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青山透子著『日航123便墜落 疑惑のはじまりー天空の星たちへー』(河出文庫)より(8)

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青山透子著『日航123便墜落 疑惑のはじまりー天空の星たちへー』

 7月に発行された、青山透子さんの第一作の文庫版『日航123便墜落 疑惑のはじまりー天空の星たちへー』から八回目。
 本書は、最初マガジンランドから2010年に『天空の星たちへー日航123便 あの日の記憶』として発行され、2018年に河出書房新社から復刻版が単行本として発行されていた。

 あらためて、目次をご紹介。

序章
第一部 雲海を翔けぬける
   第一章 出会い OJT初フライト
   第二章 機内アナウンス
   第三章 スタンバイルームで
   第四章 DC-8での思い出
第二部 エマージェンシー 墜落か不時着か
   第一章 八月十二日
   第二章 見覚えのある顔写真
   第三章 原因は何か 新聞報道の陰から見える事実
   第四章 プロフェッショナルとはなにか
第三部 乱気流の航空業界 未来はどこへ
   第一章 過去からのメッセージ
   第二章 若者たちの現場
   第三章 上野村へ
あとがき
 日本航空 略年表
 参考文献
復刊のあとがき
文庫版のあとがき
解説(三宅 弘)

 
 「第二部 エマージェンシー 墜落か不時着か」の「第四章 プロフェッショナルとはなにか」から。

 この章の前半は、青山さんが新人時代に指導を受けた四人の先輩たちと、その他の乗務員の方々のことが書かれている。
 それぞれ、青山さんの心のこもった文章。
 本シリーズでは、真相究明に関する事態の推移を中心に紹介したので、残念ではあるが、割愛することにした。
 ご興味のある方は、ぜひ本書を実際にお読みいただきたい。

 この章の後半、ようやく公開されたフライトレコーダーとボイスレコーダーの内容が紹介されている。

 その記録から、垂直尾翼破壊後の、機長、副操縦士、航空機関士の苦労と苦悩が、伝わってくる。

 青山さんは、高度、スピードと機長たちの会話を照合してみた。。

 文中の注にある図1もスマホで撮ったものを掲載する。

 航空事故調査会報告書に基づき、高度と時間、ボイスレコーダーを並べてみた。垂直尾翼が吹き飛ぶ程の急減圧が起きた場所で、飛行機がどういう状態だったのか、ボイスレコーダーだけを再現してみる。(地図上の場所は図1参照)

青山透子著『日航123便墜落 疑惑のはじまりー天空の星たちへー』(河出文庫)より(8)_e0337777_12574095.jpg


①事故発生確定位置
 伊豆半島と大島の間上空
 時間:18時24分35秒
 高度:23900フィート(7284.72m)
 スピード:300ノット
 ボイスレコーダー音声
 「ドーン」
 「なんか爆発したぞ」
 「スコーク77」(18時24分42秒)
②時間:18時25分42秒
 高度:23900フィート(7284.72m)
 スピード:310ノット

 この報告書では急減圧回避に不可欠な急降下がない。一年後のタイ航空機圧力隔壁破壊事故では一気に高度を下げている。それでも垂直尾翼は拭き飛ばされない程度だった。

③時間:18時27分07秒
 高度:24400フィート(7437.12m)
 スピード:310ノット
 高浜機長「両手でやれ」
 佐々木副操縦士「はい」
 福田航空機関士「ギアダウンしたらどうですか? ギアダウン」(18時38分32秒)

 普通の正常な会話である。意識が低酸素でもうろうとしているわけではない。
 
 *1ft(フィート)=10.3048m、1kt(ノット)=10.514444m/s

 不思議だ。このフライトレコーダーが出るまで、隔壁破壊による突風で急減圧が発生したと全紙が報道していた。だが、このフライトレコーダーの記録によると、急減圧ならば機内の酸素が薄くなるため、それを回避するために不可欠な緊急降下がまったく行われていないことになる。時系列的に見てみるとすぐ分かる。高度は下がらず、むしろ緊急発生時は上昇している。そしてその後30分も飛行している。
 ということは、当初隔壁破壊で一気に降下したのではなく、降下が必要になるほど急な減圧ではなかったのだということが、スチュワーデスとして訓練をした者にすぐ理解できる。したがって当然のことながら機内で、物も激しく散らず、人も飛びあがらず、外へ吸い出されずに済んだのだろう。
 それゆえ四名の生存者の鼓膜は大丈夫で、すぐインタビューに答えられたのだと分かった。この事実が、爆風が発生するほどの減圧はなかったことと物語る。

 この最後の30分間のフライトについて、飛行力学が専門の日本大学理工学部航空宇宙工学科柚原直弘教授は、高さ千メートルの大波に乗ったようなフゴイド運動の中で、エンジン操作だけで立て直している飛行を「神技」と評していることを、青山さんは紹介している。

 フライトレコーダー、ボイスレコーダーという重要な記録から、青山さんは、ますます隔壁破裂、与圧された空気の爆風によるによる垂直尾翼破壊という新聞報道への疑問を深めていた。

 しかし、思いもかけないニュースが海外から届くのであった。

 その後、八月二十七日の第一次中間報告では、ボイスレコーダーとフライトレコーダーの解読が中心で、隔壁には一言も触れていない。

 だが突然、アメリカのニューヨーク・タイムズ紙で驚くべき記事が掲載される。
 それは、日航機墜落事故の原因究明にあたっている米当局者に近い筋の人が明らかにしたという。当人が特定できないにもかかわらず、もっともらしく力強い記事だ。

