ペシャワール会会報No.151記念号より(2)。
2022年 04月 28日
再び、ペシャワール会会報151記念号から引用したい。

ペシャワール会は1983年9月、中村哲医師のパキスタンでの医療活動を支援する目的で結成された国際NGO(NPO)団体である。
また、PMSは、Peace (Japan) Medical Servicesの略で、平和医療団のことで、中村哲医師が率いてきた現地事業体である。
今回ご紹介するのは、PMS総院長も務めるペシャワール会村上優(まさる)会長の文。
タイトルは、「逃れようのない人々を支えよう」である。
前の記事で、今年1月にナンガラハル州で緊急食糧配給が行われた写真をご紹介した。
あの配給をするにあたってのご苦労などを中心にご紹介したい。
逃れようのない人々を支えよう
ー会報151号、更なる第一歩が始まります
ペシャワール会会長/PMS総院長 村上 優
アフガニスタンは現在、干ばつと経済制裁という二重の苦難に喘いでいます。中村哲医師が歩んだように、PMSとペシャワール会は医療・農業・灌漑用水路事業のすべてを継続し、襲い来る飢餓には食糧配給を行うなど、どこにも逃れようのない人々の命をつなぐために全力を注ぎます。
記念号となる151号をお届けするに際し、これまでの温かいご支援に厚く感謝申し上げると同時に、これからも現地活動を支えて下さいますよう、切にお願いいたします。
PMSによる食糧支援
PMS/ペシャワール会はアフガニスタンのナンガハル州で、緊急の食糧支援を行っています。
2022年1月23日よりアチン、ドゥールババ、ダラエヌール、デビバラ、シンワリ、ナージヤンの6郡で、1800家族(約1万8千人)に一ヵ月分の食糧(小麦、米、豆類、食用油)を手渡しました。栄養失調児や妊産婦のいる家族を対象としました。干ばつの状況は大変厳しいので、本来は飢餓の状態にある人々に広く配給すべきですが、アフガニスタンは経済封鎖の下にあり、日本からの送金が自由にできないために、配給の範囲を制限せざるを得ませんでした。
PMSによる緊急の食糧配給は、混乱がないようにナンガハラ州保険局の担当者と何度も打ち合わせを行ない、郡の保険局があらかじめ対象となる家族を把握し、PMSの医師が診察をして配給カードを手渡すという手順を踏みました。翌日、食糧を積んだトラックが配給所に到着すると、集落の長老らが見守る中、州や郡の職員が人々を秩序良く誘導して、配給は円滑に進みました。
今後はナンガラハラ州22郡のうち、同様に飢餓状態にある8郡への食糧配給を計画しています。配給実務を担当したPMSスタッフは医師や事務員、農業担当者など12名で、地域の長老や保険局の行政担当者と協働しました。飢餓が広がっている現状では、配給の対象を選ぶことは非常に困難でつらい作業であるとPMSの医師は語っていますが、それでも最も命を脅かされている人々への食糧配給ができたことは喜びであり、それを可能にしてくれた日本の支援者への感謝を述べていました。
現在アフガニスタンへの食糧支援は国連機関(世界食糧計画WFP、国連児童基金UNICEF、食糧農業機関FAO、国連開発計画UNDP)や国際赤十字も実施し、パキスタンやインドなど隣国も支援していると伝えられています。国連人道問題調整事務所(UNOCHA)のレポートでも食糧配布は報告されていますが、メディアによる具体的な報道は少なく、その実情が伝わっていない印象があります。現地PMSもアフガン全土に関する情報はなかなか得られるものではありません。一方で、飢餓、餓死、凍死など危機的な状況は日を追うごとのい悪化しています。
食糧配給に至るまでの経緯
2021年12月1日、現地PMSとのオンライン会議で食糧支援を実施すべきと判断しましたが、実現するまでにやや時間を要しました。実際の食糧支援に必要な資金をどのようにPMSに届けるか、模索・検討する時間が必要だったのです。なぜなら、経済制裁のために、従来のような銀行送金ができないからです。また、アフガニスタンの銀行にあるPMSの活動費については月ごとの引き出し金額に上限があり、その額はPMSの事業費の二割にも満たないため、医療や用水路事業、人件費などの基本的な経費すら賄えないのが現状だからです。
資金の目途がついたのは昨年12月下旬でした。1月に入り、予算に限りのあるなかで、必要なところに届けるための協議を州政府と重ね、具体的な方針が決定したのは1月13日でした。その後、各郡の保険局が配布リストを用意し、地域の長老たちの協力も得ることができ、円滑な配給が実施可能となりました。
2001年、空爆下のカブールに中村哲先生が指揮して食糧配給をしました。その経緯(いきさつ)は『医者、用水路を拓く』(石風社)に記されています。食糧配給を決定して一ヵ月で実施、1800トンの小麦、食用油、24万人(会報71号)が冬を越せる食糧を配布しました。その経費2億円は日本の人々の緊急募金でした。現地の人々、PMSスタッフ、それを支えた日本人は中村先生の行動の持つ意味を鮮明に記憶しています。
今、中村先生に「逃れようのない人々を支えよ」との声が聞こえてきます。十分な活動資金を現地に届けることは至難の業ですが、力を尽くして食糧支援、医療、農業、灌漑事業を継続してまいります。
会報に掲載されている食糧配給の写真。

