中村哲著『アフガニスタンの診療所から』より(9)
2021年 12月 17日

中村哲著『アフガニスタンの診療所から』
中村さんの『アフガニスタンの診療所から』は、1993年に、ちくまプリマーブックスの一冊として刊行され、2005年ちくま文庫として再刊された。
九回目。
前々回と前回にかけ、中村さんが勤めたらい病棟は、辺境の縮図ともいえる混沌しした状態ではあったが、彼らにはパシュトゥヌワレイ(パシュトゥン人の掟)という共通の哲学ともいえる信条があったこと、その中には、「本音と建前」という、日本人にも理解できる行様式があったことを紹介した。
しかし、行間を読む類似した文化を持つ日本人にも、理解を超えるものがあった。
復讐
バダル(復讐)の習慣は現地に根強く、仕事のうえでもっとも手をやくもののひとつであった。復讐はパシュトゥン部族だけでなく、辺境社会全般における伝統的な掟である。さしづめ「仇討ち」と考えてもよい。時には村ぐるみ部族ぐるみの抗争となり、小さな戦争にさえ発展する。20世紀も終わろうとする現在、小さな征服戦争さえ行われるというのを聞いたとき、はじめは誇張だと思っていた。
大きく治安を乱さないかぎりは、警察当局も介入しない。ペシャワールで発生する殺傷事件のほとんどは、政治抗争でなければ、この復讐によるものであった。この習慣は、そうとう教育を受けたはずの「市民化した」人びとの中でさえしみついている。辺境住民はおおらかで明るいという印象は一般的には正しいが、いったんドシュマン(敵)となれば、これにたいする行動は執拗かつ陰険となり、あらゆる手段と努力が投入される。場合によっては躊躇なく射殺する。
パキスタンで出される全国紙の三面記事は、「少年による殺人・ペシャワール発」という小さな見出しで紙面をかざるのに困らない。この10年で私が記憶するかぎり、2、3の例外をのぞいてすべてが仇討ちの記事である。たいていの例は、理不尽に夫を殺された妻で身内に男手がないとか、相手が有力者で太刀打ちできない場合、わが子を「復讐要員」として育てる。長じて銃の操作ができるようになると、「めでたく本懐をとげる」ことになる。かよわい女手や老人だけの場合は、宴席にまねいて毒殺という例もある。
このての事件がペシャワールにあっては皆のひんしゅくを買うどころか、称賛さえ受けるのである。とくに斃されたものが土地でいやがられる悪徳有力者だったりすると、勧善懲悪の映画の観客のように喝采する向きもある。
なんとも、日本人には理解を超える“バダル”という習慣である。
もちろん、日本にも“仇討ち”はあるが、そこには、ある意味正当な理由が必要とされるし、その手法についても求められる姿がある。
引用を続ける。
私が赴任後二年目のことであった。夏期休暇を利用して研修のために三ヵ月ほど病院を留守にしていた直後のことである。帰ってみるとどうも皆のようすがおかしい。なんとなく表情がかたい。聞けば患者四名が正当な理由なく退院させられたのだという。理由は長期入院の退屈しのぎに無断でバザールを散歩しただけであったが、ふだん無秩序に見える患者の入退院を、病院当局がみせしめを作って管理を強化しようとしたのは明らかであった。
この退院させられた患者はすべてアフガニスタン難民で、北西辺境州で我われ以上に「よそもの」と思われやすいキリスト教病院当局者としては、「野蛮なパシュトゥン部族民やアフガニスタン人はトラブルのもと」という認識がつねにあった。これは英国支配時代に改宗した彼らが、つねに住民の宿敵たる「アングレーズ(英国)」の協力者としてふるまった歴史的背景と無縁ではない。キリスト教徒とイスラム教徒との間の不信感は根強い。おまけに悪いことには、退院させられた者のうち二人が退院直後に死亡、一人は消化性潰瘍による吐血、もう一人は虫垂炎の診断で手術後死亡したものである。
加えて亡くなった一人は、ムジャヘディン(イスラムの戦士)だったこともあり、患者たちの間に一触即発の空気が漂っていた。
“バダル”を信条とする人たちである。何があっても不思議がなかった。
事態を懸念した中村さんは、毎晩のように重症者の見回りを理由に病棟を訪れていた。
ある晩、案じたとおりにペルシャ語を話すグループが病棟の一角に集まって、深刻な表情で何事かを討議していた。おだやかな話ではなかったので、なかに押し入り、「復讐は許さん! 不祥事を生ずればおれは即刻出てゆく」とどなりあげた。私が普通はめったに大声を出さないので、そこにいた数名の患者たちは仰天したが、一人一人「先生のために今後はさわぎをおこさない」と誓った。
これ以後「抗議行動」は停止した。しかし、別の形で患者が圧力団体化する傾向はつねに見られた。それも復讐という慣習法の正当な行使ととられるやり方は、恐ろしい結末をまねくことをあらためて知った。
ペシャワールにかんするかぎり、下心のないまごころが結局この復讐を回避する最強の武器である。とくに追いつめられた弱い立場にある者は、人の誠意を敏感にかぎとるものである。これは世界中変わらぬ人情である。
しかし、患者たちは、今度は私の名誉にかけて復讐をひかえているのである。対立はいっそう複雑で根深くなった。辺境住民の中世的な精神構造は、しだいに私にたいする忠義心で結びつくようになり、彼らの義侠心は大きな負担となった。
患者の信頼を得れば得るほど、病院当局としてはおもしろくない「温情主義」とうつる。なかには「人気取りして扇動しようとしている」などと心外なうけとり方をする。復讐はあらゆる意味でつねに仕事の妨害因子となった。
みせしめのように退院させられ、亡くなった者もいた同族の仲間たちのため“バダル”を企てようとした患者たちだが、中村さんは、体を張って食い止めた。
それは、パシュトゥン人たちの掟である忠義を、信頼する中村医師への忠義に置き換えたものであった。
日本では想像もできない環境におけるペシャワールでの医療活動において、中村さんは他にもさまざまな体験をする。
次回、その一つをご紹介したい。
少し、とんでもないことを思い浮かべた。
紹介した文章を、再確認。
“このての事件がペシャワールにあっては皆のひんしゅくを買うどころか、称賛さえ受けるのである。とくに斃されたものが土地でいやがられる悪徳有力者だったりすると、勧善懲悪の映画の観客のように喝采する向きもある”
パシュトゥヌワレ(パシュトゥン人の掟)である「バダル(復讐)」が、もし、日本人にも通用する掟だと仮定したなら・・・・・・。
赤木雅子さんの訴訟における「認諾」という「隠蔽」によって、国民のために精一杯働いていた赤木俊夫さんの死への「バダル」は、法の下では果たすことが断たれた。
もし、パシュトゥン人の世界では、いったいどんなことが行われるのだろうか。
もちろん、日本は法治国家である。
しかし、その法を利用して、都合の悪いことを隠し、金で問題を解決しようとしている“悪徳有力者”がいるなら、パシュトゥン人の世界では、日本では許されていない方法でのバダルも、喝采を受けるのかもしれない。
つい、そんな途方もないことも、考えてしまうのだった。
昨日は、ある映画を観た。
結構良い映画なのだが、記事にするかどうか、悩ましい・・・・・・。
さて、今日も会社もバイトも休み。
これから、あるところへ出かけるのであった。
