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中村哲『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る』(聞き手 澤地久枝)より(15)


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『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る』

 『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る』の副題は「アフガンとの約束」となっている。

 澤地さんが中村さんの活動を支援したいと思い、中村さんに会って本を出そうと考え、ようやく2008年と2009年に実現した対談を元にした本。
 2010年に岩波から単行本が刊行され、昨年9月に岩波現代文庫で再刊された。
 十五回目。

 目次をご紹介。
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はじめに
Ⅰ 高山と虫に魅せられて
Ⅱ アフガニスタン、命の水路
Ⅲ パシュトゥンの村々
Ⅳ やすらぎと喜び
あとがき 澤地久枝
あとがきに添えて 中村哲
岩波現代文庫版あとがき 澤地久枝
[現地スタッフからの便り1] ジア ウルラフマン
[現地スタッフからの便り2] ハッジ デラワルハーン
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 引き続き、第四章「やすらぎと喜び」から。

 前回は、章冒頭にある澤地さんの文章のみをご紹介した。

 今一度、その最後の部分を引用する。

 クリスチャンにして、現地での二十五年間にボランティア活動、妻子とは別居ーと書くと、かた苦しく生真面目な人、笑うこともない人を思い浮かべるかも知れない。
 喜びがない仕事は、長くつづかない。人を信じられなくては、異国の地にとどまることなどできはしない。中村医師は「わが歳月」を思い、人は愛するに足るものであり、真心は信じるに足ると考える境地を生きている。そして、もちろん、「趣味とよろこび」のある生活ー。

 とううことで、中村医師の趣味、現地での楽しみについて、対談からご紹介。

  日々の楽しみ

中村 私は、音楽はもっぱら聴くほうですが、いい音じゃないと嫌なんですね。
澤地 ああ、ほんとうのマニアなんですね。そういう設備がありますか。
中村 日本から持っていきました。
澤地 自家発電の電気で?
中村 自家発電の時間に聴くんですが、この頃は、電池で動く小さいのがあるじゃないですか。あれもかなりいい音です。ペシャワールにはそれを運び込んだのです。皆、医療器械と間違えて、「大変ですね、こんな重いものを・・・・・・」と同情されましたが、実は音響機器で、さすがに胸が痛みました(笑)。
澤地 じゃあ、大牟田のおうちには、すごいオーディオ設備がおありになる?
中村 すごいというほどではないですが、まあ、そこそこの。
澤地 どんなものをお聴きになるんですか。
中村 曲はだいたい決まっていて、モーツァルトがいちばん好きなんです。皆、「柄にあわない」って言うんですけどね(笑い)。
澤地 そんなことはないですよ。
中村 モーツァルトが圧倒的に多くて、あと何でも聴きますが、バッハとかのバロックですね。

 野外診療をふくむ忘れられた村々への医療行為の展開は、容易ならぬものであった。音楽にいこいを見出す中村医師の当時の一つのエピソードー。
 1996年6月、3200メートルの山岳地帯での移動中、乗っていた馬があばれだした。中村医師はアブミに足がからまったまま落馬して鞍から宙吊りになった。天地が逆さになったとき、雪山を背景にする空の青さが目にしみる。馬が岩石だらけの川床を走り回れば脳挫傷で意識を失う。「天地終始なく、人生死あり」と思う。実のところ、楽になりたかった。過ぎてきた異国の日々を瞬時のように懐かしく思った。そして、死が優しく思えた。しかし、スタッフが走り出す前の馬をおさえる。「私はまだ生きなければならなかった。これも天命である」。転落したとき、吸っていた煙草とカセットテープを抱えて離さなかった。元アフガン政府軍兵士の職員が、笑いをこらえて歌った。
「わが勇敢なる司令官殿は/死ぬ目に遭っても煙草は手から離さない/片手に煙草、片手に音楽/死すとも変わらぬこの勇姿」
 大笑いの渦になって、笑い過ぎて腹痛を起して路傍にうずくまる者が続出した。この時聴いていたのは、モーツァルトの「トルコ行進曲」(ピアノ演奏)という(『医は国境を越えて』)。

