やはり、天才なのかーNumber 1010「藤井聡太と将棋の天才。」より(4)
2020年 09月 21日

さて、四回目。
前回に続き、「渡辺明 敗北の夜を越えて。」(大川慎太郎)の章より。
第一局の、☗1三角成、第二局の☖3一銀、そして第四局の☖8六桂という、「まったく見えなかった」という妙手もあって、藤井聡太に棋聖の座を譲った渡辺。
敗北から一か月後。
藤井聡太に敗れて失冠したのと同じ関西将棋会館「御上段の間」で、渡辺は再び大一番に挑んでいた。豊島将之名人に挑戦し、第五局を終えて3勝2敗。初の名人位にあと1勝と迫っていたのだ。
中盤を退き、形勢の針は渡辺側に傾いていた。将棋界で伝統と格式を誇る名人位は特別な地位になる。渡辺はタイトル25期を誇るが、なぜか名人には縁がなかった。最高峰の竜王は11期も獲得しているにもかかわらず、だ。
竜王戦は、かつての十段戦。
だから、竜王戦と名人戦は、他のタイトル戦とは別格。
名人に挑戦できるのは、A級順位戦の優勝者なのだが、A級の10人の棋士になるには、B級1組の総当たり戦で上位2位までに入らなければならない。そのB級1組に昇級するには、B級2組の総当たり戦で上位3位までに入らなければならない。
藤井聡太は、現在B級2組で四戦全勝だが、来年B級1組に昇級しても、そこをトップ2までに入って再来年A級に昇格し、そのA級で優勝して名人に挑戦できるのは、最短で三年後なのである。
ちなみに、藤井聡太の順位戦成績が、次の通り。
2017年度 C2 *10戦全勝
2018年度 C1 *9勝1敗
2019年度 C1 *10戦全勝
2020年度 B2 *現在4連勝中
順位戦の頂点にあるのが、名人戦。
その名人位獲得にあと1勝と迫った渡辺。
午後5時38分、豊島が投了を告げた。
新名人誕生。渡辺は悲願の名人位に就いた。悲願。私はいまそう書いた。だってそうだろう。36歳3カ月で初めて名人を獲得したのは史上4番目の高齢記録だ。これまでどれだけ苦労したというのかー。
4日後に話を訊くことができた。渡辺は「名人位を意識することはなくなっていたんです」と静かに語った。
「もちろん獲りたかったですよ。でも30代半ば過ぎても一度も挑戦したことがなかったし、自分には縁がない棋戦なのかなと思うようになっていました」
藤井に棋聖を奪われた後、どのような心境で名人戦に向かったのか。
「同時期に行われていた名人戦と棋聖戦をセットで考えていたので、落ち込むことはなかった。2つ負けたら痛いけど、まだ一つでしたから」
渡辺の中で、名人に対する特別な意識は薄れつつあった。となると第6局で勝利に近づいた瞬間も感慨などはなかったのか。
「ありましたね」
私は思わず身を乗り出した。
「自分の年齢を考えれば、負けたら今後、名人戦に出られるかどうかはわからない。だからミスの重みがいつもと違うんですよ。終盤では普段よりも明らかに決断が鈍かったし、迷ったところもありましたね」
自らの敗戦をまるで他人事のように語ってしまう渡辺を振り動かすほどの重みが、名人位にはやはりあったのだ。
棋聖戦の直後の新幹線の中で、「この人にはどうやってもかなわない。、という負け方をしたことはありません。でも今回はそれに近かった」と語った渡辺は、名人位を獲得した後、どう語ったのか。
「次は普通になります」
渡辺は一呼吸おいてから続けた。
「棋聖戦は藤井さんとのタイトル戦初対戦だったので、向こうの情報はほとんどなかった。でも番勝負で指して分かったこともある。だから次は普通にやりますよ。何度も負かされ続けたら自分の将棋をガラッと変えることも考えるでしょうけど」
藤井と再び相まみえるのは遠くない未来だろう。
最短で三年後の名人戦の前にも、きっと棋戦での対局があるだろう。
さて、昨晩のNHKスペシャル「藤井聡太二冠 新たな盤上の物語」は、Numberと歩調を合わせたような内容だった。
拙ブログで紹介した、佐藤天彦九段や中村太地七段も登場。
少年時代、負けて泣く姿が何度も流されたのは、有名税かな^^
見逃した方は、再放送は、9月23日 午前0:30 ~ 午前1:20 、明日の深夜。
さて、次回は、昨日のテレビでも敵役(?)として登場した、「千駄ヶ谷の受け師」について本書から紹介するつもり。
