柳家小三治『ま・く・ら』より(4)
2021年 10月 29日

柳家小三治『ま・く・ら』
1998年6月に発行された柳家小三治『ま・く・ら』より四回目。
引き続き「駐車場物語」。
高座は、1992年10月31日の鈴本、あの歴史ある余一会。
さて、小三治が四台のオートバイを停めている駐車場に住み着いたホームレス、もとい、長谷川さん。
その狭い駐車場には、長谷川さんの家財道具も並べられ、小三治が寄席に働きに行こうとする時に、旨そうに缶ビールと飲んだり、旬の桃を小三治よりも早く食べていたりするのであった。
高田馬場界隈では有名(?)な長谷川さんを、おまわりさんも「あいつは悪いことしない」と擁護する。
とはいえ、放っておくわけにもいかないと思っていた時、同じ駐車場を借りているご近所さんから小三治から苦情があった。
トラックの一台置いた隣の区画でね、楽器屋のおじさんがいるんです。このおじさんに文句言われましたよ。
「師匠! 師匠んとこでしょ? あれ、何か言ってやってくださいよぉ」
「言ってやってくださいよったって、俺だって言いてぇけど、ああなっちゃってっからさぁ・・・・・・。あんた、向かいなんだから、俺、斜向かいなんだから、俺、いまオートバイ使ってないんだよ、俺はね。もっぱらトラックなんだ。俺は斜向かいで、あんたはお向かいなんだから、あんた、何か言いなさいよ」
って、そう言ったんですよ(笑)。
そしたらね、言おうとしたんですって。言おうと思って、彼がいるところへ一、二歩ズカズカって近づいて行ったら、ひょっと顔上げて、「おはようございます」って言われたんで、「あぁ~、おはよう」っつって、そういうふうになっちゃった(笑)。
つまり、礼儀正しいんです(笑)。
礼儀正しい、長谷川さんには、楽器屋のおやじも、怒る気がなくなってしまったようだ。
しかし、楽器屋さんは、自分の駐車場の真向かいに長谷川さんが住んでいるとはいえ、その駐車場は、小三治のもの。
やはり、小三治が、何か言わなくてはならないのだろうが、なかなか、そのタイミングが作れない。
オートバイね、最初のころはそれでも何とか無理に出そうと思ってましたよ。だけどね、さっきも言ったようにだんだん出せない。それ、寝てるときじゃなくてもな。
いや、ハナのうちは寝てないとき、ああ、寝てないな、チャンスだ! と思った。それで自分のオートバイなのに他人の留守狙って、それでオートバイ出して(笑)、「ああ、オートバイはいいなあ」なんて乗ってくるってぇと寝てるんですよ。すと、寝てるとことを、「起きろ、この野郎」っつって入れんのはナンでしょう。
だからね、しょうがないから、自分ちの前へ持ってきて置くんですよ。
駐車場を借りていながら、あたしは路上駐車をしなきゃならない(笑)。
一台は娘が使うんです。四台のうちの一台。すると、同じです。娘は、やっぱりなんだか気持ちが悪いってぇんでね、結局そういうことになっちゃった。でも、又彼のすきを見て入れるんですけど。
しかも、そのころにはもうだんだん涼風が立ってくるってぇと、今度はじかに布団を敷いたんじゃなんだっていうんでね、下に段ボールを敷き詰めましてね。つまり、その一区画は畳じゃない、段ボールのお座敷になっちゃった(笑)。
ビッチリ敷いてあって、オートバイのタイやが接しているとこだけ穴があくように(笑)。もうビッチリ敷き詰めてある。これじゃ、出せないでしょう(笑)。
