映画「すばらしき世界」ー原作との違いのことや感想。
2021年 02月 15日
これで、渡辺王将の三勝一敗。
分からなくなってきたぞ。
今後のスケジュールを毎日新聞の特設サイトで確認。
毎日新聞の特設サイト
第5局3月1、2日(月、火)佐賀県上峰町「大幸園」
第6局3月13、14日(土、日)島根県大田市「さんべ荘」
第7局3月20、21日(土、日)新潟県佐渡市「佐渡グリーンホテルきらく」
少し間が空く。
最終の佐渡決戦まで持ち込まれることを期待している。
さて、12日の金曜日の午後、映画「すばらしき世界」を観た。
こちらが、予告編。
昨年夏、原作の佐木隆三著『身分帳』を拙ブログで九回シリーズでご紹介した。
2020年8月18日のブログ
2020年8月19日のブログ
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こちらが、公式サイト。
映画「すばらしき世界」公式サイト
■主なキャスト
三上正夫:殺人の罪で13年間の刑務所生活から満期釈放となった男 役所広司
津乃田龍太郎:元テレビ局社員で小説家を目指す青年 仲野太賀
松本良介:三上の住む町のスーパーの店主 六角精児
井口久俊:社会福祉事務所職員&ケースワーカー 北村有起哉
下稲葉明雄:三上の昔のヤクザ仲間 白竜
下稲葉マス子:明雄の妻 キムラ緑子
吉澤遥:テレビ局プロデューサー 長澤まさみ
西尾久美子:三上の別れた妻 安田成美
庄司勉:三上の身元引受人の弁護士 橋爪功
庄司敦子:勉の妻 梶芽衣子
ここからネタバレになるので、知らずに観たい方は、鑑賞後にお読みのほどを。
まず、原作との大きな違いを確認。
■原作と映画の大きな違い
(1)時代設定
原作では、主人公の山川一が旭川刑務所を満期出所するのは、昭和61年。
映画では、ほぼ現代。
前科者、元ヤクザの主人公が長い刑務所生活から社会に戻り、かたぎになって生きていこうとする葛藤を描く、というテーマにおいては、時代は現代でも良い、とは思う。
しかし、小説で伝わるもう一つの事実は、戦争が一人の人間の人生を大きく左右していた、ということだ。
戦争というテーマが、この映画からすっぽり抜けたことは、残念。
(2)「身分帳」の扱い
原作では、著者佐木隆三に本人から送られたもので、小説の中で、適宜その内容が紹介される。結構、膨大な情報が掲載されている。
映画では、主人公三上正夫が、母を探して欲しいがためにテレビ局に送り、それを津乃田が読む場面で、主人公のプロフィールが次第に明らかになるという演出。

佐木隆三著『身分帳』
原作では、第一章の扉で、「身分帳」について、次のように記されている。
〖昭和五十三・三・二二 法務省矯正局長通達〗
収容者身分帳簿は、被収容者の名誉、人権に関する事項及び施設の適性な管理運営上必要な事項等が記載されており、その性質上全体として外部に対して秘として取り扱うべきものであるが、秘密性は被収容者の出所後、更には当該身分帳簿の保存期限経過後といえども変わるところはない。したがって、出所によりう終結し、釈放後施設において保存すべき身分帳簿の取扱いは、在所中の者の身分帳簿と同様慎重を期すべきである。
身分帳は、拘置所に入った時点で作成される。その人物の性格や犯歴はもちろん、拘留中の手紙や差し入れ、面会人のリストなどなども記されている。もし、別な場所に移送、移監される場合、身分帳さえあれば申し送りできるようになっている。
個人情報の最たるものかと思う。
主人公は、刑務所での暴行事件の裁判で身分帳を証拠をしたことで、それを自分が書き取っていた。
(3)主人公出所後の職歴
運転免許を所得するための苦労は映画でも描かれているが、原作では、実際に免許を取得し運送会社に勤めたのだが、事故を起こしている。
その代わりに、高齢者のための施設に介護士見習いで勤務する姿が描かれている。
