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やはり、天才なのかーNumber 1010「藤井聡太と将棋の天才。」より(6)

 昨日、藤井聡太新棋聖の就位式が行われた。
 東京新聞より。
東京新聞の該当記事
藤井二冠「将棋界代表し、精進」 棋聖就位式
2020年9月24日 05時00分 (9月24日 05時01分更新)

 将棋の第九十一期棋聖戦五番勝負を制し、史上最年少の十七歳十一カ月で初タイトルを獲得した藤井聡太棋聖(18)=王位との二冠、愛知県瀬戸市=の就位式が二十三日、東京都内のホテルで開かれた。藤井棋聖は「初タイトル戦での得がたい経験を生かし、成長できるよう努めたい」と、さらなる活躍を誓った。

 藤井二冠は、この日のために仕立てた黒紋付き羽織はかまの晴れ姿で登壇。主催者から就位状や賞杯、賞金目録が贈られた。花束を手渡した師匠の杉本昌隆八段(51)は「(三年前の)二十九連勝の時、映画でいうとまだ予告編と答えたが、今回の獲得でやっと本編が始まった。これから記録をどんどん塗り替えていくと思う」と目を細めた。

 式後の記者会見では「タイトルホルダーとして壇上に立つというのは、今まで以上の緊張感があった」としつつ「将棋界を代表する立場でもあるので、盤上でもそれ以外でも精進し、成長していけたら」と述べ、「将棋界の顔」としての自覚も見せた。
 また「東海地方にタイトルを持ち帰る」を悲願としていた、杉本八段の師匠である故板谷進九段の墓参りに行ったことを明かし「タイトル獲得の報告ができて良かった」とも語った。


 師匠の杉本昌隆八段と並んだ藤井棋聖、心なしか疲労感が漂うのは、前日の羽生九段戦での敗戦の影響もあるだろう。

 それにしても、羽生善治九段の☖4八歩は、すごかったなぁ。

 さて、紹介した記事にもあるように、この棋聖は、東海地方を拠点とする棋士による初めてのタイトル。

 故板谷進九段のことなども含め、Number 1010を元に、振り返りたい。

やはり、天才なのかーNumber 1010「藤井聡太と将棋の天才。」より(6)_e0337777_09084402.jpg


 このシリーズの六回目。

 藤島大の「板谷一門の偶然と必然。」から。

 タイトルの後のリード部分には、このように書かれている。

 かつて中京将棋界の発展に粉骨砕身した親子がいた。東海地方にタイトルをー。半世紀以上にわたり、自然な将棋を考え抜き、駒を磨き続けた一門の宿願は、類稀な才能を持つ末裔によって叶えられた。門下の棋士たちから、怪物のルーツを探った。

 ということで、板谷一門について。

 かつて名古屋の一等地である栄の路面に「東海の拠点」はあった。坂種ビル。「ばんたね」と読む。建て替え前のそこの一角で「板谷将棋教室」は運営されていた。初めは三階、途中で五階へ。
 創設者、板谷四郎九段は門弟に心構えを伝えた。「駒を磨きなさい」。将棋そのものに魂を注入せよ。正攻法を貫け。そんな意味だろうか。存命なら107歳、25年前に82歳で世を去った。三重の伊勢に生まれ、兵士として苦難の前線を体験し、敗戦後、A級棋士となる。1950年、のちの永世名人、大山康晴との九段戦に臨み敗れた。
 '59年に潔く現役を引退すると教室という名の道場を開いて、東海、厳密には「中京棋界」の発展に硬骨を捧げた。
 板谷四郎は藤井聡太のいわば曽祖父にあたる。「大先生」と呼ばれた四郎の弟子に次男の進がいた。こちらは「若先生」。その板谷進の弟子が杉本昌隆なのだ。

 ということで、師匠と弟子の系列は、次のようになっている。

  板谷四郎
   |
  板谷進
   |
  杉本昌隆
   |
  藤井聡太

 「将棋ペンクラブ」のブログに、将棋世界1985年9月号の、名棋士を訪ねて「東海棋界を守って五十年 板谷四郎九段の巻」でのインタビューが載っている。戦争体験を語っている部分から引用。
 ちなみに、板谷四郎は大正二(1913)年生まれ。
「将棋ペンクラブログ」の該当記事

 昭和十二年の夏に支那に渡り、一年経った時に徐州戦が始まってな、この時に右足背貫通銃創というのを受けた。右足の靴のところを弾丸が通り抜けたんだ。その時は三十人くらいの小部隊が敵陣の真っただ中で一斉射撃を受けて、一瞬のうちに全滅状態になったんだ、生き残ったのは三人だけ。私もケガをして、動けんようになっとったんだが、同じ中隊の後続の仲間が決死隊をつくってくれてなあ、武装もせずに担架をもって助けにきてくれた。担架にのせられると、敵陣が目の真ん前に見えるんだよ(笑)。そりゃあ生きた気はせんかった。敵陣が見えんようになった時は、本当に助かったと思ったよ。

 その後いろんな病院に送られて十四年の暮れに除隊となった。それで十五年になって、ようやく上京して小泉七段のお世話になって木村名人の内弟子にしてもらい、奨励会の二段の試験を受けてね、それに受かって、十六年には四段になることができた。十六年には大東亜戦争が始まるんだが、私は怪我で除隊になっとったから、もう召集はないもんだと思っとった。

