北海道への帰省ー父の四十九日と納骨、約四十年ぶり実家での年越し(4)
2021年 12月 29日

気温、-5度。

焼き鳥で有名な店だが、S君が予約の際に、刺身盛り合わせを頼んでいてくれた。

刺身とお通しの写真。
集まったのは、同じクラスだったS君、A君の常連(?)二人と、中学でのクラスは違ったが、S君、A君とはよく会っているというKさん、そして私。
腎臓に持病のあるA君は、透析を昼間に行って、夜に備えたと言う。
いつもより、透析の時間を短く感じたと笑う。
Kさんは、数年前まで地元で看護師を務めていたが、今は八十八歳のお母さんを自宅で介護している。
彼女は未婚。「これからが青春」と笑いながら、刺身や焼き鳥を美味しそうに食べていた。
中村哲さんの話題にもなったが、彼女は中村さんを尊敬していてペシャワール会に寄付もしているとのこと。偉い!
近所に住んでいたS君とは、子どもの頃から遊び友達で、中学では野球部でも一緒だった。
その昔(?)、映画館が四つもあったという思い出話に花が咲く。
S君は、小学生の頃、映画館に丸一日いて、心配して母親が迎えに来て、上映中にもかかわらず、館内放送で呼び出された思い出を語る。
昨年亡くなったお父さんにたっぷり叱られたらしい。
心配で映画館に迎えに来たお母さんは、今は施設にいる。
S君は、翌日、札幌に住む子供夫婦を迎えに行くので、二次会には不参加。
一軒目から徒歩3分のところにる、同級生のお兄さん夫婦がやっているスナックで二次会。
マスターは次兄と同級生でもある。
しばらくは我々三人貸し切り。
ずいぶん久しぶりに歌った。
一軒目で、吉右衛門の話題になり染五郎(現白鷗)は昔、自作の歌を歌っていたという話題になっていたので、「♪野ばら咲く路」、を歌った。
Kさんが、実に歌が巧い。
A君も、「雪国」を熱唱。
しばらくすると、地元のお客さんが三人入って来てカウンターに座った。
そのお客さんとママさんの会話で私の名前が出たので、振り返って挨拶すると、お一人はマスターと次兄の同級生だった。
狭い町なのである。
日付変更線を超える前に、マスターが三人を車で送ってくれた。
このお店に来ると、いつも、そうしてくれるのであった。
さて、これから何をするか、というと、実は昨日、母が、古いものを整理していて、こんなものを発見。
「私の人生」という題で最初の日付が2006年1月9日とあるから、ほぼ十六年前になる。

当時、八十四歳を迎えようとしていた父が暇そうにしていたので、母がノートとペンを渡し、自分の半生記でも書きなさいと言って書かせたものらしい。
ボケ防止のためでもあったのだろう。
独特の字が、ノートに11頁並んでいた。
昨日、最初の1頁だけWordに入力した。
これから、その続きをするのであった。
まさか、こんなものがあったとは思いもしなかった。
滞在中の宿題ができた^^
母は、今日から自営の店も休みになる次兄に送ってもらい、女学校の同級生(ともに九十四歳)の家を訪ねる。
父の四十九日法要と納骨を行った虻田の大真寺の住職は、永平寺で修業した後、伊達の大雄寺にしばらくいた方で、その大雄寺の前の住職の奥さん小梅さんが、母と同級生なのであった。
小梅さんが父の死に装束を縫ってくれたお礼もしなくてはという母の依頼で、次兄がお寿司を二人前予約したものを持って、小梅さんの家に母を送り、久し振りの同級生の再会が実現する、というわけだ。
私は、父の書いた字をなんとか判読して入力を続けてから、散歩に出るつもり。
そして、昼食はラーメンの予定だ。