現代が舞台なら、なるほど、という設定。
(4)亡くなった場所
原作では福岡市のアパート。ある理由から東京のアパートを引き払って福岡に引っ越していた。
映画では、福岡への引っ越しを割愛して、都内のアパート。
話をシンプルにするための脚色だとは思うが、最期の場所は、やはり福岡であって欲しかった。
■ほぼあらすじ順に原作からの補足や感想など
[1]旭川刑務所からの出所
雪国の刑務所から13年の刑期を経て出所する主人公三上正夫。
原作では、旭川駅まで刑務官が付きそうが、映画ではバス亭で刑務官と別れた。
映画では、13年間旭川に服役していたように描かれていたが、原作では、もう少し複雑な経緯があった。
四十八年四月、東京の葛飾区でキャバレーの店長をしていたとき、喧嘩で人を死なせて亀有警察署に逮捕された。東京地検から傷害致死で起訴され、公判中に殺人罪に訴因変更された。その年十二月、東京地裁判決は求刑どおりの懲役十年で、控訴・上告したが棄却されて、四十九年十月に刑が確定したのである。映画では、前科10犯として、殺人だけではない罪状があることは伝えている。
四十九年十一月、確定移監で宮城刑務所へ送られ、満期日は五十八年四月十六日だった。しかし、工場で同囚と喧嘩した傷害罪で、仙台地裁で懲役三月を追加された。
五十二年九月、旭川刑務所へ不良移送されて、更に二回の追加刑があった。同囚への暴行で懲役十月。看守と衝突した暴行・傷害・公務執行妨害で、懲役一年二月。
こうして満期日が、延びてしまった。刑期は単純な足し算ではないから、未だ山川も計算の仕方がわからない。
しかし、刑務所内での暴行のことなどは伝わらない。
私は、主人公の人となりを示すためには、必要だったような気がしている。
つい、カッとなる性格を物語る。
しかし、裁判の様子を振り返るシーンで、傷害致死から殺人に変わる場面が描かれていたのは、良かった。
安田成美の演技も、悪くない。
[2]身元引受人宅での食事場面
東京で身元引受人の弁護士庄司と出会い、弁護士宅で、すき焼きをご馳走になった。
ここで、三上が感極まる場面は、ぐっときた。
原作では、次のように、弁護士事務所で雑煮だったが、主人公の思いは、映像で十分に伝わった。
「気をつけなさいよ」
注意されながら、薄暗い階段を登った。二階の廊下の突き当たりにドアがあり、タバコ屋の真上が事務所だった。
ストーブ暖房が効いた部屋に入ると、五十半ばの和服の女性が笑顔で迎えた。
「どうぞ、どうぞ、お疲れでしょう」
「ずっと食事をしていないどうだ。・・・・・・山川君、家内だから遠慮することはない」
そう言われて、いっそう緊張した。手紙に「出所後はわが家に居住することにして」とあったが、刑余者が転がり込むのだから歓迎されるはずもない。
「山川一と申します。この度はいといろ配慮いただき、誠に有り難うございます。未熟者ですが、なにとぞ宜しくお願い致します」
「はい、はい。堅苦しい挨拶はそれぐらいにして、こちらにお掛けなさい」
「失礼します」
丁寧にお辞儀して、ソファーに腰を下ろした。角部屋の東側に机や書類棚、北側の窓に面して応接セットが置かれている。
「山川君、食べなきゃダメだよ」
「いいえ、食べられないです」
「僕はお雑煮を食べる。君も付き合いなさい」
ストーブの上に、鍋が乗っている。さきほどからの懐かしい匂いは雑煮だった。
「じゃあ、汁だけいただきます。お餅は喉につかえそうなので遠慮致します」
ソファーに畏まっている間に、「すぐ山川さんと分かったんですか?」「以前に刑務所から写真が届いた」「刑務所ってそんなことまでするのねぇ」「違うよ、本人が撮影を依頼するんだ」と夫婦の会話があった。そういえば昭和五十三年の正月、旭川へ移監されて元気でいる証拠に、撮影代四百五十円のカラー写真を郵送した。
「どうぞ、召し上がれ」
夫人に出された朱塗りの椀に、野菜と椎茸と蒲鉾が入っていた。一口すすって美味しさに胸は熱くなった
