小三治の稽古と趣味ー郡山和世『噺家カミサン繁盛記』より(2)
2021年 10月 13日

郡山和世『噺家カミサン繁盛記』
小三治の奥様、郡山和世さんの本『噺家カミサン繁盛記』の表題の章から二回目。
前回は稽古のことだったので、趣味について。
小三治の趣味をザッと挙げてみると、オーディオ、パチンコ、ボウリング、ゴルフ、スキー、バイク。みんなカタカナの世界。間違っても小唄だの、謡曲だの、蹴鞠だのには興味を持たない。
その上、小三治の凝り性は、なまはんかなもんじゃない。もともと器用なタチではないので、勢い、コトを始めるに当たっては、用意周到になり、コトが始まれば、夜も日も明けず、没頭してしまうのだ。
先ず、始めようとすることに関する資料集めから。ダンボール一杯ほどの、カタログやら、関係書類を家に持ちこむ。
カタログを手にしている場面を目撃した次の日に日には、もう実物を手にしているのだから、
「ちょっと待った!」の合の手を入れるスキもない。
オーディオに凝っている時は、真っ黒な機器に、やたらボタンやスイッチやランプがついたものが、部屋の中に所狭しと積み上げられ、赤や黄色のコードが束になって床を這う。ここまでは、並のマニアの範疇だが、並ではないのは、これからだ。
音の音響をよくするために、部屋の壁面は平行面を作ってはならぬ。天井は、音の吸収面と反響面を交互に配置すべきだから、石膏ボードとタイルを貼るーと言いだす。
頭の上に自分でタイル等を貼られた日にゃ、危なくてしょうがない。その上、反響を複雑にするため、ヒノキに一合升やら、海で使うブイのようなもの(ガラス玉)を三十センチ間隔でぶら下げる。
機器を設置するにも、振動を少なくするため、汚いコンクリートの固まりや、ブロックを積み上げ、挙句の果てには、墓石のような大理石や、鉛の板までも特注して、スピーカーやらアンプやらをサンドイッチにする。
天井が落ちるんじゃないか、床が抜けるんじゃないか、壁が倒れてくるんじゃないかと気が気じゃない。耐震度ゼロ。
私自身は、オーディオに凝ることはなかったが、大学時代から社会人の前半期は、いわゆる「エアチェック」をして、多くの音楽をカセットテープに録音して聞いており、FM雑誌のお世話になっていたので、その様子が想像できる。
FM fan、週刊FM、FMレコパルなど、FM雑誌華やかなりし頃で、オーディオ評論家のシリーズ記事も多かった。
そして、オーディオマニア向けの雑誌もあった。
小三治が、当時『Stereo』(音楽之友社)を愛読していたことは、間違いなかろう^^
では、どんな音楽を聴いていたのか。
長男が誕生した頃はクラシックに凝っていた。
真夜中ともなると、子供と一緒に寝込んでしまった私をゆり起こし、「ジャ、ジャジャジャジャ~ン!」とボリューム一杯のステレオ装置の前へすわらせる。
「この曲名は何だ? 言ってみろ! この前も聴かせたろ! 忘れたのか?」
「・・・・・・」
「ホラ、言ってみろ!」
「頭に何という字がつく?」
「ウ」
「ウ、ウンメイ!」
「当たり! じゃァ作曲者は?」
「頭に何という字がつく?」
「いいかげんにしろヨ。幼稚園のお遊びじゃねェんだから」
毎晩、眠い目をこすりながら特訓を受けるが、所詮クラシックに興味のない私としては、
「ベ」だの「モ」だの「ブ」だの言ってもらわないと、いつまでたっても答えが出ない。
「ねェ、クラシックもいいけど、ジャズもおもしろいョ。一度聴いてみたら?」
と、ホコ先をかえようと誘惑してみるが、
「あんなドガチャカのクソうるさいモンは音楽として認めない。第一軽薄そのものだ」
とニベもない。
そこで、うるさくない「テイクファイブ」というジャズレコードを買い求め、
「だまされたと思って聴いてみてョ。ヤだったら、踏んづけて、粉々にしちゃってもいいから、ネッ?」
小三治は、まるで自分の大事なオーディオセットが汚れるかのように、雑巾つまむような手つきで、しぶしぶその盤に針を下ろす。
胃袋をふるわせるサックスの音が聴こえ出すと、小三治の顔つきが変わった。心もち頭を上下に動かし、拍子をとり出すではないか。いいぞ! その調子!
「手まり唄じゃないんだから、頭は上下じゃなく、左右に軽く振った方がいいョ」
などと、無責任な指導をしてやった。
これがやみつきとなり、亭主はすっかり、ジャズの世界にのめり込んでしまった。単純と言うか、無節操と言うか・・・・・・。
そして、また始まった。
「この曲名は何か?」
「演奏者は?」
「ボーカルは誰?」
クラシックがジャズに変わっただけ。私ァ、ジャズとて、それほど詳しくはないんだ。勘弁してョ。
当時の小三治、奥さんを相当イジメていたねぇ^^
前回ご紹介したように、稽古していたネタを初めて聴かせるのも、夜中に叩き起こした奥さんだった。
とにかく、夜中に奥さんを起こすのが好きな人だ。
志ん朝もジャズ好きだったが、小三治とは好みが違っていたのだろうと思う。
「テイクファイブ」から入門させた和世さんの選択、大いに結構ではないか。
趣味が多い人だったので、もう少し、このシリーズが続きます。
そうですか、実際に演奏なさってこられたんですね。
以前記事にしたこともありますが、ジャズと落語は相性が良いと思います。
北村英治さんが有名ですが、ジャズプレーヤーの落語好きも多いですね。
さて、小三治をジャズプレーヤーに喩えるなら、誰かなぁ。
談志がマイルス、志ん朝がクリフォード・ブラウンと書いたことがあります。
志ん生は、モンク^_^
今、思いつくのは、ベニー・ゴルソンかな。
しかし、ゴルソンは、まだ、健在です。
スキーは毎年、弟子を引き連れて晩年まで行っていました。
スキー場のホテルで落語会を開いております。
ハチミツと塩にもだいぶ凝っておりました。
ところで、このおかみさんはお元気なのでしょうか?
へぇ、そうなんですか。
小三治をベニー・ゴルソンに見立てたのは、相棒のカーティス・フラーが扇橋に思えるからでもあります。
あの音色と扇橋の晩年の高座が似ている気がします。
小三治と扇橋は、二人は御神酒徳利^_^
とはいえ、二人とも下戸。
クラシックは縁がありませんでした。
もっぱら、暮らし苦、です^_^
とにかく多趣味でしたね。
奥さんも、半ば呆れていたようです。
和世さんの現況は知りませんが、きっと、お元気なのでしょう。
病が逃げていく、そんな人なのではないかな、と思っています。
