永井路子著『源頼朝の世界』より(10)
2022年 02月 24日
明日かな、副反応は。
ウクライナが心配だ。

永井路子著『源頼朝の世界』(朝日文庫)
1982年に中央公論社から刊行され、昨年末朝日文庫から再刊された永井路子の『源頼朝の世界』から十回目。
目次を確認。
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頼朝とその周辺の人びと
源 頼朝
北条政子
比企尼と阿波局
頼家と実朝
北条義時
逞しき東国武者
三浦一族
伊豆の軍団
武蔵七党
西国の権謀家たち
後白河法皇
源 通親
後鳥羽院と藤原定家
あとがき
源氏三代の乳母関係図
東国武士の分布図
参考史料・参考文献
解説(中公文庫版) 尾崎秀樹
解説(朝日文庫版) 細谷正充
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今回は、「比企尼と阿波局」より、阿波局について。
彼女は、政子の妹だ。
あらためて、政子の兄弟と妹たちの構成を引用。
宗 時 旗揚げの折に討死(兄か)
阿波局 僧全成(ぜんじょう、頼朝異母弟)妻 1227没
義 時 1163~1224
時 房(時連-ときつら-) 1175~1240
某 女 足利義兼妻
某 女 稲毛重成妻
某 女 畠山重忠妻
政子の妹のようだが、義時の姉か妹かは、はっきりしていない。
大河では、義時の妹と設定している。
大河では、宮澤エマが演じている。
この女性、先日の放送で、妖術を使って嵐を起こすと言って失敗した阿野全成の妻となる人。
政略的に東国武士に嫁いだ、他の政子の妹は、今のところ、大河には登場していない。
それは、某女、と書かれるくらい、その生涯がよく分かっていないからだ。
では、阿波局のことは、どれほどのことが、分かっているのか。
本書から引用。
比企尼に比べると、阿波局(あわのつぼね)の足どりは、いくらかはっきりしているが、彼女の足跡もこれまで、歴史の中では忘れられてしまっていた。
まず、血筋からいうと、北条時政の娘で、政子の妹、すなわち、北条義時にとっても同母の姉妹にあたる。しかも夫というのが、鎌倉に本拠を定めた頼朝を頼ってきた、異母弟の全成(ぜんじょう)ーときけば馴染みが少ないかもしれないが、常盤御前の生んだ男の子の中の長男、かつての今若丸である。すなわち源義経の同母兄なのだが、彼の事も今はほとんど忘れられているようだ。じつをいうと彼は頼朝の旗揚げを聞くと、いち早く預けられていた京の醍醐寺をぬけ出し、義経より先に異母兄頼朝の許に駆けつけた。そこで北条時政の娘と結婚して、頼朝側近として、骨肉の争いにも巻きこまれず、たくみに生きてきた人物である。
たくみに生きていた全成ではあっても、その最期は、それほど幸せだったとは言えないかもしれない。
それについては、後日、ご紹介するつもり。
全成が歴史に名を残すことになるのは、多分に、阿波局が、ある人物の乳母になったからだ。
彼ら夫婦は何の力もない存在だったわけではない。頼朝の第二子実朝が生まれたとき、乳母となるのは、彼の妻なのである(ちなみに阿波局というのは乳母としての名前であって、本名はわからない)。頼家には有力御家人の妻が争って乳母になり、その間の軋轢もかなりあったと思われるのだが、実朝は次男だったせいか、希望者も少なかったらしく、乳母は彼女だけだったらしい。
そして当然、夫の全成は乳母夫として実朝の養育にかかりきりになる。二人の間に生まれた子どもも、そして、阿波局の実家である北条氏も、当然実朝に肩入れする・・・・・・。そうした情勢を頭においてみると、当時の政情の謎が意外な角度から解けてくるのである。
少し補足しておく必要がありそうだ。
梶原景時の名が登場するからだ。
大河で中村獅童が演じている。
すでに、先日の回でも、大庭側から頼朝側に寝返りそうな気配は、プンプンしている。
そう、彼は、頼朝側に入る。
Wikipwdia「梶原景時」から、引用。大河の少し先廻りになる。
Wikipedia「梶原景時」
頼朝は安房国へ逃れて再挙し、千葉常胤、上総広常ら東国武士が続々とこれに参じて大軍に膨れ上がり、10月に鎌倉に入った。頼朝は平維盛率いる平氏軍を撃破し、大庭景親は捕えられ斬られた。12月に景時は土肥実平を通じて頼朝に降伏。翌養和元年(1181年)正月に頼朝と対面し御家人に列した。弁舌が立ち、教養のある景時は頼朝に信任され鶴岡若宮の造営、囚人の監視、御台所・北条政子の出産の奉行など諸事に用いられた。時期は不明だが景時は侍所所司(次官)に任じられている。
そんな景時と阿波局の関係について、本書から。
1199年(正治元)十月、侍所の所司(准長官)だった梶原景時は、御家人の小山朝光(ともみつ)の些細な言動に文句をつけ、彼に謀反の志があるとして告発しようとした。ところが、阿波局はいち早くこれを聞きつけ、朝光に通報してやった。朝光は驚いて御家人の仲間に救いを求めに走り廻り、その結果、御家人たち六十余名が景時弾劾書に署名し、ときの将軍顧問の解任を迫った。
その後の成り行きなどは、次回。
今後の大河で、阿波局(実衣)と梶原景時が同じ席に登場する時は、その後、この二人に起こることを想像しながら見るのも、ひとつの楽しみ方かもしれない。
前回の、比企尼のことを紹介した際、その章の題は「無名派は無力ならず」だった。
大河では阿波局の名を実衣としているが、紹介したように、実は名前も義時の姉なのか妹なのかも、判然とはしていない。
しかし、比企尼も、阿波局も、本名は分からないものの、歴史において果たした役割は、小さくない。
そして、権力の座についていた男が、彼女たちによって、その命運を断たれていたりするのだ。
女性を怒らせたら、いつの世も、怖いのである。
しかし、もっと怖いのは、独裁者の男なのだろう。
戦争は、どんな理由があっても、許されない。
源平の昔とは今は違って、人類は多様性を認め合う賢さを身に付けたと思っていた。
実は、根本は何も変わっていないのだろうか。
なんとも言えない、虚しさを感じる。