弁護士役は、まさにこの人しかいないなぁ、と思わせる橋爪功。
意外だったのは、その妻役だ。
テレビの鬼平のイメージが強い梶芽衣子は、こんな役もできるんだねぇ。
[3]津乃田と「身分帳」
元テレビ局員で、今は小説家を目指す青年、津乃田龍太郎。
西川監督は、この津乃田に、小説の原作者佐木隆三の姿をオーバーラップさせたのだろう。
三上が母親を探して欲しいがためにテレビ局に送った身分帳を書き写したノートが、プロデューサーの吉澤から津乃田の家に宅配で送られてきた。
彼が、身分帳を読む部分がとことどころに挟まれる演出は、小説的な流れを作っている。
[4]社会福祉事務所や警察でのストレス
身元引受人の庄司と三上は、生活保護を受けるため社会福祉事務所を訪ねた。
ケースワーカー井口から「職歴は?」など、提出した書類で分かるはずのことを聞かれ、三上は興奮し始める。
弁護士庄司は「彼は断るのが仕事だから」となだめる。
生活保護申請の実態を、かいま見た。
やりとりの中でついに激高した三上が、倒れる。
井口役の北村有起哉が、はまり役。
いかにも、役所の職員と言った感じだ。
その後、公務員との会話でのストレスは、免許証を更新に行った警察署の女性警官とでもあった。
なぜ更新できなかったのかと聞かれ、「できるわけないでしょ」と言い返す三上の姿も印象的。
ケースワーカーの井口は、仕事の世話をしてくれたとはいえ、三上に対する姿勢は、まさに役所の人間のそれだ。
女性警官も、忙しいとはいえ、そっけない。
きっと映画で描かれたと同様、前科者や元ヤクザへの対応は、周囲の庶民より公務員の方が冷たいのだろう。
本来は、逆であるべきではないのだろうか。
[5]病院、薬
運ばれた病院での女医、どことなく冷たい印象。普通なのだろうが、そう見える。
病院の場面は、もう一度あって、「安静にするよう言いましたよね。言うことを聞かなければ、どうなっても知りませんよ」という言葉が、その後の結末を暗示する。
なお、三上が降圧剤を飲み込む場面は、何度も登場する。
[6]自営スーパーの店主との出会い
三上が店の品万引きしたと間違われてから始まったのが、親が八百屋だった店をスーパーにしたと思しき店の主人との出会い。
これが、いい人なのだ。
運転免許を取る費用を貸すなど、三上の社会復帰を応援する。
原作では、もっと高齢だったが、三上の部屋での就職祝いでギターを弾く店主の存在も楽しい。
[7]三上の喧嘩と津乃田の動揺、吉澤の罵倒
吉澤、津乃田は、三上が社会復帰する姿をドキュメンタリーにすべく、三上に焼き肉をご馳走する。
そうすれば、探している母親も見るかもしれないと言われた三上は、承諾。
その焼き肉屋を出てから、サラリーマンを思しき男がヤクザ二人に脅されている場面に遭遇した三上。
正義感と、カッとなる性格が顔を出した。
ヤクザ二人を半殺しにする場面で、津乃田はつい、カメラと止め、逃げ出した。
追う、吉澤。
追いついた吉澤から津乃田は、罵倒される。
「カメラを回さないならあいつらの間にはいって止めろよ。それが出来ないなら撮影して皆に知らせろよ。お前みたいな中途半端な人間が一番駄目なんだ」
原作にはない存在の吉澤に、西川監督の、映像制作に携わるプロとしての心構えを代弁させたのかもしれない。
[8]分岐点としての、ラーメン
インスタントラーメンを作っていた三上に、津乃田からの電話。
津乃田「何で闘ってぶちのめすしか策がないと思うんですか。そこが変わらない限り、あなたは社会じゃ生きていけない」と三上に諭すのだが、三上は「お前らみたいな卑怯な人間になるくらいなら、死んでけっこうたい」と返す。
電話を切り、少し箸をつけたが、残りのラーメンを部屋にまき散らす三上。
抑えられない彼の思いが、この行動で表現される。
ここが、一つの分岐点だ。
なんとか、かたぎの生活をするために、周囲の視線にも耐え、下げたくない頭も下げてきた三上が、また元の世界に戻ろうかと思う分岐点。
