赤木雅子・相澤冬樹著『私は真実が知りたい』より(6)
2021年 02月 25日

赤木雅子・相澤冬樹著『私は真実が知りたい』
文藝春秋より2020年7月15日初版発行された『私は真実が知りたいー夫が遺書で告発「森友」改ざんはなぜ?』から六回目。
本書は、森友関連の公文書の改ざんを強いられたことで心身ともに疲れ果て命を絶った赤木俊夫さんの奥さん雅子さんが、NHKを退職し、大阪日日新聞に転職した相澤冬樹記者の協力を得て出版したものだ。
前回は、2017年2月26日、四年前の明日を最初に、泣いて反対したにも関わらず、森友関連公文書の改ざんを本省からの指示で行った後、赤木俊夫さんは、心身の変調をきたしたこと。
期待した人事異動もなくなって、うつ病と診断されて7月から病気休暇をとることになり、そのまま戻ることなく、検察の非礼な長電話での事情聴取などもあって、病状は悪化し、事件発覚から一年余り後の2018年3月7日に、自らの命を絶つことになったことなどをご紹介した。
岡山で行われた赤木俊夫さんの葬儀には、財務省や近畿財務局の幹部はほとんど参列しなかった。
そして、数少ない職場の参列者は、誰も記帳しなかった。
雅子さんは、後で、記帳しなくていい、と発言した人物が誰かを知った。
今回は「第5章 信じていた同期の裏切り」から、その人物のこと。
深瀬康高さん。1987年(昭和63年)国鉄の分割民営化で財務省に移ってきた同じ転職組の“同期”で、研修所で親しくなったそうだ。職場での一番の親友だったし、一番信頼していた。家族ぐるみのお付き合いで、私も親しくしていた。
トッちゃんが亡くなった日、私は親族以外では真っ先に深瀬さんに電話した。深瀬さんは当時、京都財務事務所の舞鶴出張所の所長だったから遠くにいたけど「すぐに行くから」と言ってくれた。近畿財務局で頼りにできるのは深瀬さんだけだと私も信じていた。
でも翌日、自宅にやってきた深瀬さんの言葉に耳を疑った。「近財(近畿財務局)は赤木に救われた」。それってどういうこと? トッちゃんは亡くなって、財務局は救われた。それっておかしくない?
これは、国鉄からの同期で、一番の親友の言う言葉ではなかろう。
そして私に「財務省で働きませんか?」と持ちかけてきた。夫を亡くした私に職を世話してくれたと受け取ることもできるけど、私は即座に答えた。
「佐川さんの秘書にしてくれるならいいですよ。お茶に毒盛りますから」
それを聞いて深瀬さんは黙り込んだ。
この雅子さんの反撃は、なんとも鋭い。
深瀬さんの言葉は不信感を抱くことの連続だったが、それでも私は深瀬さんを頼りにしていた。彼しか頼れる人がいなかったから。例えばマスコミ対応。トッちゃんの死が報じられてから、岡山の実家にいた私のところにマスコミが押しよせてきた。続々とやってきてインターホンを押し、コメントを求めようとするマスコミが怖かった。どうしたらいいのか、私は深瀬さんに相談した。すると深瀬さんは助け船を出してくれた。
「弁護士にお願いしたらどうですか? 近畿財務局に勤めていたいい弁護士さんがいますよ」
そうして紹介してくれたのが中川勘太弁護士だ。2005年から二年間、近畿財務局で法務専門官として勤務したことがある。近畿財務局の人たちと親しい関係にあるようだった。
弁護士は、取材に来た媒体やフリーライターに連絡を取り、取材の自粛を要請し、強引なメディアには抗議文を送った。
次第にマスコミの過熱取材も鎮まっていったので、雅子さんは中川先生と、紹介してくれた深瀬さんに感謝していた。
深瀬さんに不信感を覚えながらも頼りにしていた私が「これはおかしい」と強く感じたのは、麻生財務大臣をめぐる対応だった。トッちゃんが亡くなって三か月がたった六月のある日、深瀬さんから電話があった。
「麻生大臣が墓参に来たいと言っているんですが、どうですか?」
私は即座に「来てほしいです」と答えた。大臣がお墓の前で手を合わせてくれたらトッちゃんも喜ぶと思ったのだ。すると深瀬さんは「麻生大臣に来て頂きます」と言って電話を切った。ところがその後、私には知らせずに実家の兄に電話をかけた。「妹さんは大臣に来てほしいと言っていますが、マスコミが押しかけてきて対応が大変ですよ。お兄さんはお断りということでいいですね?」
そんな風に言われて、兄はやむを得ず「それでいいです」と受け入れた。その上で深瀬さんは次の日、再び私に電話してきた。「そういうことにしますから。いいですね」と一方的に告げられて、その時の私には何も言えなかった。
しばらくして麻生財務大臣が国会で「遺族が来て欲しくないということだったので伺っていない」と答弁しているのを見た。私が言ってもいないことが、まるで事実のように語られ、それを理由に墓参に来ないとは、あまりに理不尽だと感じた。結局、私の意思なんてどうでもいい。大臣は墓参に行きたいと言ったけど遺族に断られた。そういう形を作りたかっただけなんだろう。
それからまもなくして、近畿財務局の美並局長(当時)がお供の人たちと自宅にやってきた。深瀬さんも一緒だ。この時、美並局長は言った。
