祝えない開催を、オリンピック憲章から考える。
2021年 07月 24日
新聞などによると、天皇陛下の開会宣言で、57年前と違いがあったとのこと。
東京新聞から引用する。
東京新聞の該当記事
天皇陛下の五輪開会宣言「祝い」が「記念する」に 57年前との微妙な変化はなぜ?
2021年7月24日 00時22分
東京五輪大会名誉総裁の天皇陛下は23日の開会式で、「私は、ここに、第32回近代オリンピアードを記念する、東京大会の開会を宣言します」と述べられた。開会宣言は当初見込まれた「祝い」の言葉が「記念する」に変更された。宣言文は五輪憲章で英文の定型が決められているが、大会組織委員会は世界的な新型コロナウイルス禍を踏まえ、和訳の一部を祝祭色の薄い言葉に変えるという異例の判断をした。
五輪憲章は、開催国の元首が開会宣言を行うと定め、プロトコル(儀礼上の約束事)で宣言文の定型を例示。原文の「celebrating」の単語はこれまで「祝い」と訳され、1964年の東京五輪で昭和天皇が読んだ宣言文の文言にも使われた。
関係者によると、今回は世界的なコロナ禍で多くの人命が失われ、いまも多数の人々が苦しんでいることなどから、一部に「『祝い』の文言は不適切」と指摘する声があった。一方で同憲章の定型を忠実に尊重する必要があるため、和訳のみを現在の厳しい状況に配慮した形へと変更した。
「祝い」が「不適切」なら、開催そのものが「不適切」だと思う。
JOCサイトに「オリンピック憲章」が掲載されている。
JOCサイトの該当ページ
「オリンピズムの根本原則」を引用する。
重要な部分を太字にした。
オリンピズムの根本原則
1. オリンピズムは肉体と意志と精神のすべての資質を高め、 バランスよく結合させる生き方の哲学である。 オリンピズムはスポーツを文化、教育と融合させ、生き方の創造を探求するものである。 その生き方は努力する喜び、良い模範であることの教育的価値、社会的な責任さらに普遍的で根本的な倫理規範の尊重を基盤とする。
2. オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである。
3. オリンピック ・ ムーブメントは、オリンピズムの価値に鼓舞された個人と団体による、協調の取れた組織的、普遍的、 恒久的活動である。 その活動を推し進めるのは最高機関の IOCである。 活動は 5 大陸にまたがり、 偉大なスポーツの祭典、オリンピック競技大会に世界中の選手を集めるとき、 頂点に達する。そのシンボルは 5 つの結び合う輪である。
4. スポーツをすることは人権の 1 つである。すべての個人はいかなる種類の差別も受けることなく、オリンピック精神に基づき、スポーツをする機会を与えられなければならない。オリンピック精神においては友情、連帯、フェアプレーの精神とともに相互理解が求められる。
5. オリンピック ・ ムーブメントにおけるスポーツ団体は、スポーツが社会の枠組みの中で営まれることを理解し、政治的に中立でなければならない。 スポーツ団体は自律の権利と義務を持つ。自律には競技規則を自由に定め管理すること、自身の組織の構成とガバナンスについて決定すること、外部からのいかなる影響も受けずに選挙を実施する権利、および良好なガバナンスの原則を確実に適用する責任が含まれる。
1. 「生き方の創造を探求」するなら、まず、生きることが大前提だろう。
良い規範であることの教育的価値など、どこにも見当たらない。
感染拡大につながることを承知で開催すること自体、倫理規範が尊重されていないということだ。
2. これだけの反対の中での開催は、とても日本における平和的な社会の推進に寄与するとは思えない。
世界中で、再拡大する中での開催は、人類の調和に大きく反している。
3. IOCと日本の政府の強引な開催と国民の間に、まったく協調などは取れていない。
4. スポーツをする人権よりも、安全に生きるという人権が優先するのは言うまでもない。
相互理解が得られているとは、到底考えられない。
5. スポーツが社会の枠組みの中で営まれることを理解していれば、とても開催などできなかったはずだ。
ということで、開催することは、そもそも五輪憲章に反していると思う。
さて、高齢Wワーカーの私は、昨日に続き今日も飲食店の昼のシフトだ。
夏休みで家族連れを含め、とんでもなく忙しい。
ブルーインパルスを見るためや、近くで開会式を体験したいからと国立競技場周辺に集まる人が多いように、店の近くのショッピングモールも混雑している。
緊急事態宣言も、まん延防止等重大措置も、「オリンピックやってるじゃないの」ということで、緊張感の喪失につながっている。もちろん、十分に想定できたことなのに、未曾有の五輪開催が、感染拡大の危険性を増している。
お久しぶりです。
開会式の時間に競技場の近くに集まったり、お台場の聖火で記念撮影に集まる人が、どうしても理解できません。
移動するな、集まるな、という感染対策に逆行する開催です。