見つめるのは、ボールペンに隠していたメモで、それはヤクザ仲間の下稲葉の携帯の電話番号だ。
[9]ヤクザ仲間との再会
ヤクザ仲間の下稲葉を訪ねた三上。
しかし下稲葉の子分が金を持ち出して脱走したため、下稲葉不在となり、しばらく釣りなどをして過ごしていたが、釣りをした帰り、下稲葉の家には警察が。
家に行こうとする三上を下稲葉の妻、マス子が止める。
「ふいにしたらあかんよ」とマス子。三上は「娑婆は我慢の連続で面白うない」と返すが、マス子は言うのだった。
「そやけど空が広いち言いますよ」。ラストシーンにも、この映画のタイトルにも通じる重要な言葉だ。
キムラ緑子の演技、効いていた。
[10]養護施設訪問
津乃田から電話で、かつて三上が少年時代を過ごした養護施設に連絡が取れて、古い資料を調べてくれるというからと、同行することになった。
映画でも、その施設の雰囲気は出ていた。
原作では、今は県立の施設になっているかつての孤児院を訪ねた主人公の回想を、こう記している。
『身分帳』には、「昭和二十年末ころ終戦直後の社会混乱の中で母親が生活事情から本人を孤児院に預けて音信を絶ち、近くの進駐軍キャンプ兵舎のアメリカ軍将校宅に里子として引き取られて約二年間を過ごし、二十三年十二月ころ将校家族とともに神戸市へ移った」とある。
パンフレットと自分の記憶とも付き合わせてみた。
二十年十二月=竜華孤児院に預けられた。
二十一年十二月=アメリカ軍人の里子になる。
二十二年一月=萬行寺が施設を同胞援護会に寄贈。
二十二年二月=施設の経営が県に移管される。
二十三年十二月=アメリカ軍人と神戸市へ移る。
四歳半のとき預けられ、五歳半でキャンプのアメリカ軍将校に引き取られている。その翌月、萬行寺が孤児院を公的な財団に寄贈して県立施設になった。
「ここに入る前、どこに居たのか?」
昭和十六年生まれ。だから、出所した昭和六十一年、四十五歳だった。
彼は、アメリカ軍人と一緒に神戸に移った後、その軍人が帰国して、また一人になり、少年院でも長い期間を過ごしている。
原作から。
【非行経歴と少年院入所歴】
本人は、昭和二十八年から非行少年として少年院に収容され、初等・中等・特別少年院を、全国8ヵ所タライ回しにされている。
①二十八年六月~三十年五月(十二~十四歳)
虞犯による非行少年として、京都の宇治初等少年院に収容された。
②三十年十二月~三十一年八月(十四~十五歳)
前橋の赤城初等少年院に収容されたころから、粗暴化による反則事犯が特に目立ち、ボス的なリーダーとして職員に対して反抗的になり、処遇困難者として東京に不良移送された。
③三十一年八月~十月(十五歳)
多摩中等少年院に収容されたが、職員に反抗的で千葉に移送された。
④三十一年十月~三十二年二月(十五歳)
八街中等少年院に収容されたが、反則事犯が多く職員に反抗的で神奈川に移送された。
⑤三十二年二月~九月(十五~十六歳)
小田原特別少年院に収容されたが、反則事犯が多く職員に反抗的で久里浜に移送された。
⑥三十二年十月~十一月(十六歳)
久里浜特別少年院に収容されたが、反則事犯が多く職員に反抗的で岩手に移送された。
⑦三十二年十一月~十二月(十六歳)
盛岡特別少年院の院長は、赤城初等少年院当時に本人を知っていたので、恩情により特別仮退院が許可されて、京都市内の保護司宅に帰住した。
⑧三十三年三月~四月(十六歳)
仮退院が取り消され、虞犯による非行少年として奈良特別少年院に引致収容された。本人は収容を不備に思い、首謀者として収容者たちを煽動して集団暴動・逃走事件を起こして、少年院から異例の逆事件送致されて、集団加重逃走・建造物破損・器物破損・暴行・傷害等五件の罪名で奈良地方裁判所で審理を受け、懲役六月以上二年の不定期刑を言い渡された。
少年院収容期間を、ビジュアル化してみた。
