青山透子著『日航123便墜落 疑惑のはじまりー天空の星たちへー』(河出文庫)より(7)
2021年 08月 26日

青山透子著『日航123便墜落 疑惑のはじまりー天空の星たちへー』
7月に発行された、青山透子さんの第一作の文庫版『日航123便墜落 疑惑のはじまりー天空の星たちへー』から七回目。
本書は、最初マガジンランドから2010年に『天空の星たちへー日航123便 あの日の記憶』として発行され、2018年に河出書房新社から復刻版が単行本として発行されていた。
引き続き、「第二部 エマージェンシー 墜落か不時着か」の「第三章 原因は何か 新聞報道の陰から見える事実」から。
青山さんは、八月十三日からの十一日間の国際線勤務から帰国し、図書館で日航123便墜落に関する新聞記事を丹念に読んだ。
すると、いくつも疑問が浮かんできた。
中でも、まだフライトレコーダーやボイスレコーダーの内容が解明される前の八月十六日に複数の新聞が、墜落原因は圧力隔壁が、七年前の尻もち事故の影響もあって破裂し、それによって与圧された客室内の空気が爆風となって垂直尾翼を破壊したという、隔壁説を唱え出したことには、大きな疑問を抱いた。
それだけの爆風があれば、隔壁近くの席にいた四人の生存者には、中耳炎などの症状があって不思議はないのに、そんなことは語られていない。
また、隔壁については、調査委員会メンバーへの取材から、十三日にはほぼ原型のまま発見されたという発言もあった。
垂直尾翼の破壊原因は、衝突などの外的要因も考えられるにも関わらず、メディアは、隔壁破壊による内的原因と断定するような論調であるのも、不思議だ。
また、アメリカ側の調査メンバーは、十三日に来日してから、十六日まで日本側との接触はしていなかった。
墜落現場の前に、駿河湾で回収された垂直安定板の検証を行ったことは報道されていたが、それ以降の足取りはつかめていない。いったい、何をしていたのか。
さて、八月十八日の紙面のこと。
ボイスレコーダーの一部解明ー八月十八日の事故原因
「『機首を上げろ』と冷静な機長」というタイトルで毎日新聞。隔壁破壊で墜落が固まり、整備点検に手落ち」とあるのが参産経新聞。「尾翼の大半がまだ洋上にあり、原因なお追究」というのは朝日新聞だが、読売新聞では、「隔壁破れ巣違勅尾翼破壊」のタイトルの下に、「隔壁説をボ社が否定した記事を載せている。
「シアトル十七日UPI共同によると、群馬県の山中に墜落した日本航空のボーイング747ジャンボ旅客機を製造した米ワシントン州シアトルのボーイング社スポークスマンは、十六日、客室後部の圧力隔壁(アフターバルクヘッド)が破壊され、垂直尾翼などを吹き飛ばしたのが墜落原因、との報道を否定した」(1985年8月18日付読売新聞)
ボーイング社が日本側の隔壁説を否定している大変重要な報道内容だ。わざわざこの早い段階で否定するということは、よほど確信があるからと思われる。
さらに毎日新聞でも同じ内容の記事が出ていたが、さらに次のように詳しく書いてある。
「同スポークスマンは、『墜落の際、機体から散乱した与圧隔壁の破片を調べたが、腐食や金属疲労は発見されなかった』と述べ、与圧隔壁をめぐる日本側の見方を否定した」とある。
つまりボーイング社は、日本側の事故原因報道を否定していることになる。このジャンボ旅客機の製造元である会社が自らの調査に基づき、隔壁による破壊で、垂直尾翼が吹き飛んだという説には異議を唱えたことになる。もう一度繰り返すが、調査係員がそう言うにはきちんとした根拠があるに違いない。日本側の報道と異なる見解が明確に示されたことになる。
公開されたボイスレコーダーの内容は、結構、衝撃的だった。
しかし、今に至るまで、その全てが公開されてはいない。
だから、今年、遺族の方が訴訟を起こしたのである。
さて、このボーイング社の隔壁説否定報道は、本来は、真相究明につながるものである。
そして、翌日も、隔壁破壊説に反する報道がなされていた。
日航による隔壁破壊実験結果と発表ー八月十九日の事故原因
揺れ落ちていく機内で遺書を書いた人たち、四名の生存者による証言など、次々と機内の様子が明らかになっていく。さらに墜落後、生存者の周辺では、かなりの人たちがしばらくの間生きていたことが分かった。多くの人の声を聞き、ヘリコプターの音を聞き、助け合って生きながらえることを願っていた様子が痛々しいほど分かってくる。
さらにこの日の新聞記事には、日本航空の技術陣が客観的事実を基にして実験を行ったというのもある。
「日本航空の河野宏明整備部長は十九日の会見で、垂直尾翼の破壊と隔壁の破裂について、推論として、『突風など、何らかの外圧で垂直尾翼が壊れ、それと同時か、直後に機体の歪みに耐えられず、隔壁が破裂したと推定も出来る。』と外的要因強調の見方を明らかにした」(1985年8月19日付毎日新聞夕刊)