「あと、深瀬から少しお話もあった、うちの麻生大臣がお墓参りに来たいっていう件はですね、奥様のご意向を伝えたところ、それでは控えさせて頂きますということになりましたので。まあ、ご安心下さいと言うのもなんですけど、おそらくまたいろいろ気を使われると思いますんで。私も大臣来るのにはあんまり賛成できなかったので、よかったなと思ったんですけどね」
私が言ってもいない「ご意向」が、またしても事実のように語られた。
麻生財務大臣の墓参は今も実現していない。私は来てほしかった。そう深瀬さんにはっきり言ったのに、私の意向はなかったことにされ、別の「意向」にすり替えられた。深瀬さんはトッちゃんの親友だと思って信頼していたのに、結局は組織のために動いていたんだ。それがはっきりわかって、私は深瀬さんから距離を置くようになった。
麻生大臣の墓参は、遺族の意向で実現しなかったのではない。
雅子さんは、来て欲しいと、トッちゃんの親友と思っていた人物に伝えていた。
同期の死で組織が救われた、と言ったその深瀬康高は、現在、大津財務事務所の所長である。
雅子さんは、誰を信じたらいいのか、誰が助けてくれるのか、そんな不安な日々を送っていた時、ある動画に目がとまった。
「ユーチューブ 森友学園」で検索したら出てきた動画。11月27日朝6時56分、私は中川先生にメールを送った。
<YouTubeに大阪日日新聞相澤冬樹記者の神戸での講演会の様子がアップされていました。最後30分くらいの所で夫の事を話されていたのが気になったので会ってお話を伺いたいと相澤さんにメールをしました。お返事いただけましたらお会いしたいと思っています>
トッちゃんのことを講演で話してくれた。トッちゃんのことを忘れていない人がここにいる。それが何よりうれしかったのだ。
ようやく、赤木雅子さんと相澤冬樹記者との接点が、できそうだ。
ということで、次回からは相澤さんんが担当する第6章以降をご紹介したい。
とはいえ、雅子さんの書かれた関連部分も、引用するかもしれない。
なお、Newsポストセブンの昨年4月の記事で少し古くなるが、森友関連の財務省、近畿財務局の関係者のその後について書かれていた。
その後にまた異動があったかどうかは分からないが、引用したい。
Newsポストセブンの該当記事
2020.04.01 16:00 週刊ポスト
昭恵夫人お付き秘書は出世 森友「関係官僚15人」のその後
森友学園をめぐる改竄の全責任を負ってクビになった佐川宣寿氏(元国税庁長官、元財務相理財局長)に、いまや次期財務次官の本命と目される太田充氏(財務省主計局長、元理財局長)。赤木俊夫・元近畿財務局上席国有財産管理官(享年54)は、文書改竄を佐川氏から指示されたことなどを遺書に残し、自殺した。ほかにも、森友問題は数々の官庁、全国の役人たちの人生を大きく変えた。
佐川氏と対照的なのが、理財局長だった彼とともに改竄に手を染めたその部下らだ。
上司である佐川氏の指示を忖度し、改竄作業では、「過剰に修正箇所を決め」(亡くなった赤木氏の手記)ていったとされる小役人根性丸出しの人々だが、中尾睦・理財局次長は現在横浜税関長、中村稔・理財局総務課長は駐英公使、冨安泰一郎・理財局国有財産企画課長は官邸に呼ばれて内閣官房参事官、田村嘉啓・国有財産審理室長は福岡財務支局理財部長とそろって順調に出世している。
本省からの指示を受けた赤木氏の同僚である近畿財務局の3人は出世の明暗を分けた。
本省からの指示に戸惑う部下たちに、「全責任を負う」と言って改竄をやらせた美並義人・近畿財務局長は、「そんなことは言っていない」と逃げて東京国税局長に栄転。不正に手を染めることに悩む赤木氏に対し、当初は「応じるな」と言いながら本省の圧力に負けて「やむを得ない」と応じざるを得なかった楠敏志・管財部長は出世できないまま退職した。
赤木氏の直属の上司である池田靖・統括国有財産管理官は、一切の沈黙を守って管財総括第3課長に出世している。
◆注文付けた官僚は退官
国会答弁をしくじった官僚の処遇は容赦ない。森友学園への国有地の売却にあたって、評価額を大幅にダンピングした国土交通省では、国会答弁を迷走させた佐藤善信・航空局長はすぐに退職させられ、現在は“閑職”の運輸総合研究所理事長に天下り。佐藤氏とともに対応にあたった平垣内久隆・航空局次長も出世コースからは外れている。
森友改竄問題渦中にNHKに出演して「部分的に検証できないような状況は問題がある」と注文をつけた河戸光彦・会計検査院長もその後退官、現職は不明だ。
見栄も外聞もかなぐり捨てて安倍首相個人に忠誠を尽くす姿勢を示さない限り、出世も好条件の天下り先も与えられない。
佐川の後任の太田充は、昨年の人事で予想通り財務事務次官になった。
赤木俊夫さんは、手記で太田の国会での説明内容に、虚偽答弁、と断じていた。
退職した佐川にしても、その退職金は、約5000万円である。
これ、税金からだ。
そして、雅子さんに墓参を要請されたのに、断られたという嘘をついている麻生財務大臣は、何ら責任をとらず居座っている。
今回の総務省接待事件においても、森友事件と本質的に同じ背景が要因となっている。
人事権を盾に官僚を意のままに動かし、従わないものは除外する、という伝統は継承されている。
あらためて、本書表紙帯の、雅子さんのイラストを掲載する。

「契約者は国民です」と言っていた赤木俊夫さんのことを忘れてはならない。