このように、十二歳から十七歳にかけ、普通の人々が中学から高校の時期のほとんどを、山川一は、少年院で過ごした。
その少年時代につながるのが、戸籍のない子供として施設に預けられたことだ。
やはり、この主人公も戦争の被害者の一人だと、私は思う。
映画では、施設では古い資料は焼却してしまっていたが、三上が入所していたころに勤めていたという高齢の女性を園長が呼んでいてくれた。
彼女は食事づくりの手伝いのために通っていただけなので、三上のことも母親のことも覚えていないと言う。
しかし、オルガンが弾けたので子どもたちと園の歌を歌ったと話す。すると三上はその歌を口ずさみ始め、続いて女性も歌い始める。三上が、当時を懐かしむ、そして、少年の頃に戻ったような表情が印象的だ。
その後、三上は施設の子どもたちと一緒にサッカーで汗をかき、ゴールを決めた少年にハグした。
そのまま、彼はうつむいて泣き始める。施設で育った当時を思い出し、こみ上げるものがあったのだろう。
この施設訪問によって、三上は、母親探しを諦めるふんぎりをつけた、そんな涙だったかもしれない。
原作の主人公の山川一は、自分のルーツを探るため、かつては萬行寺が運営していた竜華孤児院だった県立の精神薄弱児施設を一人で訪ねている。なお、山川一という名は、戸籍を取得した際に付けた名で、孤児院に預けられた時の名は、田村だった。
山川は、施設の最古参の職員と出会う。
「どちらから見えたですか?」
応接室に通して冷えた麦茶を出しながら、改めて職員が聞いた。
「東京から来たです」
「それはそれは・・・・・・。早くに福岡を離れられた?」
「五つ半の頃に、竜華孤児院から米軍キャンプの里親に引き取られ、その二年後に神戸へ行きました」
「というと、ここに何年まで?」
「昭和二十一年十二月と思います」
「ちょうど四十年前ですなぁ。当時は子どもの出入りが多うして、トラックで送り込まれては逃げる繰り返しやったもんねぇ」
「しかし自分は、一年間は居りました」
「ああ、そげん子も居たでしょう。中国や朝鮮から次々に引揚船が博多港に入り、一家離散した孤児も多うしてですなぁ。施設の給食ではひもじゅうして飛び出し、ヤミ市でかっぱらいを働いて店の者に捕まり、皆の見る前で引っぱたかれよった。可哀相に思いながら、こっちも南方ボケの復員兵ですけん、どげんしてやることも出来んやった」
椅子に腰掛けて腕組みして、天井を見上げるようにして黙りこんでしまった。どんな経歴の持ち主かはわからないは、山川も同じように天井を見上げた。
きっと、古参職員の脳裏には、いろんな光景が浮かんでいたのだろう。
その職員が、ちょっと待ってくれと言って奥に下がった。
記録を捜しに行ってくれるものと思った、山川は、期待して待った。
職員が戻って来た。
「実は田村さん・・・・・・」山川は、せっかく来たのだからと、萬行寺にも立ち寄ったが、やはり、記録は残っていなかった。
向かい合って坐ると、気の毒そうな顔をした。
「さっき断ったごと、当園には孤児院当時の記録は県に引き継いで、何も残しておりまっせん。今しがた私が担当部署に電話してみたところ、萬行寺から引き継いだ記録が、あることはあったそうです」
「あったですか?」
「バッテン、十年ほど前に焼却処分したちゅうです。役所の書類には、保存期間がありますけんねぇ」
「焼いた・・・・・・」
「惜しかったですなぁ。十年前に来んしゃったら、手掛かりが残っておったかも知れん」
しかし十年前は、宮城刑務所の洋裁工場でミシンを操作していた。その翌年に旭川へ送られて出自が気になり始めたが、来たくても来れないから福岡市長宛の照会手続きを取ったりしたのである。
「まぁ、会社三十年ちゅう言葉もあるです。三十年経てば会社組織といえども、多くは消滅しますけんねぇ。記録類が消滅して不思議はなかバッテン、惜しいことをしたですねぁ」
