三遊亭多歌介のコロナでの死を悼む。
2021年 08月 29日
日刊スポーツから引用。
日刊スポーツの該当記事
三遊亭多歌介さんコロナ感染症で死去、54歳 家族も感染し療養中
[2021年8月29日13時32分]
落語家の三遊亭多歌介(さんゆうてい・たかすけ)さん(本名・栗原史郎=くりはら・しろう)さんが27日午後2時40分、新型コロナウイルス感染症のために亡くなったと29日、落語協会が発表した。54歳だった。東京都出身。通夜・告別式については未定。家族も感染して療養中だという。
落語協会では感染時期などを確認中だが、17日には東京・上野の鈴本演舞場の寄席に出演していたという。
多歌介さんは83年に3代目三遊亭円歌に入門。前座名は「歌ちわり」だった。89年に二ツ目に昇進し「三遊亭歌風」を襲名。98年に真打ちに昇進をして「三遊亭多歌介」と改名した。主な持ちネタに「師匠の十八番」「浪曲社長」など。
落語協会サイトの訃報は、相変わらず、素っ気ない。
落語協会サイトの該当訃報
五十代では、まだ若すぎる。
あまり寄席で出会う機会はなかった。
ブログを始めてからの生の高座との縁は、最初と出会いと十年後の二度だけだ。
2009年9月に、池袋で、クイツキで『短命』を聴いた時のことを、こう書いていた。
2009年9月18日のブログ
多歌介(14:55-15:19)
クイツキとして、少し長めのマクラで引っ張り本編へ。上手いし、笑いの勘どころを押さえている。この噺もニンである。初めてだが円歌一門の奥の深さのようなものを感じる人。寄席の席亭には重宝な噺家さんだろう。
よくは覚えていないが、悪い印象はなかったということか。
それから十年ほど後、2019年5月、国立演芸場での四代目圓歌襲名披露興行でも聴いている。
2019年5月16日のブログ
三遊亭多歌介 漫談(師匠の思い出、など)(17分)
ずいぶん久しぶりと思っていたら、2009年の池袋以来、十年ぶりだ。
あの時は『短命』だったようで、結構、印象が良かったようだ。さすがに、記憶は残っていない^^
志ん朝の葬儀における名(迷)スピーチなどの師匠三代目圓歌の思い出や、自分の地方での講演での逸話など。この人、講演や講演&落語で全国各地を回っており、平成30年の講演(数?)日本一とのこと。
でも、ネタをやって欲しかったなぁ。
こっちは、結構覚えていて、ネタではなかったが、楽しかった。
講演数が多いからだろう、噺でもツボを外さない、という印象だった。
そして、その日は、その後の居残り会が楽しかった。
たった二年余り前のことだ。
居残り会がコロナ禍でできなくなって久しい。
多歌介の高座を振り返るために自分のブログを読み返して、その日の居残り会の思い出が蘇る。
たった二年余り前のことだ。
その日の高座に出ていた噺家さんが、コロナによって旅立ったという知らせには、なんとも複雑な思いがする。
数多くの講演もこなしていた噺家さん、三遊亭多歌介。
彼には、十分な医療が施されたのだろうか。
ご家族も感染されているとのこと。
少なくとも、ご家族が快復されることをお祈りする。
そして、道半ばで旅立った三遊亭多歌介の死を悼む。
明日にでもブログを遡ってみましょう。
