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永井路子著『源頼朝の世界』より(10)

 今のところ、ワクチン三回目接種の影響はない。
 明日かな、副反応は。

 ウクライナが心配だ。


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永井路子著『源頼朝の世界』(朝日文庫)

 1982年に中央公論社から刊行され、昨年末朝日文庫から再刊された永井路子の『源頼朝の世界』から十回目。

 目次を確認。

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頼朝とその周辺の人びと
 源 頼朝
 北条政子
 比企尼と阿波局
 頼家と実朝
 北条義時
逞しき東国武者
 三浦一族
 伊豆の軍団
 武蔵七党 
西国の権謀家たち
 後白河法皇
 源 通親
 後鳥羽院と藤原定家

あとがき
源氏三代の乳母関係図
東国武士の分布図
参考史料・参考文献
解説(中公文庫版) 尾崎秀樹
解説(朝日文庫版) 細谷正充
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 今回は、「比企尼と阿波局」より、阿波局について。

 彼女は、政子の妹だ。

 あらためて、政子の兄弟と妹たちの構成を引用。

 宗 時  旗揚げの折に討死(兄か)
 阿波局  僧全成(ぜんじょう、頼朝異母弟)妻 1227没
 義 時  1163~1224
 時 房(時連-ときつら-) 1175~1240
 某 女  足利義兼妻
 某 女  稲毛重成妻
 某 女  畠山重忠妻

 政子の妹のようだが、義時の姉か妹かは、はっきりしていない。
 大河では、義時の妹と設定している。

 大河では、宮澤エマが演じている。

 この女性、先日の放送で、妖術を使って嵐を起こすと言って失敗した阿野全成の妻となる人。

 政略的に東国武士に嫁いだ、他の政子の妹は、今のところ、大河には登場していない。
 それは、某女、と書かれるくらい、その生涯がよく分かっていないからだ。

 では、阿波局のことは、どれほどのことが、分かっているのか。

 本書から引用。

 比企尼に比べると、阿波局(あわのつぼね)の足どりは、いくらかはっきりしているが、彼女の足跡もこれまで、歴史の中では忘れられてしまっていた。
 まず、血筋からいうと、北条時政の娘で、政子の妹、すなわち、北条義時にとっても同母の姉妹にあたる。しかも夫というのが、鎌倉に本拠を定めた頼朝を頼ってきた、異母弟の全成(ぜんじょう)ーときけば馴染みが少ないかもしれないが、常盤御前の生んだ男の子の中の長男、かつての今若丸である。すなわち源義経の同母兄なのだが、彼の事も今はほとんど忘れられているようだ。じつをいうと彼は頼朝の旗揚げを聞くと、いち早く預けられていた京の醍醐寺をぬけ出し、義経より先に異母兄頼朝の許に駆けつけた。そこで北条時政の娘と結婚して、頼朝側近として、骨肉の争いにも巻きこまれず、たくみに生きてきた人物である。

 たくみに生きていた全成ではあっても、その最期は、それほど幸せだったとは言えないかもしれない。
 それについては、後日、ご紹介するつもり。

 全成が歴史に名を残すことになるのは、多分に、阿波局が、ある人物の乳母になったからだ。

 彼ら夫婦は何の力もない存在だったわけではない。頼朝の第二子実朝が生まれたとき、乳母となるのは、彼の妻なのである(ちなみに阿波局というのは乳母としての名前であって、本名はわからない)。頼家には有力御家人の妻が争って乳母になり、その間の軋轢もかなりあったと思われるのだが、実朝は次男だったせいか、希望者も少なかったらしく、乳母は彼女だけだったらしい。
 そして当然、夫の全成は乳母夫として実朝の養育にかかりきりになる。二人の間に生まれた子どもも、そして、阿波局の実家である北条氏も、当然実朝に肩入れする・・・・・・。そうした情勢を頭においてみると、当時の政情の謎が意外な角度から解けてくるのである。

 
 少し補足しておく必要がありそうだ。

 梶原景時の名が登場するからだ。

 大河で中村獅童が演じている。
 すでに、先日の回でも、大庭側から頼朝側に寝返りそうな気配は、プンプンしている。
 そう、彼は、頼朝側に入る。
 Wikipwdia「梶原景時」から、引用。大河の少し先廻りになる。
Wikipedia「梶原景時」
頼朝は安房国へ逃れて再挙し、千葉常胤、上総広常ら東国武士が続々とこれに参じて大軍に膨れ上がり、10月に鎌倉に入った。頼朝は平維盛率いる平氏軍を撃破し、大庭景親は捕えられ斬られた。12月に景時は土肥実平を通じて頼朝に降伏。翌養和元年(1181年)正月に頼朝と対面し御家人に列した。弁舌が立ち、教養のある景時は頼朝に信任され鶴岡若宮の造営、囚人の監視、御台所・北条政子の出産の奉行など諸事に用いられた。時期は不明だが景時は侍所所司(次官)に任じられている。

 そんな景時と阿波局の関係について、本書から。

 1199年(正治元)十月、侍所の所司(准長官)だった梶原景時は、御家人の小山朝光(ともみつ)の些細な言動に文句をつけ、彼に謀反の志があるとして告発しようとした。ところが、阿波局はいち早くこれを聞きつけ、朝光に通報してやった。朝光は驚いて御家人の仲間に救いを求めに走り廻り、その結果、御家人たち六十余名が景時弾劾書に署名し、ときの将軍顧問の解任を迫った。

 その後の成り行きなどは、次回。

 今後の大河で、阿波局(実衣)と梶原景時が同じ席に登場する時は、その後、この二人に起こることを想像しながら見るのも、ひとつの楽しみ方かもしれない。

 
 前回の、比企尼のことを紹介した際、その章の題は「無名派は無力ならず」だった。

 大河では阿波局の名を実衣としているが、紹介したように、実は名前も義時の姉なのか妹なのかも、判然とはしていない。

 しかし、比企尼も、阿波局も、本名は分からないものの、歴史において果たした役割は、小さくない。

 そして、権力の座についていた男が、彼女たちによって、その命運を断たれていたりするのだ。

 女性を怒らせたら、いつの世も、怖いのである。

 しかし、もっと怖いのは、独裁者の男なのだろう。

 戦争は、どんな理由があっても、許されない。

 源平の昔とは今は違って、人類は多様性を認め合う賢さを身に付けたと思っていた。
 実は、根本は何も変わっていないのだろうか。
 なんとも言えない、虚しさを感じる。
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by kogotokoubei | 2022-02-24 19:47 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Trackback | Comments(0)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛
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