 死を覚悟した瞬間にも、右手の煙草、左手の音楽を手放さなかったとは。

 この文章から、喫煙者の私は、あらためて中村医師への親近感を増すのである^^

 また、即興で歌う元アフガン兵士の職員に、アフガンの人たちがユーモアに満ちていることと、その頭の良さを感じる。

 引用を続ける。

  生きものたち

澤地 ほかに先生の趣味というのは?
中村 趣味は、虫の観察です。
澤地 運命的な「山行き」のきっかけは、蝶へのあこがれですものね。虫の観察はアフガンで可能ですか。
中村 本格的には不可能ですけれども、仕事上、野山を歩き回ることがありますので、そのときに、普通の人だったら見過ごすような小さな虫にも目がいきまして。
澤地 「こういう木の下には、あれがいるんじゃないか」と?
中村 そうですね。それもひとつの楽しみなんですね。お金もかかりません。楽しいですよ。特に、ファーブルの『昆虫記』に出てくるスカラベという虫。私は、『昆虫記』のファーブルという人が好きで、それに出てくるフンコロガシ、スカラベという虫に憧れていたのですが、日本にはいないのです。似た虫に、センチコガネというのいますけれども、糞の玉はつくらないですね。
澤地 あれは、中に卵があるんですね。
中村 あれを夕陽に向かって転がして・・・・・・。
澤地 夕陽に向かって転がしていくんですか。
中村 というふうに書かれてあるんですよ。ホントかなとは思っていましたが、この仕事をしているおかげで、フンコロガシにも何度か出会いました。
 たとえば、ウシのウンチが落ちていますよね。「この辺にフンコロガシがいるかもしれない」という目で見るでしょう? そうするといるのです(笑)。

 このあとも、中村医師のアフガンでの動物たちとの出会いの話が続く。

 蝶、サソリ、トカゲ、鵜、ヤマアラシなどなど。
 中村医師、実に楽しそうに話しているのが伝わる。
 
 これが、集英社文庫の『昆虫記』のスカラベの表紙。

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 夕陽に向かってスカラベが糞を転がしている姿は、日本では見ることができないんだね。

 西日本新聞では、中村医師に関する特別記事が数多く掲載されている。

 その中で「新ガリバー旅行記」と題した中村医師の寄稿の29回目に「虫たちの挽歌」という題がついていた。
 一部を引用する。
西日本新聞の該当記事

 池田内閣の所得倍増計画を半信半疑で聞いた。その後の経過は確かにそのとおりになった。所得はその倍にも十倍にもなった。日本中にアスファルトの道路網がはりめぐらされ、マイカーが走り、山林がずたずたに切り裂かれた。牛や馬が消え、糞(ふん)にたかるコガネムシ類がいなくなった。ファーブルの昆虫記に出てくるスカラベに形が似ている、ダイコクコガネに特別愛着があったが、この姿もなくなった。その一方で、「環境保全」と称して砂防ダムが次々と作られた。ダムを作ると土砂が海岸に堆積(たいせき)せず、自然の海岸線は後退する。そこで、ダムから土砂をとり、護岸工事や埋め立て工事をする。こんな茶番が、国を挙げて行われた。そして、大方の国民はこれを支持した。これが経済成長である。

 虫が好きな中村哲医師ならではの、警句だと思う。
 中村医師にとっては、給料が上がることより、ダイコクコガネの居場所がなくなることの方が重要だったのだろう。

 Wikipedia「スカラベ」から引用。
Wikipedia「スカラベ」

スカラベ(scarab)は、甲虫類のコガネムシ科にタマオシコガネ属の属名及びその語源となった古代エジプト語。単独の種名ではないため、いくつもの種が存在する。古代エジプト人が聖なる甲虫としていたのはヒジリタマオシコガネ(英語版)(Scarabaeus sacer)の事である。

 ほう、“聖なる甲虫”なんだ。

 高度成長期のみならず、二度の東京五輪開催でも、多くの自然が犠牲になったことは忘れてはならないと思う。


 次回も、同じ第4章「やすらぎと喜び」からご紹介したい。


Commented by Ponchi at 2022-01-21 21:53
 久々に投稿いたします。
 中村先生はモーツァルトがお好きだったのですか。アインシュタインもモーツァルトが好きなことで有名でした。モーツァルトの音楽を聴かせると、牛は乳の出が増す、植物は生育が良くなる、日本酒の熟成が早まるとも言われており、人の音楽療法としても最適な音楽とされています。高周波音が影響して感覚機能を安定化させる作用があるようです。
 私もモーツァルトは好きですが、トロンボーンの出番が無い曲が大半(宗教音楽だけは出番が多いのですが、パイプオルガンや合唱を伴うため、アマチュアオケでは演奏困難)だったので、大学時代は悔しい思いをしました。
 1985年に公開された映画「アマデウス」の内容は殆ど架空ですが、人格面の描写はほぼ事実のようです。浪費家、酒癖・女癖が悪い、卑猥、傲慢な性格等、人間的には最低最悪だったとか。妻・コンスタンツェも負けずに浪費家かつ我が儘な悪妻で、似たもの夫婦。
 故・柳家小三治のクラシック音楽好きは有名ですが、中でもモーツアルトは好みだったらしいですね。他に上方の桂米團治がモーツァルトファン(生まれ変わりと公言?)です。
 小言幸兵衛様は専らジャズがお好みのようですが、映画「アマデウス」をご覧になったことはありますか。堅苦しい曲は登場しませんので、是非どうぞ。私も久しぶりに見たくなってきました。長々と失礼いたしました。
Commented by kogotokoubei at 2022-01-22 09:07
>Ponchiさんへ

