩みが始まりました。

 “捨て石”という言葉が、重く響く。

 マグサイサイ賞について、Wikipediaから引用。
Wikipedia「マグサイサイ賞」
マグサイサイ賞(マグサイサイしょう、正式名称:ラモン・マグサイサイ賞、英: Ramon Magsaysay Award) は、フィリピン大統領ラモン・マグサイサイを記念して創設された賞。毎年マニラ市のラモン・マグサイサイ賞財団により、アジア地域で社会貢献などに傑出した功績を果たした個人や団体に対して贈られる。比喩的に「アジアのノーベル賞」とも呼ばれる権威ある賞である。

 ラモン・マグサイサイは、1957年に飛行機事故で亡くなった、当時のフィリピンの現職大統領。

 
 この会報記念号では、他にも、資金的に苦しい中、故郷に緑を取り戻すための堰の完成にこぎつけた現地からの報告や、ペシャワール会創設に尽力された方の思い出、現地駐在経験者の座談会、中村哲医師の文章など、実に豊富な内容となっている。

 また、その会報をご紹介しているさなかに、テレビで、村上会長や藤田千代子さん、そして、ペシャワール会のスタッフ、現地PMSのメンバーの実際の活動内容を確認することができた。

 さあ、今日は飲食店のアルバイトが昼のシフトなので、そろそろ出かけなきゃ。

 会社とアルバイトのWワーカーは、時には、体力的にはきつい時もある。

 特に昨日、今日のような夜シフトの次の昼シフトは、結構・・・・・・。

 しかし、アルバイトの給料から、少しでもペシャワール会を支援できると思うと、元気が出るのだ。
 

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by kogotokoubei | 2022-04-30 09:47 | ペシャワール会 | Trackback | Comments(0)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛
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