すっかり同情した口振りなので、むしろ救われる思いがした。裁判の記録にしたところで、判決が確定すると公訴提起した検察庁に保管されるが、一定期間が過ぎると処分する。どんな有名な大事件の記録でも、公に三十年間も保管されることはない。むしろ残されるのは、個人の記録としての『身分帳』なのだろう。
寺の七十前後と思われる職員との会話。
「お母さんの記憶は?」
「名前は田村千代で、博多芸者をしておりました」
「お父さんは?」
「山川という名の海軍大佐と聞きました」
「誰から?」
「確か住職から・・・・・・」
「大佐ちゅうたら大したもんで、次は少将やけんねぇ」
「偉い人と芸者の間の子だから、認知されなかったと聞かされました」
「そりゃそうでしょや」
職員は首を振って、何も言わなかった。
山川を名乗った理由が、このやりとりで分かる。
福岡市長宛の照会手続きをしたにも関わらず、まだ残っていたかもしれない書類の調査は行われなかった。
自分探しの旅の様子は、映画と原作は、時代設定の違いもあって同じにはならない。
とはいえ、もし映画も、原作と同じ昭和十六年生まれで昭和六十一年の出所であれば、紹介した原作のような光景が描かれたのだろうと思う。
[11]三上と津乃田の入浴
施設を訪問した後、旅館の風呂場で津乃田は、筋彫りのある三上の背中を流しながら、涙ながらに語る。
「書いてみます。三上さんが生まれて、生きてきたことを。だから、元に戻らないでくださいよ」
その言葉に、三上は黙ってうなずく。
まさに、背中の演技だ。
ここで、私は、目頭が熱くなった。
[12]老人介護施設
ケースワーカーの井口が、介護付き老人ホームで介護士見習いの仕事を世話してくれた。
その施設で健気に働く三上。
そこには、知的障害のある介護士の阿部がいた。
彼は、花壇の世話の担当であり、花を育てることが好きだった。三上は、阿部に花壇の仕事を教わりながら、阿部の健気さに好意的になる。
その阿部を、他の先輩たち二人が罵倒し、蹴っている姿を見た三上。
ここで、空想の映像が入る。
三上が、箒の柄を持って、その先輩介護士を何度も叩きつける姿。
しかし、それがあくまで空想であったことが分かり、観る側はほっとする。
次は、施設で、他の女性介護士と一緒に針仕事をする三上。他の介護士たちは、三上が裁縫がうまいことに驚く。
阿部は、台風の前触れの雨の中、花壇にいる。
そこに、さっきまで阿部を罵倒していて看護師がやって来る。
実は、阿部は、一人の老人が風呂に入る補助をしていたのに、ゲームに夢中になり、老人が風呂で溺れる寸前だった、とのこと。
そして、阿部の真似をしてみせる先輩介護士。三上に「似てるでしょ、三上さん」と聞く。三上は、テーブルの上にある鋏を見つめる。爆発するのか、どうか。
しかし、堪える三上。笑って「似てますね」と答える。
二度目の、我慢の場面だった。
仕事が終わり、就職祝いに弁護士夫妻、スーパーの店主、津乃田から贈られた自転車で帰ろうとする三上。
そこに、阿部が雨に濡れながらコスモスを持って近づき、渡そうとする。
「台風の前に、これ摘んでいた」と笑って渡そうとする。
三上、それをもらって帰宅。
[13]帰宅途中の電話と最期
三上は、一度、元妻の家を訪ね、再婚後にできた女の子が帰宅してきた際に、会っている。その際、携帯のメモを渡していたのだ。
元妻は、その女の子と三人で食事をしようと、言ってくれた。
三上の喜びに溢れる顔。
雨が強くなる中、帰宅した三上。
洗濯物を取り込むのだが、一枚残したままで映像が止まる。
その後、家の中で倒れている三上に姿。その手には、阿部がくれたコスモスの花が握られていた。
パトカー、救急車がアパートの回りに停まっている。
弁護士、スーパーの店主がいる中に、駆け付けてきた津乃田。
なんとか三上にすがろうとするが、周囲に止められ、号泣する。
彼は、三上が生きているうちに、彼が社会復帰する姿を小説にしたかったのだ。
