柳家小三治『ま・く・ら』より(1)
2021年 10月 17日
寄席か、映画か、とも思ってはみたが、やや疲労も溜まっているし、一週間後のイベントのことを考えると、この寒さで風邪などひくわけにはいかないので家で静かにしようと思った次第。
そうすると、居残り会仲間のYさんから、午後2時のNHK Eテレ「日本の話芸」で小三治とのこと。
調べると追悼番組として「千早ふる」。
これは見なきゃ。
Yさん、ありがとね!
NHKサイトから。
NHKサイトの該当ページ
追悼・柳家小三治 落語「千早ふる」
初回放送日: 2021年10月17日
10月7日に亡くなった人間国宝、柳家小三治さんの落語「千早ふる」をお送りします▽633回東京落語会(2012年3月16日 東京・虎の門 ニッショーホールで収録)【あらすじ】知ったかぶりの横丁の先生。金さんに、百人一首の在原業平の歌「千早振る神代もきかず竜田川からくれないに水くぐるとは」は、どういう意味なのかと聞かれて、困ったあげく…
見た。
マクラに笑った。
大震災からほぼ一年後。
この一年、何かいいことあったかと振り返っても何もいいことはなかったが、一つだけ、なでしこジャパンは良かった、と語り始めた。
準々決勝のドイツ戦。仕事が早いから録画予約をしていた。
しかし、朝確認すると録画されていず、どうしたのかと思ったら、時間が変更になったので、あらためて生の実況のように放送する、とのこと。
もう一度録画予約して外出し、新聞も目にせず人のサッカーの会話も耳にしないようにして結果を知らないまま帰宅後、録画を見た。
前半、0対0で終了しハバカリに行こうとしたら、BSニュースとなって、日本がドイツに1対0で勝利と告げられ、絶句。
いくら、ニュースの担当者はそれが仕事とはいえ、実況のように放送すると言っているのだからそれはないだろう、で会場大爆笑。
畳み込んで、「どこの放送局だ」、でまた爆笑の後、小さな声で「落語に入ります」・・・・・・小三治の真骨頂。
本編も悪いはずがないが、NHKの東京落語会で、このマクラを語るあたり、あらためでこの人の凄さを感じた。
しかし、このマクラは、本にはできにくいかな^^
稀有な本。
高座のマクラばかりを集めた『ま・く・ら』を読み直した。
いくら、ネタの前のマクラが面白いからといっても、それを本にするというのは、尋常なことではない。

柳家小三治『ま・く・ら』
『ま・く・ら』は、講談社文庫書き下ろし((聞き起こし?)で1998年6月に発行された。
私も、古今亭志ん朝の大須演芸場でのマクラを数本聴きながら書き起こしたので、その苦労は十分察することができる。
「あとがき」で、小三治がこう書いている。
まさかねェ、こんな本が出来るとは思ってみたこともなかったですねぇ。
この本の仕掛人は講談社の川俣真知子さんてぇひとなんだけど、いきなり訪ねて来て小三治さんの枕の本を作りたいという。
えっ? 枕? それァ私は寝るのがヘタで、ずーっと首が痛くてしょうがない。それァ枕のせいじゃねぇかと思って、私の万年床の枕元には、おおげさじゃなく二十個は枕が放り出してある。でも、どうもしっくり来ないで未だあの枕この枕と探している。
その苦労話? 枕と睡眠についての健康本を作ろうてんですか?