その根拠となる実験で、機体に大きな穴があいて垂直尾翼の内部に客室内の与圧空気が噴き上げられた場合、同尾翼のどの部分が最初に壊れるかを検証した結果が次の通りである。
垂直尾翼に客室からボーイング社が想定している上限圧力をかけた場合、日航の計算では、最初に同尾翼トーション・ボックス(主要構造部)の最上部(前桁ウェーブ)が吹き飛んだという結果が出た。しかし、実際の事故の状況を見ると、前桁ウェーブは壊れておらず、その下の部分から破壊されていることを重視し、同部長は、隔壁が破壊し、垂直尾翼が下からのプレッシャーで破壊されたとは考えにくいと指摘した。
加害者側の人間の実験だからと退ける人もいるかもしれないが、これは科学的なデータに基づく客観的な実験であるから、他の人がやっても同じ結果となる。それだけは動かせない事実であろう。
この日航の実験については、読売も実験の詳細を記事にしていて、回収された垂直尾翼の状況からは、「与圧だけの力ではとても考えられにくく、他に外部から別のもっと大きな力が加わらなければならない」というコメントを紹介している。
隔壁破裂説を、製造元のボーイング社が否定した。
そして、日航は実験により、隔壁破裂による内部からの爆風を想定した破壊状態と、実際に回収された垂直尾翼とでは大きな矛盾があり、外部から大きな力が加わった可能性があると発表した。
その後、ボイスレコーダーの内容やフライトレコーダーによる分析が進み、運航乗務員たちが突然、予想不可能な事態に陥り、自分たちの置かれた状況が理解できないままに、コントロールがまったくきかないジャンボジェット機を三十分ほど必死に飛ばし続けて墜落した過程が明らかになっていく。
なぜか機長は操縦不能を繰り返し叫んでも、トラブルの原因には答えていない。
また、ボイスレコーダーの交信内容が書かれた紙面にもなにが起きたのか、言葉として出ていない。ちょうど緊急発進が六時二十五分二十秒で、それ以前のボイスレコーダーが消えているから、事故の前触れとなる言葉が消えているせいかもしれない。
フライトレコーダーのデータによると、突然異常な衝撃が記録されているのは、午後六時二十四分三十秒とある。
また別の動きとして、上毛新聞八月二十三日付には、米国調査団がヘリにて午前十一時四十五分、山頂のヘリポートに到着し、さっそく隔壁破片をジグソーパズルのように組み合わせて復元していたとある。
さらに現地入りしている運輸省航空事故調査委員会の藤井洋次席調査官は、
「圧力隔壁は一見して大穴と言えるような大きな裂け目はなかった」と語っている。
吹き飛んだような大穴がないー。
これが、事故調査官が語る事実であることに間違いはないということだ。
隔壁説は、このように、次第に否定されるべき状況にあった。
しかし、事態は、そのようには進まなかったことは、今後ご紹介したい。
さて、青山さんが、図書館で新聞記事を丹念に調べているとの時のこと。
ここまで読み、ふと一息つきながら次の新聞に目を奪われた。
なんと前山さんではないか! あの表情、あの笑顔、懐かしい。
その記事は乗客を励まし続けたスチュワーデスの行動を生存者が証言してくれたという内容であった。他の新聞各紙にも同じような記事が載っていた。
最善を尽くした紺の制服。スチュワーデスが客席を飛び回りながら救命胴衣の付け方を指導し、絶対大丈夫ですと、最後までアナウンスを繰り返したとある。
柔らかな語り口でアナウンスが上手だった先輩。
初めての機内アナウンスで行先を間違えた時にさりげなくカバーしてくれたあの先輩だ。
福岡発羽田行きが、もうじき羽田に着くことを知らせるアナウンスで、青山さんは、もうじき福岡に着くと間違ってアナウンスした失敗は、ご紹介した通り。
前山さんは、結婚して苗字が変わっていた。
五年間の交際を経て、一ヵ月前に結婚し、福島への新婚旅行から帰って二日後のフライトが、8月12日だった。
「急降下する機内で自らの恐怖に耐え、乗客を励まし続けたに違いない彼女らは、全員大空に散った。事故後ずっと『日航社員だから』『乗客の方々に申し訳ない』と乗務員の遺族の口は重く、華やかな職業の裏に潜む危険と厳しさを浮き彫りにしている」
と各紙に書いてあった。
突然襲いかかったこの事故死に、不条理とか無念とか、そんなものでは片付けられない強い悲しみと憤りを持たざるを得ない。
会社側の人間でありながらも、同じ飛行機に乗る乗客とは運命共同体であり、その上でさらにエマージェンシーの際は乗客を導き、最善を尽くすのがこの仕事であると改めて認識させられた。
新人時代にお世話になった先輩たちのことを思うことによる、強い悲しみと憤りは、その後の青山さんの真相究明への原動力となったのだろう。
さて、隔壁説を否定するボーイング社の声明や、日航の実験結果が出たのだが、その後、思わぬニュースが海外から入るのであったが、その内容は、次回。
