やはり、天才なのかーNumber 1010「藤井聡太と将棋の天才。」より(3)
2020年 09月 20日

さて、三回目。
棋聖戦で藤井聡太に1勝3敗で敗れた渡辺明は、その後、名人位を獲得した。
このことは、藤井聡太の強さを、あらためて裏付けることでもあったと思う。
その渡辺明新名人は、果たして、藤井聡太をどう評しているのか。
大川慎太郎による「渡辺明 敗北の夜を越えて。」は、7月16日の棋聖戦第四局が終わった、つまり渡辺が棋聖の冠を失った日の夜、東京へ戻る新幹線の中で渡辺から聞いた貴重な話を含め書かれたものだ。
第三局を終えた時点で、天才は衝撃という言葉ではとても追いつかない戦いを見せていた。
第一局☗1三角成、第二局は☖3一銀。藤井はそれぞれの対局で、渡辺が「まったく気づかなかった」という妙手を繰り出して勝利をさらったのである。
そして、もう一つの妙手のこと。
グリーン車に乗り込むとすぐに話を訊く。コロナ禍を意識して、「小声でやりましょう」と渡辺から提案があった。
まずは一局の振り返りからだ。タブレットで棋譜中継をに見ながら、渡辺は敗れたばかりの将棋の一手一手を丁寧にかつ明確に解説してくれた。失冠の痛みなどないかのように。
それでも終盤戦で藤井に指された☖8六桂という自玉の逃走路を封じられた一手について語る時は、少しばかり早口になった。
「まったく見えなかった」と渡辺は憮然とした表情で言った。
せっかくなので、その☖8六桂までの三手を、「藤井聡太ブヒブヒAI解析」のYouTubeからご紹介。
こちらがブヒブヒのYouTube。
これが、80手目後手藤井の☖3八銀。

ここまでは、AIは渡辺優勢あるいは互角。
次81手目の、☗5九飛。

ここで、形勢が逆転。
AIは、☗2八飛を最善手にしていたはず。
そして、渡辺が「見えなかった」と振り返る、82手目の☖8六桂。

藤井優勢が、このまま続くことになった。
その前からAIは先手渡辺に☗7八玉と玉の逃げ道を確保する手を推奨していた。
あらためて、引用の続き。
本局はインターネットで動画中継されている。☖8六桂を指された時に、頭に手をやった渡辺が、「そうか、桂か」と呟いて見落としに気づいたシーンは後にクローズアップされることになった。
冒頭で挙げた2つの手と、第四局の☖8六桂。藤井は勝局のすべてで、自身を代表するような名手を放った。そんなことは一流棋士でも生涯で5回披露できれば十分だ。それを藤井は初めて出場したタイトル戦で3回も成し遂げたのである。
渡辺に口調が熱を帯びてきた。
「過去にもタイトル戦で負けたことはあるけど、この人にはどうやってもかなわない、という負け方をしたことはありません。でも今回はそれに近かった」
敗北直後の、この渡辺の言葉は、実に素直な思いの吐露だったのだろう。
しかし、その藤井の圧倒的な勝利は、もちろん、他の棋士へも大きな衝撃となったはずだ。
どれだけ第一線でやれるかはプレーヤー全員の関心事だが、藤井の登場によって自分の将来の立ち位置が見えてしまったということはないか。緊張しながらそう尋ねた。
「それは今日、棋士全員が思わされたことでしょう」
穏やかな声色で渡辺は答えた。そこには自嘲も謙遜も悲嘆も感じられなかった。
新幹線は藤井の地元である名古屋を通過していた。私が手洗いから戻ると、渡辺は流れる車窓に視線を向けていた。外は闇に包まれ、何も見えない。
藤井との対決はこの棋聖戦が最後ではない。今後、彼とどう戦っていくのか。
「現状では藤井さんに勝つプランがありません。だっていまから藤井さんのような終盤力を身につけようとしても無理だから」
渡辺はきっぱりと語り、これが取材終了の合図となった。堂島ロールを取り出して包みを解き、私の分もナイフで切り分けてくれた。
渡辺は、早く好物の堂島ロールを食べたかったのかもしれない^^
それにしても、渡辺にして、「どうやってもかなわない」と言わせた藤井聡太。
そして、その藤井聡太が連敗している豊島将之から名人位を奪った渡辺。
やはり、将棋は奥が深い。
次回も、渡辺の章から紹介したい。
