マーティン・ファクラー著『日本人の愛国』より(12)
2021年 07月 16日

マーティン・ファクラー著『日本人の愛国』(角川新書)
角川新書から6月10日付けで発行された、マーティン・ファクラーの『日本人の愛国』から十二回目。
引き続き「第七章 天皇が示した愛国」から。
敗戦から70年の2015年4月、明仁天皇と美智子皇后は、日本から直線距離で南に約3200キロも離れた、パラオ諸島の激戦地ペリリュー島を慰霊のため訪れた。
急傾斜の階段も多く、決して快適とは言えない巡視艇の船内での宿泊も厭わず、日本兵、そしてアメリカ兵の霊を慰める旅を、大病後にも関わらずに天皇が行ったのと同じ月、4月29日に、安倍総理は、アメリカ連邦議会で、日本の総理として初めての演説を行った。
安倍首相の演説は「希望の同盟へ」と題され、45分間あまりに及んだ。英語による演説のなかで、戦争に言及したのは次の箇所だ。
「戦後の日本は、先の大戦に対する痛切な反省を胸に、歩みを刻みました。自らの行いが、アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目をそむけてはならない。これらの点についての思いは、歴代総理と全く変わるものではありません。
アジアの発展にどこまでも寄与し、地域の平和と、繁栄のため、力を惜しんではならない。自らに言い聞かせ、歩んできました。この歩みを、私は、誇りに思います」
外務省サイトに、この時の演説が公開されている。
外務省サイトの該当ページ
著者が引用した内容の後は、こうなっている。
焦土と化した日本に、子ども達の飲むミルク、身につけるセーターが、毎月毎月、米国の市民から届きました。山羊も、2,036頭、やってきました。
米国が自らの市場を開け放ち、世界経済に自由を求めて育てた戦後経済システムによって、最も早くから、最大の便益を得たのは、日本です。
下って1980年代以降、韓国が、台湾が、ASEAN諸国が、やがて中国が勃興します。今度は日本も、資本と、技術を献身的に注ぎ、彼らの成長を支えました。一方米国で、日本は外国勢として2位、英国に次ぐ数の雇用を作り出しました。
山羊2036頭は、笑いを取るために入れたのだろう。まだ、米軍からはチョコレートもいただきました、の方が笑ってもらえたのではなかろうか。
ともかく、あの戦争に関して触れたのは、たったこれだけなのだ。
私が取材したアメリカの政治家や外交官、外交専門家たちは、安倍総理の演説に納得していた。なぜなら、演説の中で現状維持、特に日米同盟の維持・強化と示したと受け取ったからだ。
東京裁判を「勝者の判断で断罪」と批判したことのある安倍首相が、アメリカの議会で歴史修正主義的な発言をすると心配していた人もいたが、安倍首相はアメリカ人の納得できる言い方に止まった。日米同盟に対して前向きな姿勢を見せたと評価する人もいた。
アメリカは、あの戦争で敵に圧勝した。日本の主要な都市を焼け野原にし、敵国を占領することができたから、真珠湾攻撃への怒りは解消できただろう。なにしろ75年近い時間が経っている。今のアメリカでは、日本に対する恨みが残っているとはほとんど感じない。これは、韓国や中国と対照的であるかもしれない。
当時のオバマ政権の安倍首相に対しての望みは、韓国という同盟国との日韓関係を悪化させないことと、日米同盟に従順であること。安倍首相の演説は、この意味でアメリカの指導者たちを納得させせる内容であった。
しかし私は、安倍首相の演説は、アメリカへの依存や従属をそのまま続けるという意味で、日本が今抱えている課題を棚上げしただけだと感じた。歴史問題や戦争責任を明確にしたとは到底言えない。演説全体で45分ある中でこの長さも十分とは思えなかった。何よりも自分自身の考え方を明らかにしていない。平和に寄与していく使命に至っては、日本という国を主体とした内容になっていなかった。
「戦後世界の平和と安全は、アメリカのリーダーシップなくして、ありえませんでした。
省みて私が心から良かったと思うのは、かつての日本が、明確な道を選んだことです。その道こどは(中略)米国と組み、西側世界の一員となる選択にほかなりませんでした。
日本は、米国、そして志を共にする民主主義国家とともに、最後には冷戦に勝利しました。
この道が、日本を成長させ、繁栄させました。そして今も、この道しかありません」
つまり宣言したのは、アメリカへの依存という現状維持であった。自分の力ではもはや中国に抵抗できない日本にとって、アメリカの軍事力、政治力に頼り続けるというのは、唯一の選択肢なのかも知れない。とはいえ、この時代に合う日本の新しいアイデンティティ、新しい愛国を、アメリカの合衆国議会で表現するというのは、今までの総理大臣にはないチャンスだった。その点ではとても残念だった。
アメリカの政治家には、評判が良かったのは当然だろう。
これからも、日本はアメリカに従属します、と言っているに等しい内容なのだから。
同じ年の同じ月の出来事に続き、この年の夏のこと。
総理と天皇が示す異なる愛国
二人のリーダーが示した姿勢は、70回目の終戦記念日を迎えてより対照的に感じられた。
終戦記念日前日の8月14日に閣議決定され、発表された内閣総理大臣談話のなかで気になる文言があった。戦後生まれの世代をもち出してこう踏み込んでいる。
「日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」
対照的に翌15日に行われた全国戦没者追悼式で明仁天皇は、前年のものが踏襲されてきた言葉のなかに「さきの大戦に対する深い反省」という言葉をはさんだ。
「ここに過去を顧み、さきの大戦に対する深い反省と共に、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心からなる追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」