キャプションには、「アチン郡の配給所。塀の外には多くの人々が押し寄せたが、州政府および郡保険局の職員、地域の長老の協力により、6郡全てで配給は整然と行われた。(2022年1月24日)」と書かれている。
州政府も郡保険局も、もちろん、タリバン政権下の公的組織。
アフガニスタンでは、地域の長老の権威は高く、長幼の序が、しっかり根付いている。
タリバン政権は、決してテロ組織ではない。
前の記事で、PMSダラエヌールのハフィズラー医師による「アフガン新政権の正と負」という文章を紹介した。
「正」の側面として、治安が改善され、殺害や爆撃、誘拐、汚職が“ほとんどゼロ”になったことを挙げていた。
「負」の側面として挙げられたのは、経済制裁により政府に経済力がないことに起因する問題だった。
つまり、現在のアフガニスタンは、平和を取り戻しつつあるにも関わらず、経済制裁によって、苦境に陥っているのだ。
村上優会長は、こう書いている。
経済制裁という傲慢
米国のバイデン大統領は2月11日に、米国の銀行システムで凍結されているアフガニスタン中央銀行の資産約70億ドルを「アフガニスタンの人道的救済と2001年9月11日の同時多発テロの犠牲者への補償に充てる」ための大統領令を出すとと表明しました。
アフガニスタンは、昨年8月15日に復活したタリバン政権が「包括的な政府の樹立、女性の人権の保証」をしていないという理由で、経済制裁が科されています。日本を含む西側の国際社会は、タリバン政権を拒否、「最も必要なことは人権侵害を受けたアフガン人の救済、国外退避を支援すること」だと、高名な政治家や政治学者が熱心に語っていました。違和感を覚えた方もおられたことでしょう。
旧タリバン政権が経済制裁と空爆を受けて崩壊した2001年前後の中村先生の報告を読むと、今回と寸分たがわぬ国際社会の動き・報道があったことがわかります。中村先生は「非難の隊列には加わらない」として、あくまでも苦境にあるアフガニスタンの貧しい人々と共にありました。
アフガニスタンでは2000年より地球温暖化による干ばつが繰り返し起こり、農業が疲弊しています。2021年は最大級の干ばつがアフガン全土を襲いました。地球温暖化を引き起こす原因であるCO2の排出割合は中国と米国で世界全体の343.1%、米国の一人当たり排出量はアフガニスタンの75倍にあたります。最も貧しい国が温暖化の被害をこうむっているのです。そういう状況下での経済制裁です。
国際赤十字委員会は、国外からの対アフガン支援停止と経済制裁が何百万人ものアフガン人の生命を脅かしていると述べています。凍結されていた資産のうち35億ドルがアフガニスタンの人道支援に用いられるとしても、その手続きには数カ月を要するという報道もあります。バイデン大統領の語る「人道救済」という言葉は美しく響きます。しかし、実際に困窮している人々に届く支援は限りなく乏しく、未だに各国のNGOは銀行から送金することができません。
ペシャワール会を含むさまざまな機関が、干ばつで危機に瀕するアフガンの人々を救おうとしているのに、その資金を通常ルートで送ることができない。
その結果、救えたはずの生命を失う人々がいる。
なぜ、アフガニスタン中央銀行の凍結されている資産の半分が、9.11同時多発テロの犠牲者の補償に充てられるのだろうか。
それは、何度も書いていることだが、9.11後のアメリカのアフガン侵攻の標的は、当初の標的であったオサマ・ビンラディンやアルカイダから、次第にタリバンに置き換わっていった。
そして、テロとの戦いと言いながら、結婚式場やアフガニスタンの人々にとって大事な集会場であり学校であるマドラッサなどが爆撃されていた。
アメリカがアフガン侵攻を正当化するためには、当時のアフガニスタンが、9.11同時多発テロの加害者であるという大きな嘘をつかなくてはならないのである。
中村哲医師の本を紹介する記事の中で、9.1テロの実行犯のリストを、Wikipediaから紹介したことがある。
2022年1月13日のブログ
あらためて、Wikipedia「アメリカ同時多発テロ事件」から、実行犯一覧を確認する。
Wikipedia「アメリカ同時多発テロ事件」

国籍から一目瞭然なのである。
アラブ系国家出身で、ヨーロッパやアメリカで教育、訓練を受けた“エリート”たちばかり。
そして、昨年9月、NHKスペシャル「9.11 閉ざされた真相 〜遺族と国家の20年〜」を見たが、首謀者として、サウジアラビア政府に近い人物の名があがっている。
NHKサイトの該当ページ
9.11テロに、当時のアフガニスタン政府も国民も、いっさい関わっていなかったと言える。
中村医師が指摘していたように、モスクを中心にしたマドラッサで長老たちの教えを受け、寺子屋に似た教育を受けてきた子どもたちから、テロリストが育つはずはないのだ。
その子どもや女性たちが、重い水瓶を担いで、何キロも離れた川に水を汲みに行く労苦を、中村医師やPMSスタッフは、水路建設で大幅に改善し、彼らに故郷を取り戻す支援をしてきた。
中村医師は「パンと水」があれが、アフガン問題の多くは解決する、とおっしゃっていた。
それを阻もうとしているのが、アメリカが主導する経済制裁なのである。
村上会長は、この後、そういった大国のエゴによるアフガンの苦しみは、今に始まったことではないことを書いた、十数年前の中村医師の文章を引用している。
その内容などについては、次回。