それにしてもよく私が枕で苦労しているなんてぇ話を、一体どこから聞いたんです? そうじゃなくてあなたの噺の枕です。それを集めて本にしたい。
ええー? 何考えてんだこの人は。
「あとがき」ですら、こんなに面白い。
川俣さんが訪ねる二年前に、ソニーから出た「めりけん留学奮戦記」「ニューヨークひとりある記」「玉子かけ御飯&駐車場物語」を聞いて、ぜひ本にしたいと川俣さんは小三治に提案したのであった。
とはいえ、それだけでは薄い本の半分にも満たない。
しかし、口演を取るのも取られるのも嫌だ、と言い続けてきた小三治なので、そんなに素材があるとは思えないから無理だと言ったものの、実は、小三治の知らないところで(?)、さまざまな口演記録が残されていた。
その結果、この本の誕生となり、続編が出るまでになった。
小三治は、こう言う。
読んでみると自分ながら面白ぇこというヤツだなァコイツァ。と笑っちゃったりして、とてもみっともない。でもこれは私の働きでじゃありません。みんな川俣さんの働きです。というよりは川俣真知子著です。オレがこんな本作るわけがない。
同感だ。
だから、表題は柳家小三治「著」とは、書かなかった。
何から始めようかと悩んだが、先日、奥様の郡山和代さんの著作から、バイクが四台もあることを紹介した。
やはり、そのバイク、いや、バイクの駐車場にまつわる「駐車場物語」からにしよう。
高座は、1992年10月31日の鈴本、あの歴史ある余一会だ。小三治、五十三歳。
あたしはね、ご承知のようにオートバイが好きなんですが、このところオートバイにはほとんど乗っておりません。そら、五十肩が一年以上もよくならねえとか、右の手首がオートバイに乗りすぎて腱鞘炎でどうもままならねえとか、そんなことはいざとなりゃ乗れるんです。そんなことはどうってことないんですよ。乗れない理由が他にも出てきたんです。
それはね、え~、始まりは今年の四月のアタマぐらいでしたかねぇ、こういうことなんです。
あたくしね、オートバイ四台持ってましてね、今。うちにそういうものを置くだけのスペースありません。ですから、貸駐車場ってぇんですか、それを一区画。乗用車用の一区画のところに四台詰め込んであります。
それからナンですね、トラック一台持ってますからね、モノを運ぶときのために。つまり、あたくしは二区画、駐車場を借りております。
あたくしんところの駐車場はね、両端に、そうですね、十一台か十二台ぐらいずつ、つまえい合計二十二、三台ぐらいのわりに大きな駐車場ですよ、都心にしてはね。
駐車場の中入っていくってえと、両端にズラッと縦列駐車をしたクルマが、互いににらみ合うように向かい合って並んでいる、そういう景色です。
で、右のいちばん奥、そこにあたくし、オートバイ用の駐車場ということで借りてまして、それから左側の奥から三番目、。つまり、斜向かいになるところに、そのトラックが置いてあります。
で、トラックはどうでもいいいんですけど、オートバイはどういうふうに置いてあるかっていうと、一区画の中に四台ですから、オートバイとオートバイとオートバイと、オートバイって、こういうふうに縦二列に置いてあるんです。
一区画の中に四台置くと相当狭っ苦しいんですが、その狭っ苦しいそのまた間に幾らか隙間ができます。このたて長の隙間にですね、四月の初めごろから、人が一人住み着きましてね(笑)、これでままならなくなってきたんです。
なんと、オートバイとオートバイの隙間に、人が住み着いたとは。
この人は、いったい何者で、その後、小三治との関係は、どうなったのか。
惜しい切れ場だ^^
ポチッとしたらどうなるのか
ひょっとして師匠は亡くなったことも気づかずにあの世にいってしまったのかもしれません
e社からメール誤配信のお詫びのメールがきました
技術上の誤りです 粗忽会社です
別冊太陽「十代目柳家小三治」永久保存版(2018年10月25日)とりだして読みはじめました
なんの気なしに近所の本屋でてにいれたと言うと師匠に怒られますが、写真が豊富で見応えあります
そうでしたか。
もちろん、システム化されているのでしょうが、ITは、結局、それを使う人のレベルのことしかできない、ということでしょう。
その本は、持っていません。
断捨離を連れ合いに迫られている身の上では、なかなか大きく重い本が買えないのですよ^^