戦後70年の年頭に示された、明仁天皇の所感のなかの「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていく」という思いが、パラオ訪問をへて、さらに一歩踏み込んだメッセージに変わったように私は感じられた。 実に対照的だ。
若い世代には、あの戦争のことを忘れさせようとばかりの総理大臣談話。
歴史に学ぶ姿勢の、かけらもない。
そして、あえて「さきの大戦に対する深い反省」という言葉を挟んだ、天皇。
決して、あの戦争を忘れてはならない、という強い意思表示。
どちらのメッセージが、心に響くかは、明白だ。
著者は、こう続けている。
過去の過ちを認め、向き合ったからといって、その国のプライドが保てなくなるわけではない。むしろ逆だろう。
たとえばドイツはどうか。日本と同じ第二次世界大戦で敗戦国だったが、アンゲラ・メルケル首相は2015年5月3日、ナチスドイツ時代に存在したダッハウ強制収容所の解放70年式典における演説でこう語っている。
「ナチスがこの収容所で犠牲者に与えた底知れない恐怖を、我々は犠牲者のため、我々ドイツのため、そして将来のために決して忘れない」
第二次世界大戦後の1949年に発足した西ドイツ時代から、ナチスの民族抹殺計画は自国の歴史上における重大な犯罪として認識され、学校教育でも取り上げられてきた。ナチスドイツの非を認め、21世紀の今もなお謝罪を続けているが、彼らのプライドは失われているだろうか。
答えはノーだ。ナチスドイツの時代の負の教訓をきちんと学んで、世界に平和的に貢献するという戦後の国家の姿勢に対して、多くのドイツ国民はプライドを持っているように見える。真摯な姿勢を表明することで、周辺諸国からの信頼を回復したドイツは、ヨーロッパ連合(EU)の実質的なリーダーを担っている。
著者は、明仁上皇が、その言葉や振る舞いを通じて示してきた、過去の歴史を直視し、もう二度と戦争をせず、平和を目指すという愛国と、東京裁判を勝者の判断と考え、改憲を含め、あらためて日本のプライドを取り戻そうとする安倍元総理たちの愛国の、どちらを目指すかは、あくまで日本人が決めることだ、と指摘する。
しかし、そういう重要な問題が、真剣に議論されてこなかった。
著者は、この章を、次のように締めくくっている。
自分の国に対して責任をもって議論をすることに、多くの日本人が慣れていないように見える。そうした状況で左右の対立軸を越えて、日本人にとって普遍的な価値観を示す存在が必要になるが、党利党略で行動する政治家にはおそらく務まらないだろう。
国を二分する本格的な議論が起こったときには、天皇の果たす役割が変わってくると私は考えている。
つまり、だれもが耳を傾けたくなる影響力と発言力をもつ天皇が、真の意味で国民の象徴となり、国の芯となるものを示すのではないだろうか。
東日本大震災の直後を振り返ってみれば、もっとも説得力をもち、国民の心に響き、勇気を与えたのは政治家の発言ではなく、明仁天皇の言葉だった。発生から5日後の3月16日に国民に向けてビデオメッセージを送ったのだ。
令和が幕開けし、徳仁(なるひと)天皇は、雅子皇后とともに今上天皇ちして初めて臨席した2019年8月15日の全国戦没者追悼式でこう述べているいる。
「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、ここに過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、全国民と共に、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」
先の天皇が戦後70年の2015年の言葉のなかに示した太平洋戦争に対する「深い反省」を、徳仁天皇も踏襲している。明仁天皇からさらに一歩踏み込んだ役割が、この先に待っているような気がしてならない。
著者の指摘は、実に重要な憲法問題にも発展する可能性があるが、私は好意的に受け止める。
改憲派も、憲法第四条「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」については、そのまま維持したいようで、天皇の政治的な発言は、憲法違反と考えているようだ。
しかし、その発言が「政治的」かどうかは、実に微妙なのである。
卑近な例では、コロナと五輪に関し、宮内庁の西村泰彦長官が「開催が感染拡大につながらないか、(天皇が)ご懸念されていると拝察している」と述べたことについて、加藤勝信官房長官も菅総理も「宮内庁長官自身の考えを述べられたと承知している」として、その「ご懸念」への考察を放棄した。
もし、天皇ご本人の発言と認識すると、政治的な発言にあたるからまずい、という忖度があったようにも思うが、それは違うのではないか。
今の感染状況で五輪開催を懸念するのは、ごくごく真っ当なことだ。
そのご発言が、多くの国民の胸に響くのであれば、国民のためにも、そのご発言内容に向き合わなければならないと思う。
それは、まさしく国民の声でもあるからだ。
昨年の8月15日、全国戦没者追悼式でも、「深い反省」という言葉があった。
そして、「私たちは今、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、新たな苦難に直面していますが、私たち皆が手を共に携えて、この困難な状況を乗り越え、今後とも人々の幸せと平和を希求し続けていくことを心から願います」と、コロナ禍にある状況に対応して言葉が補足されていた。
徳仁天皇が、五輪の開会宣言をなさるらしい。
あくまで、開会を宣言するだけで、一歩踏み込んだ発言はないだろうとは思うが、もしかして、状況に適応する何らかのメッセージが付け加えられないか、と注目している。
次回は「第八章 沖縄の人々」からご紹介したい。
