森達也著『FAKEな日本』より(8)
2021年 01月 16日

森達也著『FAKEな日本』(角川文庫)
森達也の『FAKEな日本』から八回目。
同文庫は、2017年に単行本『FAKEな平成史』として発行されたものを改題し、加筆修正したもの。
師走の12月25日に発行。
引き続き、「第三幕 自粛と委縮に抗ってー幻の『天皇ドキュメンタリー』」より。
前回は、フジテレビの「NONFIX」で、憲法をテーマに複数のドキュメンタリー制作者が条項を分けてドキュメンタリーを制作することになったが、「第一条・天皇制」を担当した森の企画は、残念ながら頓挫した経緯を紹介した。
今回は、この“幕”の対談相手となった松元ヒロを中心にご紹介する。
私が松元ヒロを見たのは、たった一度だけ生の談志の高座に接した2007年10月22日の麻生記念館での会だった。
談志が亡くなって三日後に、そのブログを始める前の会について記事を書いた。
2011年11月24日のブログ
残念ながら、松元ヒロの演技内容については、何もふれていなかった。
メモには、出演者と演目と短い走り書きしか残っていない。
そういうこともあるので、ブログを備忘録として始めたわけでもある。
松元ヒロへのお詫び(?)の気持ちも込めて、森を相手にそのキャリアを語る場面を引用。
「高校時代は陸上部でした。教師になるつもりでした。でも陸上部の顧問から髪を切れと言われて退部して」
「髪、長かったんですか」
「長かったです。今はこれですけど」
言いながら松元は、短く刈り上げた後頭部をぼりぼりと掻く。
「大学で教職課程はとったけれど、陸上ばかりで勉強しなかったので試験がダメで、だから演劇をやりたいと思ったのだけど、鹿児島出身なので訛りがある。ならばしゃべらないからいいだろうということで、パントマイムを始めたんんです」
「ちょっと待ってください
僕は言った。「何でいきなり演劇なんですか」
「そうだね。何でだろう」
「何か、きっかけはあったんじゃないのかな」
「きっかけは太宰治の『正義と理想』を」
「『正義と理想』?」
「違ったかな」
「僕は、太宰はほぼすべて読んでいるけれど・・・・・・『正義と微笑』じゃないですか」
「ああ、それかも。僕、太宰に凝っていたんですよ、その小説を読んだとき」
「主人公は演劇の道を志します」
「そうです。当時はチャップリンの第二次ブームで、それがまた重なって、パントマイムを始めたんです」
「太宰がきっかけですか」
「はい。人生の転換」
「でもタイトルを間違えていた」
「ははは。その頃に杉浦(正士まさひろ。ザ・ニュースペーパーの元プロデューサー)さんと知り合って、他に二人を誘ってコミックバンドを結成しました。せっかくだから『お笑いスター誕生!!』に出ようっていう話になって」
そこまで言ってから、松元は少しだけ沈黙する。
最初に結成したコミックバンドは「笑パーティー」。
還暦過ぎのお笑い好きの方なら、当時、テレビで見ているのではなかろうか。
その「笑パーティー」が、「大笑いスター誕生!!」に出演していた「キャラバン」、そして「ジョージボーイズ」という3つのグループが合併する形で誕生したのが、「ザ・ニュースペーパー」だ。
松元ヒロは、ピン芸人として離脱したが、現在もザ・ニュースペーパーは活動しており、落語芸術協会に所属しているので、寄席にも出ている。
銀座博品館での興行では、多くの固定ファンを集めている。
松元ヒロの話に戻る。少し長くなるが、引用する。
「・・・・・・今思えば、ただ有名になりたいだけでした。当時はコロッケさんとかと並んで、営業四天王とかいわれました。ところが昭和天皇が病気になっちゃって、すべての仕事がキャンセルになったんです」
「自粛ですね」
そう言う僕に、「いや、自分たちの意思ではないのだから自粛は変ですよ」と岸山が言う。確かにそうだけど、言い込められて悔しい。反撃しようと思ったけれど、松元は話し続けている。
「年末の仕事の予定がすべてキャンセルになりました。普通はキャンセル料が出ますよね。それも出ないんです。間に入っている電通とか博報堂とか代理店の人が、キャンセル料すら出ない理由を『ご時世ですから』って言うんです。みんなで申し合わせたように。それが何だかおかしくて。
少し話がさかのぼりますが、僕はマルクスを勉強したくて法政大学に行ったんですよ。鹿児島実業高校時代はずっと体育会系で、教室に赤い日の丸の旗があって、それに敬礼する練習をさせられるんです。今はわからないですけど、当時の世の中は学生運動の真っ盛りで、そういう世の中なのに、日の丸に敬礼している自分にどうしても合点が行かなかったんですよね。
