安藤祐介著『本のエンドロール』より(15)
2021年 05月 30日

安藤祐介著『本のエンドロール』
安藤祐介著『本のエンドロール』から十五回目。
本書は、講談社から単行本が2018年3月に、文庫は今年4月に発行された。
引き続き、「第3章 『ペーパーバック・ライター』」から。
曾我部瞬が作家生命を賭けている新作は、編集者の奥平のアイデアで、できるだけ読者が手に取りやすい価格にするためカバーもなおペーパーバックの仕様にすることになった。印刷会社の営業浦本は、書店や評論家に事前に配布するプルーフをカラーの豪華版にする提言をした。
しかし、プルーフが高くなるコストを本の定価に乗せては、奥平の構想に逆行する。
浦本は、なんとかプルーフ費用を豊澄印刷で持つことができるよう上司毛利部長に提案するのだが、慈善事業じゃない、と却下された。
浦本は、ふじみ野工場の野末に相談したところ、野末から提案があった。
「デクノを使うんだよ」
これしかないと確信した。だが受話器の向こう側、浦本からは反応がない。少しの間のあと、唸る声が聞こえてきた。
<あいつにできるか・・・・・・?>
「どうせ金食い虫だ。遊ばせておくよりマシだろう」
野末は電話を終え、めったに立ち入ることのない建屋を訪ねた。全長三十メートルにもなろうかというコの字形の巨大な体躯は、導入から三年以上経った今もまるで新品のようだ。
インクジェットデジタル輪転印刷機『DCN6963』。
通称・デクノ5963。連結されたデジタル製本システム『オメガライン』とセットで「デクノ」と呼ぶ。
デクノは三年前、慶談社との共同出資により十四憶円を投じて導入された。豊澄印刷は倉庫として使っていた建屋を改修し、デクノを設置した。印刷から製本まで全工程ワンストップ化を実現するという触れ込みのもと鳴り物入りで導入されたデクノだが、ほとんど使われず維持管理費を食いつぶしている。デクノを雨風から守る建屋は“デクノ堂”と揶揄されている。
印刷から製本までワンストップがデクノの売りだが、対応範囲は小ロットかつ絵柄の少ない刊行物に限られる。
結局、デクノを使う仕事はごく一部となっていた。
野末は、少し凝ったカラー版のプルーフという販促物は、デクノにうってつけだと思ったのである。
「キュウさん、いますか」
「おう、マー坊か。ここだよ」
声だけが聞こえる。キュウさんこと山際久(きゅう)は巨大なデクノの陰に隠れている。野末はデクノの躯体の裏側に回る。バインダーを片手に、デクノの点検をするキュウさんの姿があった。
キュウさんは三年前に脳溢血で倒れ、奇跡的に一命を取り留めた。定年まであと一年。滅多に使われないこの金食い虫を、毎日メンテナンスしている。
「どうした」
キュウさんはデクノの躯体に手を突きながら、ゆっくりと歩いてくる。左足に軽度の麻痺が残り、やや引きずるような格好になる。
「デクノにいい仕事が降ってきそうですよ」
野末は浦本から聞いた『プルーフシフト作戦』のことを話した。
「おい、デクノボー、出番だとよ。ずっと暇こいてた分、しっかい働こうや、なあ」
キュウさんは笑いながらデクノの廃熱ダクトの表面をポンと叩く。
キュウさんのおかげでいつでも稼働可能なデクノに、出番はきた。
そのキュウさんは、野末が入社した時に一号機の機長として、野末が印刷機のイロハを教わった人だった。
浦本は、上司毛利部長に、プルーフ制作でデクノを使うことで稼働率アップに貢献することを強調し、会社としてもデクノの用途の拡大を評価し、プルーフ費用を重版を期待し豊澄で持つことが承認された。
仲井戸からも、デクノの稼働率という切り口を持ち出したことはファインプレーだ、と評価された。
さて、データ制作部では、福原笑美が、曾我部の手書きの原稿の入力が終了した。
ふじみ野工場では、金食い虫が、復活を遂げようとしていた。
キュウさんは調整パネルの前に立ち、デクノを見上げた。
「デクノボーや、いい夢見させてくれ」
起動させると、巨大な躯体からは想像しがたい繊細な稼働音が建屋の中にこだまする。静かな稼働音は彼の売りの一つだ。
「これ、稼働を始めてるんですよね」
「ああ、静かだろう。デカい図体してるくせに、大人しい奴だからな」
カラーの表紙をまとったプルーフが一冊、また一冊と排出口に現れた。仕事は極めて遅いが、印刷から折丁、丁合、製本まで、全て一人でやってのける。