もうね、見るたんびにムカムカするんですよ。それとムカムカしながら、ああ、今日も言えなかったっていう自分に腹が立って、ムカムカ、ムカムカすんですねーっ。
悔しいんです、これは(笑)。
でもね、感心ですね。あたしがトラックで夜二時、三時になって遅く帰ってくるでしょう。彼はお座敷でもって寝てるわけですが、あたしのヘッドライトが、一ぺん、なってたって、こういって、頭振って、ケツ入れ駐車するわけですから。
そうすると、彼の頭の上へのしかかるようにゴーッとヘッドライトがいくわけです。そうすっと、さすがに気がつきます。どんなに酔っぱらってても。
そうすると、パッと起きてね、座り直してね・・・・・・。両手ついて正座すんん(笑)。なんか江戸城を明け渡すみたいな・・・・・・(爆笑)。
土下座するんですね。いま時、こんなことできる人いませんよ。うちの弟子だって、あたしにこんなことしませんよ(笑)。
どこまでも、礼儀正しい、長谷川さん^^
長谷川さん、ついには、ペットまで飼い出した。
ペットを飼ってるんです(笑)。猫なんです。
この辺は高田馬場自然動物保護区といってもいいくらい野良猫の宝庫なんですが、そのうちの一匹を手なずけやがってペットにしたやん。
野良猫ってぇねァ人になつかないもんで、あたしになんか五メートルだってそばへ来ない。それを手なずけてやんの。やっぱり野良猫同士気が合うんですかね。どこかで拾ってきたんでしょう。結婚式の引出物かなんかの漆塗りの天台つきの大きな器にね、鯛の尾頭付き盛って食わせているんですよ(笑)。
猫なつくよこれなら(笑)。
魚屋ももう危なくなってきた鯛だから彼にやったんでしょうけど、ひとの駐車場にただ住んでる奴がペット飼って、えさに鯛の尾頭付きは許せないでしょう(笑)。
たしかに、野良猫は警戒心が強い。
しかし、小三治の言う通り「野良猫同士」の、他人には分からない絆があったに違いない。
実は、小三治は、長谷川さんが住み始めた初期のこと、彼に声をかけているのだが、それが失敗に終わり、その後、慎重な態度になったのであった。
「働いてんのかい?」
っつったら、
「いやぁ、具合悪くて働けねぇんですよ。医者行ってんです」
医者行ってるって言うんですね。詳しくは聞きませんが、ああいう人たちに健康保険があるんですか。
(中 略)
確かに医者に通ってんです。駐車場の隣りが医者で、そこへしゅっちゅう入り浸ってんですから。
それでね、またしばらくしてからね、
「どうだ、このごろは?」
「ええ、このごろ少し元気になりやした」
「なんとかそろそろ働いたらどうだ?」
って言ったんですよ。
この一言がね、長谷川さんを大いにしくじりましたね。
考えてみたら、大きなお世話なんですよ。彼は彼なりに働かなくったって、そうやって働らいているやつよりもずっと幸せな人生を送れるっていう自分のペースを知ってるんですよ。大きなお世話なんです、働けなんて、働いたらカネが儲かって、幾らになって、ちょっとはうまいもの食える。
それはこっちのね、こっちの料簡なの! 世間のやつらの言う勝手なの! それは。彼には彼のちゃんと法則があったんです!
彼はそれから一週間、わたしに道で会っても口を利きませんでしたよ(笑)。
立派ですね、彼の生き方は(笑)。一本筋が通ってます! 言うなればお侍ですよ。さすがです!!
