なかなか、こんな前座はいないー「河北春秋」で思うこと。
2020年 11月 10日
河北新報の該当コラム
落語家の身分でもある「前座」は仏教に関係があるとされる。高僧が説教する前に話をし、高僧を紹介する司会役を「お前座(まえざ)さん」と呼んだのが始まりだという。客席の雰囲気を温めるため、主役の前に出る者のことも指す▼前座のはずが、存在感は主役並みだった。日本時間の8日、激戦が続いた米大統領選で「当確」となった民主党のバイデン氏が勝利宣言をする前に登場したハリス氏のこと。父がジャマイカ、母はインドから移民したアジア系の黒人で、順当にいけば、女性初の副大統領に就任する▼スピーチでは、バイデン氏のことをたたえただけでなく、民主主義の尊厳を守ったことや、有色人種の女性たちの苦難に満ちた歩みに触れ、子どもたちにも米国が可能性に満ちた国であるとメッセージを送った。団結を呼び掛けたバイデン氏の演説同様、心を揺さぶられたのは支持者だけではないだろう▼白のパンツスーツ姿も目を引いた。この服装は、女性参政権運動の象徴だとか。運動に身を投じ、道を切り開いてきた先人たちへの敬意が込められていた▼4年後にはバイデン氏が82歳となるだけに、早くも「次の次」の大統領候補の主役に躍り出たとの声も。ヒラリー・クリントン氏が阻まれた「ガラスの天井」を、打ち破るかもしれない。(2020.11.10)
なかなかの内容。
「存在感は主役並み」は、「存在感は真打並み」だと、もっと良かったが。
落語のルーツが説教にあることはよく知られているが、「前座」が取り上げられることは珍しい。
たしかに、カマラ・ハリスは、なんとも豪華な前座だった。
スピーチの異例の長さに退屈した聴衆はほとんどいなかったに違いない。
その白いスーツとともに、実に印象的で、訴求力のあるスピーチは、バイデン大統領を上回った。
次の次の大統領候補とも言われ始めた。ありえる、いや、そうあっても良いのではないか。
ジャマイカ出身の父とインド出身の母の間に生まれたという存在そのものが、分断から融和へ転換する象徴となりそうだ。
お母さんの母国インドでも歓迎ムードに湧いているらしい。
あらためて女性の時代だなぁと思う。
コロナ対策におけるニュージーランドや台湾での女性リーダーの際立った手腕もあるし、世界では、シンガポール、スロバキア、エストニア、ネパール、ギリシャなどなど多くの国で女性がリーダーになっている。
残念ながら、日本は、その潮流から一歩も二歩も遅れている。
もし、前座の女流噺家の多くが楽屋で男性噺家のマスコット役になり重宝されているとしたら、日本の女性政治家も、国会でそのような位置づけにあるような気がしてならない。
しかし、そういう状況をつくっているのは、男性である。
その能力ではなく、忖度やら酒や食事の付き合いなどを大事にしてきた男がつくった社会が、優秀な女性の活躍の場を狭くしている。
カマラ・ハリス副大統領の存在が、日本でも女性が真に活躍できることへの契機になることを期待している。
とりあえず、遠くから声をあげたい。
「よっ、副大統領!」
