中村哲『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る』(聞き手 澤地久枝)より(17)
2022年 01月 25日

『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る』
『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る』の副題は「アフガンとの約束」となっている。
澤地さんが中村さんの活動を支援したいと思い、中村さんに会って本を出そうと考え、ようやく2008年と2009年に実現した対談を元にした本。
2010年に岩波から単行本が刊行され、昨年9月に岩波現代文庫で再刊された。
十七回目。
目次をご紹介。
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はじめに
Ⅰ 高山と虫に魅せられて
Ⅱ アフガニスタン、命の水路
Ⅲ パシュトゥンの村々
Ⅳ やすらぎと喜び
あとがき 澤地久枝
あとがきに添えて 中村哲
岩波現代文庫版あとがき 澤地久枝
[現地スタッフからの便り1] ジア ウルラフマン
[現地スタッフからの便り2] ハッジ デラワルハーン
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引き続き、第四章「やすらぎと喜び」から。
2009年の対談の内容だ。
アフガンの再生
澤地 1983年のペシャワール会発足当時、先生は現地調査のため山岳地帯を一人で一生懸命動き回って、過労から急性肝炎になられた。わずかのあいだに十キロ体重が落ちたということですね。
中村 ええ。あのときは、ほんとうにものが食べられなくて、びっくりするぐらい痩せましたね。
澤地 黄疸も出ました?
中村 ええ。
澤地 日本の大使館へは、誰が通報したんでしょう。
中村 誰でしょうかねぇ。現地食を受け付けなくて、中華料理屋に行ったのを覚えてるんですよ。そこで、パキスタンに日本大使館の人が来て私を見たのかもしれない。
澤地 病気であると? 急性肝炎になったら、中華料理なんか食べられないでしょう。
中村 うん。それでも、薬と思って無理に食べた。
澤地 でも、大使館から迎えが来たのにはびっくりされたでしょうね。医師なのに病気の自覚がおありにならない(笑)。
中村 あの頃は、全体がのんびりしてました。ツーリストも少ないし、来るといえば山岳会の人か、発掘調査隊かのどちらかだったので、日本大使館も、定年まぎわの、のんびりした人の集まりのようで、家族的な人のいい人がわりと多かったですね。それで、ずいぶん厄介になりました。
この後、澤地さんは、ペシャワール会の財政状況について中村医師に質問する。
中村医師は、現在建設中の水路ができるまではお金が必要だが、その後はについて、こう語っている。
中村 あとは、募金の多寡にかかわらず、多ければそれだけの仕事をし、少なければ、それなりの仕事をすればいい。それでいいと思いますね。
ただ、組織を中心に動くということだけは、私は嫌いなので、ペシャワール会を守るために継続するとか、しないとかは考えません。
澤地 ずっとこのまま、一人勤務になりそうですか。
中村 むこう一年ぐらいは、仕方がないと思うんですね。日本人の反応を見て。若い人がまた死んだらクソミソに言われるのは、わかりきっているので、そんなことに神経を使うより、私は一人で静かにやりたいです。
組織を中心に動くのではなく、あくまで自分の意思で動く、一人でもできることをする、という中村医師の覚悟、哲学を、ぜひ今の政治家たちに聞かせたいものだ。
中村医師は、自分達がやっていることに大きな希望があることと、将来のアフガンの姿について、そこに暮らした者にしかできない、正確な見通しを持っているからこそ、その覚悟ができたのだと思う。
澤地 水を確保できれば、アフガンは再生できますね。
中村 そうです。
澤地 確実にね。
中村 絶対にしますね。そりゃ、欲深い人も中にはいますけれども、一般の、九十九パーセントの素朴なアフガンの庶民は、家族が仲良く、自分の故郷で暮らせること、一緒におれること、三度のご飯に事欠かないこと、これ以上の望みをもつ人は、ごく稀ですよ。
その基本的な要求が満たされないがために、米軍の傭兵になったり、軍閥の傭兵になったりして、骨肉争うというような状態。これに、皆、嫌気がさしてきている。あの傀儡政権のカルザイ大統領が、米国に抵抗しているというのは、そういうことですね。
澤地 各地方に、かなりの武力をもった軍閥というか、グループがるわけでしょう。その問題は、どういうふうに考えたらいいんですか。
中村 それは、軍閥の定義がまた問題。地域の豪族に近いものから、明らかにロシアや米国の援助を受けて成り立っている軍閥など、いろいろあるんですね。彼らは、タリバン政権時代には小さくなっていたのが出てきた。やはり最終的には、旧タリバンとはいわないまでも、タリバン的な政権が出現して、統合されていくというのが、自然な姿だと思います。
タリバン自身も、いまは一軍閥になっているような状態です(笑)。ただ、彼らの特質というのは、アフガン的なものに根ざしているので、これは切っても、切っても、トカゲのしっぽ、アフガン人を、全員抹殺しないかぎり、タリバン勢力の根は切れないでしょうし、また、切る必要があるかということですね。
タリバン=イスラム過激派、という誤った図式でしか問題を考えようとしないアメリカや国際組織は、2009年時点で、中村医師が、今のアフガニスタンの姿を正確に見通していたことを知るべきである。
タリバン=敬虔なイスラム教徒、であり、タリバン=モスクのあるマドラッサで学ぶ学童、という地元の根本的な認識をすることから、アフガニスタン支援を考え直すべきだと思う。
タリバンの資産凍結という経済制裁により、どれだけ多くのアフガニスタン市民が苦しんでいるのか。
アメリカもロシアも、今は、ウクライナしか見えていないのかもしれない。
しかし、ロシアもアメリカも、大国のエゴから侵攻し、そこに住む人々の故郷を滅茶苦茶にしたアフガニスタンのことを忘れてはならない。
さて、立憲の菅元総理大臣のツイッターに維新が噛みついた。
大阪の感染対策が後手になったことを誤魔化すには、もってこいのネタだったのだろう。
吉村知事は、病床使用率35%でまん延防止の要請、という根拠なき指標を基準にしていたことに加え、京都、兵庫と大阪のどこかが要請するなら従う、という他人任せの、まったく危機感のない姿勢で後手を踏んだ。
その結果、大阪の病床使用率は50%超えの危険領域に入った。
菅も大人げないとは思うが、吉村知事や松井市長は、人の“つぶやき”などに大騒ぎするほど、暇なのだろうか。
大阪の医療の現場や保健所の窮状をなんとかしなければいけない状況で、自治体の長のすることとは思えない。
組織を中心に動く政治家と、中村哲さんの自分の意思でできることを精一杯する姿とは、あまりにもかけ離れている。
次回は、澤地さんの文庫版あとがきから紹介する予定。
