山本博文著『「関ケ原」の決算書』より(3)
2020年 11月 18日

山本博文著『「関ケ原」』の決算書』
山本博文さんが亡くなる三日前まで校正に手を入れていた遺作、『「関ケ原」の決算書』より三回目。
前回、島津家の“社長”といえる義弘は、石田三成に陳情することで、島津家重臣の伊集院幸侃(こうかん)とともに(太閤)検地を実施し、それまでの二十二万石から、五十七万石近く領地高を増やし、経済的な基盤を強固なものにすることができたことを紹介した。
最初の朝鮮出兵、文禄の役(1592~1595)では、十分な兵力を動員できず苦汁をなめた島津家だが、太閤検地で秀吉の覚えが目出度くなり、二度目の朝鮮出兵、慶長の役(1597~1598)では一万を超える軍勢を動員することができた。
これは、検知による経済基盤強化について、義久(会長)、義弘(社長)が三成、秀吉に大いに恩義を感じている証でもある。
もちろん、朝鮮出兵は失敗に終わる。
秀吉の死により、家康など五大老はそのことを秘密にし、朝鮮に出兵した秀吉軍の撤退を促す。
軍隊の撤退は難しい。できるだけ速やかに、かつ損害を少なくしなければならない。ただ一目散で逃げればいいというものではない。動揺を与えないよう、朝鮮にいる大名には秀吉の死を秘している。義弘も当然、知らない。
十月一日、晋州城まで進んできた薫一元率いる20万人の明の大軍が、島津義弘・忠恒の守る̪泗川(しせん)新城に押し寄せた。島津勢は、ぎりぎりまで敵を引き付けて鉄砲を放ち、乱戦となると後方の小荷駄隊に攻撃をしかけて明軍を混乱させ、大勝利を得た。この日島津氏が討ち取った敵は三万八七一七人と報告されている。明・朝鮮連合軍は島津勢を「鬼石曼子(グイシーマンズ)」と呼び、恐れるようになった。
(中 略)
その後、南海島に残留していた島津兵を救出するなどして、義弘は十一月二十二日に釜山浦に着いた。博多に到着したのは十二月十日のことだった。
このように、島津は、朝鮮からの撤退戦で、最初の出兵の文禄の役での不名誉を返上することができた。
そんな島津を、三成も家康も、自分たちの陣営に取り込もうとしていた。
伏見の屋敷にいた島津家の会長たる義久は、三成の勧めで前田利家を訪問した後、家康にも招かれて訪ねている。
慶長四年(1599)の正月、義久は、帰国した義弘と忠恒に起請文を提出し、家康に招かれて訪ねたことは自分の意思ではないと釈明している。自分が勝手な行動をしているのではないと弁明しなかれば、余計な疑心を生むと考えたのだろう。
三成と家康の対立は表面化していないが、すでに、関ケ原へと続く抗争のプロローグが始まっていた。
そんな状況にあった慶長四年(1599)、島津家に厄介な騒動が起こった。
三月九日、島津義久の女婿で義人の三男忠恒が、島津家重臣の伊集院幸侃を伏見の屋敷に招き、その席で手討ちにするという事件が起こる。忠恒は朝鮮で、国元からの補給がなく苦しい思いをしていたからよほど腹に据えかねていたのだろう。その恨みが国元の補給などの総責任者の地位にあった幸侃に向かったもとの思われる。
しかし、幸侃は秀吉に取り立てられた人物であった。幸侃は島津家の筆頭家老であったが、三成を通じて秀吉と交渉する際の窓口として秀吉から高く評価され、秀吉から指定されて大きな領地をもらっている。それを殺害するのは豊臣政権への反逆にも等しい。かねてから幸侃と親しい関係にあった石田三成は激怒した。
義父の義久は、三成に宛てて弁解の書状を送った。
「幸侃の殺害は三成殿の命令で急に行ったのかと存じておりましたが、忠恒の思慮のない行動であったこと、言語道断、言うべき言葉もありません。もちろん拙者へ相談したことなどありません」
忠恒は幸侃を斬殺した後、書院に入って三通の書状をしたため、一通は徳川家康の近習、一通は石田三成、一通は寺沢広隆に送り、謹慎のため高雄(神護寺)に入った。伏見の屋敷にいた幸侃の妻子らは、東福寺へ立ち退いた。
この時に家康は、忠恒の謹慎を解くよう計らい、家臣の伊奈昭綱を派遣して伏見の本邸に帰住するよう伝え、その上、警護のため騎馬の士数十人を伊奈に添えて派遣した。
家康にとって、忠恒の幸侃殺害という事件は、島津家を陣営に取り込む絶好の機会となったのである。
ちなみに、家康は、朝鮮出兵で経済的に苦しかった島津家に黄金二百枚、現在の価値で七億円を貸している。
この借金を、島津家が返済したという記録はない。
検地で経済基盤を強固にするという恩義のある三成、そして、お家騒動を機に恩を売る家康。
島津家は、両陣営の間で、揺れた。
天下をうかがう徳川家康と、五奉行(豊臣家年寄)中に実力者で、豊臣家きっての秀頼派である石田三成の対立関係の中で島津家は、長年付き合いのある三成とわずかに隙を生じ、家康に恩と売られたことになる。
さて、今後、島津家は、関ケ原まで、どう立ち回ることになるのか。
今回は、これにてお開き。惜しい切れ場だ^^
