人気ブログランキング | 話題のタグを見る

マーティン・ファクラー著『日本人の愛国』より(1)

 先の記事で、立花隆が、今の日本は“ほとんど滅びるのが確実な状況”にあり、その損失を最小限にとどめるために、どうするかを考えるべき時だと指摘したことを紹介した。

 太平洋戦争にたとえるなら、ミッドウェーは終わり、ガタルカナル撤退後の状態と言う。

 なぜ、そんなことになったのか。
 その原因の一つが、敗戦を真摯に受け止めず、誤魔化してきたからだ。

 このままでは、沖縄上陸を許すことになる。


 その沖縄で、まだ収容されていないあの戦争によって亡くなった人々の遺骨が埋もれているだろう土地の土砂が、なんと、辺野古の米軍基地建設のための埋め立てに使われようとしているのだ。

 毎日新聞の五日前の記事をご紹介。
 シリーズで掲載している「常夏通信」の中の「戦没者遺骨の戦後史」で、栗原俊雄記者による45回目の記事だ。
毎日新聞の該当記事

常夏通信
その99 戦没者遺骨の戦後史(45)沖縄 戦没者を二度殺す
2021/6/24

 具志堅隆松さん(67)のハンガーストライキは3日目に突入していた。6月21日昼過ぎ、沖縄県糸満市・摩文仁の平和祈念公園。前日からこの日朝まで降っていた雨が上がっていた。沖縄戦の遺骨収容を行うボランティア「ガマフヤー」代表の具志堅さんは、園内に設置されたテントの下で座禅を組むように座っていた。激戦地だった本島南部の土砂が同県名護市辺野古で政府が進める米軍基地建設のための埋め立てに使われる可能性があることから、それを食い止めるための活動を続けている。ハンストは、3月1~6日に沖縄県庁前広場で行ったのに続き2度目だ。今月は19日と20日県庁前広場で行い、21~23日は同公園で行い、テントで寝泊まりする。

67歳、具志堅さんのハンスト

 「辺野古の米軍新基地に反対する運動と受けとめられることがありますが、基地の賛成、反対以前の人道上の問題です」「多くの人に知ってほしい。国の不条理にあらがってほしいんです」「世の中に『これは明らかに間違っている』と言えることは、そう多くはありません。しかしこれは明らかに間違っています」。取材するメディアや支援者に一言一言、しっかりと話す。
 口にするのはほぼ水分だけ。「(残り少ない)すべての栄養が脳に集中している感じです」と笑う。「(南部の土砂を使っての埋め立てを)やめさせることができるのは世論です」と、具志堅さんは言う。どんなに疲れていても、同じ質問を何度受けてもメディアに丁寧に応じるのは、その世論形成につなげたいと思っているからだ。
 「疲れていそうだし、ハンストは明日あさっても続くから、少しでも体力を温存してほしい。今日は個別のインタビューは遠慮しようかな」。そう思っている私を、具志堅さんはテントに手招きしてくれた。具志堅さんと会うのは昨年6月23日、同公園で開かれた沖縄全戦没者追悼式以来だ。
 ハンスト前の体重は50キロ弱で、もともと痩せている具志堅さんだが、隣に座って見るとさらに細くなったように見えた。私が「今体重は何キロなんですか」と聞くと「計っていません。けど(3月のハンストの後)ベルトの穴が三つほどゆるくなりました」。絶句している私に、具志堅さんは笑顔で言葉を継いだ。「夕方になるとね、疲労がたまって気付かないうちに寝ているんです」。テントから100メートルほど離れた自分の車に荷物を取りに行こうとしたが、しんどくてやめたという。「集中力がなくなってきましたね……。でも、大丈夫ですよ。まだハンスト3日目ですから」

 まだ、収容されていない沖縄戦で亡くなった方の遺骨がある可能性の高い土砂を、辺野古の米軍基地建設のための埋め立てに使われようとしている。
 具志堅さんが指摘するように、明らかに間違った行為だと思う。

 その沖縄を含め、太平洋戦争の激戦地における日本人戦没者の遺骨の収容数と残存数について、同じ毎日から引用している本がある。

 その図をスマホで撮ったので、先に掲載する。

マーティン・ファクラー著『日本人の愛国』より(1)_e0337777_13435724.jpg


 本書の著者は、この遺骨収容の状況から、何を訴えたいのか。

マーティン・ファクラー著『日本人の愛国』より(1)_e0337777_11301292.jpg

マーティン・ファクラー著『日本人の愛国』(角川新書)

 マーティン・ファクラーの『日本人の愛国』は、角川新書から6月10日付けで発行された。

 著者のプロフィールを本書からご紹介。

 ジャーナリスト。1966年アメリカ・アイオワ州生まれ。大学生のときに台湾の東海大学に留学。慶応義塾大学をへて、東京大学大学院で経済学を研究生として学ぶ。イリノイ大学でジャーナリズムの修士号を、カリフォルニア大学バークレー校で歴史学の修士号(現代東アジア史専攻)を取得した後、96年よりブルームバーグ、AP通信社、ウオールストリート・ジャーナルで記者として活躍。2009~15年、ニューヨーク・タイムズ東京支局長。11年の東日本大震災の精力的な報道で、12年ピューリッツァー賞のファイナリストとなった。著書に『同調圧力』(角川新書、共著)、『安倍政権にひれ伏す日本のメディア』(双葉社)、『フェイクニュース時代を生き抜く データ・リテラシー』(光文社新書)など多数。

 このうち、『同調圧力』については、共著の相手、望月衣塑子さんの内容を中心に、以前ご紹介した。
2019年12月12日のブログ
2019年12月15日のブログ
2019年12月16日のブログ
2019年12月19日のブログ