「同機の墜落事故原因は1976年、大阪空港での着陸の際、同機が尻もち事故を起こした時の修理の不備による可能性が強いことが明らかになった」(1985年9月6日付ニューヨーク・タイムズ紙)

 同紙によると、大阪空港での尻もち事故の際、ボーイング社の専門チームが派遣された。この時、客室と尾翼構造部分を遮蔽している与圧隔壁の修理に二列にリベットを打つべきところを一列に打ったままにとどめたことが明らかになった。
 この修理法によって隔壁が弱くなり、今回の事故で垂直尾翼が吹き飛ぶ原因となったという。
 修理ミスについての詳細が載っているこの記事は、日本での発表ではなく、米国の新聞に載ったのである。

 なぜ唐突にもこんな記事が米国から出たのだろうか・・・・・・。

「日航整備部門によると修理はボーイング社への全面委託でその指摘が本当かどうかは不明とある。日本の事故調査委員会はこの報道を重視」と書いてある。(1985年9月7日付毎日新聞朝刊)

 このニューヨーク・タイムズの報道を受け、日本のメディアは、ボーイング社への批判に加え、その修理ミスを見逃した日航や運輸省を非難する論調が続いた。

 青山さんは問う。「なぜ米国の新聞にこれが突然載ったのだろう?」

 九月七日付の毎日新聞夕刊に小さな記事で、日本の運輸省航空事故調査委員会の八田桂三委員長は心外な表情で、「米当局者が事故調査委員会の公開に先がけて、調査過程を明らかにするのは好ましくない。この点はNTSB(米国国家運輸安全委員会)側にも事情をただしたい」と語ったとある。それは当然の抗議だろうと、誰もが思うことである。

 この日本側の責任者の言葉からは、寝耳に水、という譬えがあてはまるようなのだが、実は、そうではなかった。
 上の文章の続きを引用。

 しかし、次の日の新聞を見て驚いた。まったく別のことが書いてある。
 それは実は、日本側が本当はすべて事前に知っていたというのである。
 新聞なのでタイムラグがあるが、夕刊の記事を書いた時、つまり昨日のボーイング社の修理ミス記事が出た午前中は、事実を確認してみる、とか、分からない、などとあいまいなコメントを繰り返していた日本側もついに、その日の午後五時からの記者会見で一転して、この内容はすでに知っていた、少なくとも第一次中間報告発表よりも前の八月二十七日から分かっていた、という記事である。

「事故調査主権は事故発生国にあるのに、当方に何の連絡もせず、ボーイング社が一方的に声明を出したのは遺憾である。隔壁を東京に運んでから(接合部を)十分調べることにしていたのに・・・・・・と藤富久司事務局長。知っていた事実を公表しなかったことよりも、ボーイング社に先を越され、いわばメンツをつぶされたことの方が重大、と受け止めているようなムードだった」(1985年9月8日付毎日新聞朝刊)

 この記事では、航空事故調査委員会運営規則第十八条には、事故調査により知り得た事実は、可能な限り発表するよう努めるとする(1985年当時)、と定められているのだが、先月の二十七日にこの事実を知りながら、事故調査委員会は隔壁には一言も触れていなかったことになると追及している。
 これに対して、八田委員長は、まだ発表の段階ではなかったと弁明し、逆にこちら側に何の連絡もなく、なぜ突然発表したのか、信義に反すると不快感さえ表している。
 航空評論家だちは、日本の事故調をお粗末だと言ったり、ボーイング社は自首したのだと言ったり、また修理ミスを見逃した運輸省をかばったのか等々、色々な意見を述べている。事故調独自に総動員し、調査した上で自信を持って公表すべきだという意見、米国に対して弱腰だという考え方など、実に混乱している様子がうかがえる。
 委員長の八田桂三氏は、この一ヵ月後の十月九日に辞任した。その後任として、武田峻氏が、第103回国会の議員運営委員会にて任命、承認された。
 (中 略)
 米国での一報道から始まったこの事故原因は、まるで、敷かれたレールの上をただ走ることだけを強要されたように、日本側の事故調査委員会も、修理ミスから生じた圧力隔壁の亀裂から爆風が吹き、垂直尾翼を内部から吹き飛ばした説へと傾いていく。

 八田桂三は、なぜ辞任したのか。

 航空評論家や世論の批判に耐えかねたのか。

 あるいは、政府の意向か。

 隔壁の接合部を調べるのを待とうとした行動は、今となってみると妥当に思えてならない。

 事故調査委員会の第二次中間報告では、ボーイング社の修理ミスによる圧力隔壁破裂説が主力となった。

 フライトレコーダーとボイスレコーダーからは、急減圧による急降下のデータがなく、生存者に鼓膜の異常などがなかったにも関わらず、である。

 なぜ、当初隔壁破裂説を明白に否定したボーイング社が、修理ミスを認めたのか。

 日航123便墜落事故は、その調査過程初期において、すでに疑惑に満ちていたのである。。
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by kogotokoubei | 2021-08-27 12:54 | 日航123便墜落事故 | Trackback | Comments(0)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛
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