この、一本筋が通った長谷川さんは、集団の中においても、他のホームレスとは違っていた。
雨が降った時など、乗り換え駅の高田馬場駅周辺には、仕事にあぶれたホームレスが缶ビールなどを持って車座になり、通りかかる人に「おねえちゃーん!」なんか言ったりする。
そうそう、車座には、酒が必要なのですよ、岸田さん^^
その中にね、この長谷川さんだけは輪の中に入らない。お侍ですから。ちょっと離れたところに斜に構えてね。えー、平面図で言いますと、こういうふうに高田馬場があるでしょ。で、ホームから降りてきた人は真っすぐ出てくると歩道があるんです。歩道があってガードレールがあって車道がある訳でしょ。で、歩道を人の波が帯になって流れてゆく。
彼は、このガードレールに左手を置きまして、右の手で缶ビールを持って、鉢巻きをして、目の据わったこういう顔をしながら・・・・・・。
その忙しい、人の混んでるさなかにね、よく、ほら、こういうひとで、通りかかる人になんかよく分からないけど怒鳴り散らしているひとがいるでしょう。「なんだッ、文句あんのか!」とか「なんだッ、てめえたちは!! 俺をバカにすんな・・・・・・」、そういうことを一切言わない。
彼が言うのは、たった一言だけ。
「経営者が何だッ!」
て、それだけなんです(爆笑)。
「経営者が何だ、経営者が。経営者が何だッ!!経営者が。おまえも経営者だろ!!」
なんて、経営者じゃない人にまで・・・・・・(笑)。
だから、よほど経営者に恨みがあるんですねぇ(笑)。
そうするとね、凄いですから、やっぱり。体は小さいけどね。声はドスがきいてんです。やっぱり修業ができていますからね。
腹の底から、「経営者がなんだ、経営者が!」って凄むと怖いです。
そうするとね、そのラッシュアワーの人の群れがね、歩道をこうドーッと流れていくはずのところが、ここに長谷川さんがいるために、「経営者がなんだッ」っていうのをよけてね、こういうふうに(笑)、そこをよけてね、遠まきにね、水の流れが変わるんですよぉ。
そこへたまたまね、あたしが通りかかったんです。
(中 略)
で、「経営者がなんだッ」て迂回してる流れのところをですね、あたしだけ一人、真ン中をスーッてよぎったんですよ。そしたら、「経営者がなんだッ!」てた長谷川さんが、ヒョイとあたしの顔見て、声柄まで変わってね、
〽いつもお世話になっておりま~す・・・・・・(爆笑・拍手)
読んでいても、笑えるのだから、鈴本のドッカンぶりが察せられる。
小三治は、長谷川さんの存在を「今年の大きな収穫」と形容し、しばらくこのネタを打って回ろうと思っていると言って、また客席の笑いを誘っている。
これで、話はおしまい、とは言いながら、後日談が続くのだが、それは、実際に本書で確認していただきたい。
解説も、楽しい。
矢野誠一さんの解説には、この「駐車場物語」をリアルタイムで楽しんでいた、やなぎ句会の様子も書かれている。
また、ある週刊誌のグラビア「ポラロイド写真でつづる『ある一日』私が会った人」に小三治が登場し、29人紹介したトップに、なんと長谷川さんが登場しているという説明もある。
ちなみに、長谷川さんの本名も、明かされている。
少し気になって、ホームレスの人たちの人数を調べてみた。
厚労省のサイトに「ホームレスの実態に関する全国調査(概数調査)結果」というレポートがあった。
厚労省サイトの該当ページ
このレポートには、特別措置法によるホームレスの定義も書かれている。
ホームレスは、正しく(?)は、こういう人なのだそうだ。
「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」
さすがに、「駐車場」は明記されていない^^
そして、これが、全国の、そういう方の人数の推移。

一目見て、そんなもんじゃなかろう、と思う。
調査は、市町村による巡回での目視調査、によったものとのこと。
平成30年は1月に実施したらしい。
毎年減少しているが、コロナ禍で、間違いなくこの人数は増えていると思う。
今、新宿などの炊き出しに集まる人は、この調査の時点では、住む家があった人が多いに違いない。
新宿か山谷の炊き出しの映像を見る度、あの中に長谷川さんがいるのかもしれない、などと思う。
今週末、小三治の追悼番組がテレビ、ラジオで予定されている。
私は、NHKの「ファミリーヒストリー」のスタッフなら、長谷川さんのその後を探し出せるのではないか、などと思っている。
1992年の高座だが、当時、40歳位ではないかと思うので、今70歳前後か。
彼が存命であるなら、小三治に、どんな言葉をかけるだろうか。
〽いやぁ、あん時ぁ、お世話になりやした!
なんて、言うのかもしれないね。
このシリーズ、これにてお開き。
とはいえ、他のネタもこの本から紹介しようかな、と思っている。
長々のお付き合い、ありがとうございます。