それでマルクスを勉強しようと思いついて・・・・・・今もよくギャグで言うんですけど、最初に買った本が『マルクス=エンゲルス全集』で、マルクスが名前でエンゲルスが苗字だと思っていました。とにかく左翼を勉強したかった。『資本論』とかも買ったけれど、100ページも読めなかったです。でもその100ページの中に、『世の中には資本家階級と労働者階級がいる。万国の労働者よ、団結しろ』って書いてあった。
僕はずっとスポーツをやっていたから、まずは地域、鹿児島を代表して他の県と闘う。そしていつの日か、国を代表してオリンピックに行って他の国と闘うと思っていた。要するに地域や国が基本です」
「つまりエリアというか境界ですね」
松元ヒロは、昭和27年生まれなので、私の三歳上になる。
ちなみに、森達也は昭和31年生まれで、私の一つ年下。
いずれにしても、団塊の世代の後に、遅れてきた世代「レイトカマー」などと呼ばれたことのある層だ。
私もその周囲の友人にも、マルクスを読む人は、そう多くなかったように思う。
そういう意味で、松元ヒロは、なかなか個性的な高校、大学時代を送ったと言えるのかもしれない。
そして、よりラディカルな学生生活をしてきた人物と松元との接点ができた。
引用を続ける。
「マルクスは、資本家階級と労働者階級とに分ける。万国の労働者ですから、地域や国で分けていない。世の中には、そういう分け方があるんだ。もう目からうろこです。自分は日常的に日の丸に敬礼してきたけれど、これは正しいのだろうかと。教育って恐ろしいです。自粛で仕事がなくなってしまったときに、そうしたことを思い出しました。
リーダーの杉浦さんも学生運動をやっていましたから、ならば自粛をギャグにしてしまうって考えて『ザ・ニュースペーパー』ができたんです。みんなでチケットを売って、それで何とか年を越そうよって言い合いながら。そういう流れで『さる高貴なご一家』を、200席くらいの小さなライブハウスで始めました。ところが予想以上に反応が大きくて。
このあたりからどんどん面白くなってきました。それまではただ有名になることだけが目的だっただけれど、自分が世間に揺さぶりをかけている実感があって」
「昭和天皇が臥せっているその中ですよね。右翼とかは怖くなかったですか」
「何も考えていなかったですね。でも何度か公演を続けているうちに、周りの人たちが心配し始めました。だから、逆にメンバーに迷彩服を着せてライブの途中に乱入させるってギャグをやったりしていました」
「バカですね」
当時のリーダー杉浦正士(まさひろ)は昭和22(1947)年生まれ。
まさに、団塊の世代。
昭和天皇が臥せっている自粛期間に、その皇室をギャグのネタにして反響を呼んだのが、ザ・ニュースペーパーの始まりだった。
ちなみに、落語芸術協会の寄席で、私は一度だけ、ザ・ニュースペーパーを見ている。
2014年7月25日のブログ
ブログには、こう書いていた。
ザ・ニュースペーパー コント (16分)
この席での楽しみの一つは、芸協入りして初めて聴く(見る)この人達だった。
結論から言うと、芸協の色物に、とんでもない強力な人たちが加わった、と思う。
この日は9人のメンバーの中から、福本ヒデと土谷ひろしの二人が出演。政治家に扮したエスプリとユーモア満載のコントが頗る楽しい。
最初に福本が安倍。次に土谷が前原と谷垣という地味な二人を演じ、そこに福本の、狂気じみた、とんでもない石破が加わる。
内容は、明かせない^^
冒頭に安倍役の福本が、「こんな雷の日にお越しいただいた皆さんには、お土産としてファミリーマートのチキンナゲットをお持ち帰りいただきましょう」と言った位は、書かせてもらおう。
とにかく福本の石破の目の演技で会場が大爆笑。もちろん、それぞれの科白は笑いで包んだ棘のあるジョークの連続で、切れ目がない。
寄席には、本来こういった権力を笑い飛ばす精神も必要だと思う。この人達が出演する定席には、今後もぜひ行きたいと思った。
残念ながら、その後、彼らの出演する寄席に、行けていないなぁ。
まさに今開催中の国立演芸場中席に出演していることは、知っているのだが、行けそうにない。
コロナが落ち着いたら、行くぞ!
次回は、当時のネタの内容などを、松元ヒロに語ってもらう。