 ところが八月になると、今度は浜松の航空部隊から召集が来た。航空部隊と言っても飛行機に乗るわけじゃなくて、戦地に行って飛行場を作る隊なんだ。それで満州から台湾、フィリピン、仏印のカムラン湾、ジャワと転戦してね。まあ、ここまでの間は勝ち戦だったから、それほど危ないこともなかったんだが、十八年にジャワのスラバヤから船で帰還する時はもう非常に戦線が悪くてな、制海権も制空権も全くないような状態で、港を出れば敵の潜水艦がうろうろしとる。それで、私は船に乗っとる間は船倉には入らず、ずっと甲板の上で帰ってきたよ。同じ死ぬのでも船の中でブクブクいくのはどうもならんと思ってなあ(笑)。

 まあ。その時にも沈んだ船はずいぶんあったが、運良く帰ることができた、そうして、名古屋で空襲にあい、疎開先の四日市で空襲にあっているうちに、四度目の召集がきて、二十年の六月に鹿児島の串木野で敵上陸に備えて訓練をしているうちに終戦となったわけだ。串木野では海岸線に穴を掘ってな、その穴に爆弾を仕掛けて人間が入るんだ。そして敵の戦車が頭の上を通ったらヒモを引いて自爆する、そんな訓練ばかりをやっとったよ。それより他に戦う道具もないんだから、しょうがないわ。

 まあ、それで復員したのが二十年の十二月。三十二歳の時か。そんなわけで将棋界に入ったといっても、戦争が終わるまでは、将棋を指しとる時間よりも戦争に行っとる時間の方が長いわけだ。

 板谷四郎も、戦争の語り部の一人だった。

 32歳で、四度目の招集。
 本土決戦に備える、土の中の特攻訓練。
 
 1959年に、46歳で引退し、将棋教室を開いた背景には、死線を超えたことによる、板谷の思いがあったのだと察する。

 1995年9月29日に82歳で亡くなっているので、来週29日に、没後25年となる。

 Numberからの引用を続ける。

「えらい貫禄があった。威厳がありましたね。武士。古武士、古武士。古武士の風格がありました。品がよかった。そのへんの普通のおじさんとは違います」
 コロナ禍の猛暑日、石田和雄九段は師、板谷四郎の像を一気に語った。
 73歳。テレビ解説の名調子で知られる。評判を得た著書『棋士という生き方』(イースト新書Q)など文章も軽妙で正確だ。なんと現在進行形の「ユーチューバー」でもある。千葉県柏市に「柏将棋センター」を営み、普及に邁進、なにより佐々木勇気七段、門倉啓太五段、高見泰地七段など多彩な弟子を育てた。
 石田は愛知の岡崎生まれだ。
「中学3年、名古屋の栄、坂種ビルの教室で板谷四郎先生と初めて会いました」
 27歳の時に上京、首都圏暮らしがすっかり長くなっても、前述の第一印象は変わらなかった。結論を聞いた。
 藤井聡太の将棋に『板谷一門の子である』と感じることはありますか。
「ちょっと違うような気がするな。一門の流れを汲んだ将棋とも言えないね。そう言いたいですけどね。板谷四郎先生は自然の手、自然体を推奨しておられた。藤井君は本格的でありながらAIにも近いような。何億通りも読んで出てくるような手を指しますからね。ロボット、いやサイボーグかと思うくらいで。ただ」
 ただ。語尾に力がこもった。
「ただ藤井君は振り飛車をしたことがないでしょう」。振り飛車。飛車を左翼に動かして=振って使う。これに対して定位置の右翼にとどめるのが居飛車である。前者が受動的で後者は能動的とくくられてきた。
 古武士、板谷四郎は振り飛車を「受けの将棋である」とひどく嫌った。
「わたしなんか、だから飛車を振れなくなりましたもん。その意味では藤井君は板谷四郎先生を継いでいますね。あと彼はよく考えるでしょう。その考える精神、それから居飛車のふたつの点においては板谷一門の将棋を受け継いでおります」
 板谷とは居飛車の一族なり。ただし例外は常であって杉本昌隆八段は振り飛車党である。ここは個が徹底的に個でなくてはならぬ勝ち負けの世界の妙味だろう。

 なるほど、落語もそうだが、師弟の関係とは、なかなか奥が深いものだ。

 次回は、“古武士”板谷四郎の後を継いだ、“若先生”板谷進について。
Commented by たろー at 2020-09-25 07:22
藤井聡太棋聖 就位式
産経新聞のサイトでLIVE配信みました
将棋界についての知識がまったくないので藤井さん以外の関係者存じ上げません
これから長く長く活躍されるのでしょうね
Commented by kogotokoubei at 2020-09-25 08:41
>たろーさんへ

東と西に挟まれ、板谷親子が奮闘してきたことが、藤井二冠によって陽の目を見るのは、実に良いことだと思います。
今、タイトル戦や挑戦者決定戦が目白押し。
将棋好きにはたまらないですよ。
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by kogotokoubei | 2020-09-24 12:57 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Trackback | Comments(2)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛
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