 コメントありがとうございます。
「アマデウス」は観ました。なんとも、破天荒な人物の造形に驚きました。
 Ponchiさんは、トロンボーンを演奏なさるんですね。
 ジャズ好きな私は、J・J・ジョンソン、カーティス・フラーなどを思い浮かべます。
 クラシックファンは、ほぼ皆さん、モーツァルトがお好きなようですね。
 中村医師の音楽の嗜好を知り、小三治と似ているかな、と思っていました。
 私は、どうもクラシックは苦手なんです。
 今後も、気軽にお立ち寄りください。
 
Commented by Ponchi at 2022-01-22 22:03
 >小言幸兵衛様
 ご返信、ありがとうございます。
 11年前、大学OB・OGオケの演奏会を最後に今は吹いておりません。
 ジャズ、特にディキシーランド・スウィングは好きですが、アドリブが苦手。楽譜通りしか演奏できないため、クラシックが無難だったのです。以前の投稿にも書き込んだかと思いますが、オケのトロンボーンは出番が極めて少なく、かなり暇です。他の楽器に耳を傾けられる時間が多いためか、プロ奏者の中には指揮者や作曲家に転向する方もいます。
 クラシックとジャズを融合したガーシュイン作曲のラプソディ・イン・ブルー等は小言幸兵衛様でも耳にする機会が多いのではないでしょうか。落語家では春風亭柳昇がトロンボーン吹きでしたし、弟子の昇太にも受け継がれていますね。
Commented by kogotokoubei at 2022-01-23 08:57
>Ponchiさんへ

そうでしたね、以前にもお伝えいただいていましたよね。
失礼いたしました。
ラプソディ・イン・ブルーは、もちろん知っていますよ。
トロンバーン奏者は、日本では、谷啓をイメージします。
スウィング・ジャーナルの読者投票では、一位だったことも思い出します。
昇太の演奏は、まだ、聴いたことがありません。
Commented by Ponchi at 2022-01-23 22:16
>小言幸兵衛様
度重なるご返答に感謝申し上げます。
日本人トロンボニストと言えば、谷啓は必ず入るでしょう。クレージーキャッツの面々も存命者はベースの犬塚弘だけになってしまいましたね。それも芸能界は既に引退し、今年3月には93歳です。同年代のクラリネット奏者北村英治はまだ現役ですが、共に演奏していたことがある光井章夫(トランペット)、河辺公一(トロンボーン)は既に他界。河辺氏は作曲者・編曲者(主に吹奏楽)としても活躍していました。
現役世代では2008年度NHK上期朝ドラ「瞳」テーマ音楽でトロンボーンソロを吹いた中川英二郎に要注目です。
クラシックのトロンボーンは暇な割に難しく、簡単とは一概に言えません。ラヴェル作曲「ボレロ」の第1奏者ソロは曲中で初めて吹く部分。他の奏者にも「きちんと吹けるんだろうか?」と注目されてしまい、相当なプレッシャーです。まあ、私に手が届くような曲ではないのだけは確かですが(笑)。
Commented by kogotokoubei at 2022-01-24 12:52
>Ponchiさんへ

クレージーキャッツは、それぞれの楽器演奏の能力も高かったですね。

ジャズのトロンボーン奏者以外は、恥ずかしながら知らない方ばかりです。
「ボレロ」を聴いてみます。
Commented by Ponchi at 2022-01-24 19:58
>小言幸兵衛様
何度も申し訳ありません。北村英治・光井章夫・河辺公一3氏はかつてグループを組んでディキシーランドジャズを演奏していました。ピアノ、ベース、ドラムスがどなただったかは思い出せません。大学時代は耳の良い後輩にレコードから採譜して貰い、真似をしておりました。「ティファナタクシー」「ザッツ・ア・プレンティ」などを演奏した記憶があります。光井氏(バンちゃん)はサッチモ同様、歌も交えて演奏していましたね。
Commented by kogotokoubei at 2022-01-24 20:15
>Ponchiさんへ

私の好きなジャズは、1950年代アメリカのモダンジャズが中心なもので、日本のジャズメンには、あまり詳しくないんですよ。
申し訳ありません。
とはいえ、北村英治は知っていますよ。
落語好きなことでも有名です。
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by kogotokoubei | 2022-01-21 12:47 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Trackback | Comments(8)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛
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