のんびり屋で愚直な工員を思わせる、丁寧な仕事だ。
「ようやく五十部完成か。あと四百五十部だ。マイペースな野郎だなあ」
こんな気前のよい豪華版のプルーフは見たことがない。通常なら制作費用が嵩むところだが、ワンストップのデクノだからこそ、低コストで対応できる。
プルーフ印刷が終わって、野末はキュウさんに、デクノで『ペーパーバック・ライター』本紙の印刷ができそうかを確認した。
四千部、カバーなし、表紙はコート紙、本文は上更紙の仕様なら、キュウさんはデクノで出来ると言う。
元々、ペーパーバック主流の海外で多用されているのが、デクノだった。
そんな会話の後に、野末に浦本から電話があった。
野末は身構えた。また無理難題でも押し付けられるのだろうか。
「何の話だ」
<『ペーパーバック・ライター』の単行本、デクノでやれないかな>
野末は薄気味悪くなり、受話器を握り締めた。
「こっちも今、その相談をしようと思っていたところだ」
こうして、デクノがプルーフも本編も印刷することになった。
クリスマス間近の晴れた日の午後、慶談社の編集部に立ち寄ると、奥平がこちらへ向かって手招きしてくる。何だろう。恐る恐る近付くと、奥平はパソコンの画面を指差した。
「有志の書店員さんたちが合同で『ペーパーバック・ライター』のパネルを作ってくれることになりましたよ」
全国各地各店、十数人の書店員から寄せられたコメントが吹き出しで並び、真ん中にはプルーフの表紙の画像がレイアウトされている。『ペーパーバック・ライター』の発売と同時に店舗で展開してくれるのだという。
書店の協力を得たものの、初めは売れ行きが芳しくなかった。
曾我部は、SNSで引退宣言を出した。
しかし、奥平は浦本に、必ず宣言を撤回させると自信ありげに語る。
それから数日後、奥平から浦本に電話が入った。
<浦本さん、曾我部瞬『死者の証言』の文庫が重版決まりました! 三千部、手配お願いします>
あろうことか、引退宣言の後、文庫に重版がかかったのだ。
<全国で、特定の書店員さんが『ペーパーバック・ライター』を強烈に推してくれた反響です>
プルーフを読んで曾我部瞬という作家に注目した書店員が『ペーパーバック・ライター』と一緒に文庫の数々を並べて『曾我部瞬フェア』を展開してくれていたのだ。
単行本での重版にすぐには結びつかなかったが、読者がハードルに低い文庫から手を取り始めた。文庫旧作品の実売数が伸び、いくつかの作品で重版がかかった。
その後、一ヵ月程経って単行本『ペーパーバック・ライター』の重版千五百部が決定した。
約束どおり、重版を果たした曾我部は引退宣言を撤回。重版の報せを受けた時、曾我部瞬は奥平に詫びながら、泣き崩れたという。
浦本は、重版決定後、すぐにふじみ野工場のキュウさんに連絡した。キュウさんは<そうか、そうか>としみじみ喜んでくれた。
<ありがとう、あんたとマー坊のおかげで、いい夢が見られたよ>
あらためて、一冊の本がでこきるまで、そしてその本が読者の手に渡るまで、なんと多くの人が携わっていることかと思う。
このシリーズ、これにてお開きとします。
あらためて、この『本のエンドロール』の、特別なエンドロールをご紹介。

本書の制作に関わった人たち、その仕事の内容は次の通り。
印刷営業、本文進行管理、組版進行管理、オペレーター、校正、本文面付、刷版、本文印刷機長、印刷オペレーター、カバー進行管理、装幀校正管理、色校正、カバーオペレーター、校正、刷版、カバー印刷、表面PP加工、帯進行管理、色校正、下版、刷版、帯印刷オペレーター、製本進行管理、三方断裁、くるみ、仕上げ、断裁、フィルムパック加工、配本
さて、これからテニスだ。
月に一度の電話で翌月の予約を取り合うので、必ずしも時間が一定せず、今日は午後からだ。
時間があるので、その前に本屋に立ち寄るつもり。
さて、どんな本に巡り合えるかな。
このシリーズへの長々のお付き合い、誠にありがとうございます。
さて、
本造りはチームプレーの創造力なのですね。
ご心配おかけしました。
三時まででしたが、ちょうど終わったら降ってきました。
ラッキーですね。
本造りや、出版、印刷のことを知ることのできる良書です。
こういう本、あまりないですね。