最後は、カメラが、取り込まれなかった洗濯物からずっと上にパンして、雨上がりの広い空を映し、「すばらきき世界」のタイトルバック。
エンドロールを観ながら、なるほど、こうきたか、と思っていた。
娑婆の空は広い、という言葉が伏線だった。
原作の『身分帳』では、東京のアパートがマンションへ建て替えられるため、立退料をもらった主人公が、自分のルーツである福岡へ行く場面で、終わっている。
その後のことは、文庫版に併載されている『行路病死人』で書かれている。
福岡でも、役所などで、小さなトラブルを起こしている。
最後は、アパートで亡くなっていたのは、原作も映画も同じ。
行路病死人とは、いわゆる、行倒れのことだ。
もちろん、原作と映画が違うことは、当たり前だ。
脚色することで、より多くのことが伝わることもある。
特に映像表現に相応しい脚色があるのは、観る者も嬉しいことだ。
たとえば、『猿の惑星』の、自由の女神が、そんな素晴らしい脚色の代表だと思う。
もちろん、原作にはない場面設定によって、原作以上に、その人物像を明確に描く脚色もあって良いだろう。
この映画では、介護士見習いとして働く場面は良かった。
三上と知的障害を持つ阿部との交流は、映像としては短いながらも、同じように普通ではないと見られている人物同士だから分かる友情を表現する、良い脚色だったと思う。
主人公は、本来は人に優しく、正義感の強い男。その点では、至極、真っ当な人間なのだ。
しかし、ついカッとなると、何をするか分からない凶暴性もある。
そんな前科者、元ヤクザが、堅気の世界で生きる難しさや、その生活を支える周囲の人々との交流などは、原作の良さを生かして良く描かれている。脚色されたいくつかの設定や映像も、効果的だったと思う。
三上が直面する現代の息苦しさは、普通の人にとってはどんな社会なのか、という問いかけも感じる。
SNSの発達で、差別や虐めは、その質を変えた。
プライバシーが簡単に暴露されたりする恐れも増えた。
ますます、真っ当な人間が生きにくい世の中になってきているということを、この映画は訴えているように思える。
下稲葉の妻が、銀行口座すら作れない、と嘆いたことは、考えさせられる。
反社会的と言われる組織にいる人は、その世界に行かざるを得なかった原因のすべてが環境のせいとは言わないが、どこかで救えたはずなのに、それができなかった社会や政治が原因の一部であることは間違いないのではないか。
そんな、いろんなことを考えた。
私は、この映画を観ることをお薦めする。
しかし、くどいようだが、時代設定は、原作と同じであって欲しかった。
西川監督が、もっとも悩んだとインタビューで答えている時代設定。
たしかに、原作と同じ昭和六十年代ではなくても、この映画が訴えるものは多い。
でも、主人公が、なぜ、あのような半生を送ってきたのかという過去への視点も盛り込むためには、昭和十六年に、芸者だった母親と、軍隊の偉いさんとの間にできた子供だったという設定のままで撮って欲しかった。
役所広司の演技は、さすがに凄い。
脇役では、津乃田の仲野太賀が良かった。
私は読んでから観たが、観てから読んでも、それぞれ楽しめると思う。
私は、本編と行路病死人、どちらも興味深く読んだ。
長々とお付き合い、ありがとうございます。
面白く読ませていただきました。ありがとうございます!
私はDVDでみたのですが、映画ならでは?ミスディレクションを
あえてかましている演出が散見されました(汗)
例えば、自動車試験場での妻との再会シーン。
主人公が最初に妻らしき人物に気づくシーン
=他の俳優
次に思い出が蘇った上で再び自動車試験場シーン
=安田 成美
深い!
コメントありがとうございます。
なるほど、そういう演出への視点もありますね。
参考になります。
映画の記事は、それほど多くはないですが、今後はもう少し増やしたいと思っています。
他にもいろんなことを書きなぐっていますが、気軽にお立ち寄りください。