 「ジャーナリスト」と自称する人は、少なくないが、私は、マーティン・ファクラーさんは、その通りの職業人だと思う。

 田崎某が、政治ジャーナリスト、なんて名乗ると、虫唾が走る。

 さて、先に紹介した、戦没者の遺骨収容の件は、本書の「第四章 定まらない愛国ー島は巨大な墓である」からの引用だ。

 著者は、紹介した沖縄本島南部の土砂が辺野古の埋め立てに使われる問題も取り上げながら、遺骨に対する日米の対応の違いを指摘する。

 たとえば、硫黄島の遺骨の収容状況について、アメリカはほぼすべての戦没したアメリカ人の遺骨を収容しているが、日本は多くの遺骨を放置していることを指摘した後に、こう書いている。

 世界中に放置されている日本人の遺骨

 日本人の遺骨が放置されているのは硫黄島だけに限らない。厚生労働省の「戦没者の遺骨収集の推進に関する検討会議」が2019年5月に発表した資料によれば、太平洋戦争における海外戦没者に沖縄戦と硫黄島の戦いを加えた人数は、約240万人にのぼる。そのうち帰還を果たした遺骨は約128万柱。戦後から70年以上の歳月がすぎているのもかかわらず、いまだに約112万柱もの遺骨が収容されていない。
 約112万柱のうち収容可能な遺骨は最大で約59万柱、相手国の事情によって収容困難と見なされている遺骨が約23万柱、海没してしまった遺骨が約30万柱とされている。
 ここで注意したいのが、帰還を果たした約128万柱の遺骨のほとんどが、旧軍人が帰還するときに持ち帰ったものであることだ。日本政府によって収容されたものは4分の1強の約34万柱にとどまっている。しかも、日本政府はこの間に何度も収集事業を終わらせようとしてきた。
 日本とアメリカのこの違いは何だろう。戦死者の数が理由ではない。戦争という史実への向き合い方、とらえ方の違いだと私は考える。歴史を直視してきたか否かの差が、収容されていない遺骨数に反映されているのではないか。

 著者は、アメリカでは、遺体および遺骨の収容は、アメリカ軍が責任をもってあたっていると指摘する。

 太平洋戦争を含めた第二次世界大戦から朝鮮戦争、ベトナム戦争をへて湾岸戦争やアフガニスタン戦争、イラク戦争などにおいても、戦争の目的などに対する議論とは別に、戦没者への最大限の敬意感謝、哀悼の思いを捧げる。
 ハワイには遺骨のDNAを分析して、身元を特定するアメリカ軍の関連施設がある。軍主導で行われる徹底した収容と分析を経て、遺骨は遺族のもとへ帰っていく。

 一方の日本は、ということだ。

 著者は、日本政府は、戦争の話題を避けるために、遺骨収集に力を入れてこなかったのではないか、と指摘する。

 自民党政権のもとで、日本が敗戦国となった太平洋戦争の議論は棚上げされ続けてきた。戦後の日本は、国防はアメリカ軍にゆだね、経済成長に力を入れてきた。高度経済成長をとげて世界2位の経済大国へ発展していくなかで、太平洋戦争への総括は政府によって意図的に遠ざけられた。
 戦後、日本に今のような豊かな社会ができたのは、国民が力を合わせて、皆で全力を尽くして働いてきたからである。経済発展を目指すという戦後社会の新しいコンセンサス(共通の考え)が必要だった。このコンセンサスがあったから、日本が焼け野原のがれきから立ち上がって、世界から尊敬される経済大国になったのである。
 コンセンサスを作るために、過去を見ないことにした。日本の占領を成功させるためには天皇を東京裁判にかけない、と連合国軍最高司令官マッカーサー将軍が最初に決め、戦後日本を支配してきた自民党とエリート官僚も同じ路線を継続してきた。
 戦後の日本の支配者にとって、戦争の記憶を棚上げするもう一つの目的があったと私は考える。戦後の政治家や官僚の多くは、戦争に直接に関わったか、または、戦前・戦時中のリーダーの息子や孫だったから、戦争責任を追及するのを避けたかったのだろう。新しい経済大国を造るには、国民の追従と動員が必要だった。
 戦後のコンセンサスを作るために、戦争についての社会議論をしなかった。根本的な問いさえ投げかけなかったのである。あの戦争はなぜ起きたのか? 日本は何のために戦ったのか? 約310万人もの人がどうして亡くなったのか? このような議論をしたことがある人はどれくらいいるだろうか。

 この著者の指摘から、どうしても、現在の日本のことを想起してしまう。

 コロナとの戦いも、戦争の一つだと思う。

 なぜ、コロナとの戦争のまっただ中で、日本は五輪開催という、感染阻止と逆行する行為を突き進めようとしているのか。

 まだ、現在進行形のうちに、この根本的な問いが議論されなければならないと思う。


 日本人の愛国を考える本書でも、敗戦を真摯に振り返ることの重要性が、何度も指摘される。

 なぜ、必ず負けると分かっていたあの戦争に突入したのかを、しっかりと分析し、将来に生かすことは、立花隆の遺言にもこたえることだ。

 目次をご紹介。

  第一章 愛国は多層的だ
  第二章 戦前の愛国ー上からの愛国は命さえも軽んじられる
  第三章 元兵士たちの愛国ーナショナリズムの拒絶と新しい表現
  第四章 定まらない愛国ー島は巨大な墓である
  第五章 戦後の転機 その1-尖閣諸島問題
  第六章 戦後の転機 その2-3.11
  第七章 天皇が示した愛国
  第八章 沖縄の人々

 次回は、第一章に戻ってご紹介したい。

名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by kogotokoubei | 2021-06-29 12:09 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Trackback | Comments(0)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31