やはり、天才なのかーNumber 1010「藤井聡太と将棋の天才。」より(1)
2020年 09月 17日
小学生の頃、近所の将棋好きのおじさんから教わり、兄たちと指しても、負けることは少なかった。
そうそう、親が知り合いの大工さんに、結構立派な将棋盤を作ってもらっていた。
だから、藤井聡太が、棋聖戦、王位戦と立て続けに勝利する対戦は、実に興味深かった。
棋聖戦の第二局の四十二手目の5四金や、王位戦第四局の封じ手、8七同飛成などには、驚くとともに、「この人は、同じ人間か!?」と思ったものだ。
だから、居残り会仲間のMさんから、LINEで「Numberの将棋特集、必読!」とのご指示があったら、これは読むしかない^^

まず、本人の取材を長らく行っている北野新太の「天翔ける18歳。」より。
渡辺新名人との棋聖戦での勝利後のインタビューからご紹介。
感想戦後の会見は、藤井に何かを尋ねられる唯一の機会だった。質問の権利は各社一問。渾身の勝負手が求められた。何度目かの笑顔がこぼれた後、タイトルを得た夜に聞こうと決めていた問いを投げ掛けた。
「今、将棋界はAIとの共存期を迎えており、今回のシリーズでも多くの言及がありました。そのような共存期において人間、あるいは棋士が持つ可能性について新棋聖はどのようにお考えでしょうか」
例によって藤井は瞳を閉じて、俯いた後で言った。
「数年前、棋士と将棋ソフトの対局が大きな話題になりましたが、今は対決ではなく共存の時代に入りました。自分自身、プレーヤーとして(AIを研究に用いることで)成長できる可能性があると思っていますし、観戦の際の楽しみ(評価値の変動)のひとつになればいいなと思います」
さらに「・・・・・・人間として、棋士として、という部分をもう少し聞かせて下さい」と食い下がると、小考した後で答えた。
「今の時代においても、将棋界の盤上の物語は不変のもの。その価値を自分自身も伝えられたらと思います」
盤上、物語、不変、価値、自分自身で伝えるー。
なぜ、こんな言葉を導き出せるのだろう。そして、心の奥に存在し続けている思いが再び去来した。
藤井聡太とは何者なのか。自分はまだ何ひとつ理解していないような気がした。
たしかに、盤上の物語は不変、なんて、当時17歳の口から出てくるとは、思えないよねぇ。
天才は、常識を超える存在、ということだろう。
たとえば、「この質問に、この答え!?」、という例。
興味本位で「訪れてみたい国、街、場所は」と聞くと、中盤の難所を迎えたような長考に沈んだ。後日メールで回答が来た。
「難しいですが、敢えて挙げるなら未来です。場所ではないですが(笑)。テクノロジーの進歩によって社会がどう変化するのか見てみたいです」
(笑)入りの返信は出来なかった。彼の両眼に映っているであろう未来は、自分に見えている世界とはあまりにも遠かった。
我々、もとい、私のような凡人は、〇〇の△△の街、と、文字通りの国や街の名を答えようとするだろうが、藤井は、違うのである。
別な質問への答えも、驚かせてくれる。
平成が終わる時に「平成最大の出来事とは何か」と尋ねると、再び長考に入った。発生当時8歳で記憶にも残っているだろう東日本大震災と答えると予想したが、2分後の回答は、生まれる前年に起きた米中枢同時多発テロだった。
「9.11のテロは、直接は知らなくて映像を見たことがあるくらいですけど、今考えてもすごく大きな出来事だったように感じます。国家間の戦争という軸が変化し、以前の米国とソ連のイデオロギーの対立から世界が変化したことの象徴だったのかな、と思います」
各地の積雪量の推移、ローカル線の郷愁、ベーシックインカムの可能性、米中貿易摩擦や北朝鮮の動向、最新CPUの処理速度。藤井の関心は盤上にとどまらなかった。
何なのだろう、この感性、そして、好奇心は。
革新的戦法や新手を創出した棋士に与えられる升田幸三賞、2018年度は、藤井が竜王戦の5組決勝石田直浩との対局における「7七同飛成」だった。
王位戦第四局の封じ手「8七同飛成」は、飛車と銀の交換だったが、この「7七同飛成」は歩と飛車の交換。
どちらも、王より飛車を可愛がり、と言われるほど大事な飛車を犠牲にする手。
結果として、その後、その犠牲が大きな収穫につながることは、AIでも予測できなかったとされ、「AI超え」と形容されるきっかけになった手だ。
その一手について聞かれた藤井は、こう答える。
「一言で説明するのは難しいですけど、人間であれば条件を整理し、条件に沿った手を考えていきます。その中で導き出した手でした。現状、ソフトが大変強いことは言うまでもないですけど、部分的には人間の方が深く読める局面もあると個人的には考えていたので、それが現れたのかなと思います」
そんなことがあり得るかどうかは分からなかったが、我々の希望にもなり得る言葉だと思った。
たしかに、凡人の私にも元気をくれる言葉だ。
AIは、超高速に膨大なシミュレーションを行うのだが、いわゆる人間の「大局観」という、なんともアナログな感性も、鍛えればAIに負けない、ということだろうか。
高速デジタルな論理的思考回路と、立ち止まって全体を俯瞰しての優れたアナログ的感性の両方が、この人には備わっているのかもしれない。
古い言葉で形容するなら、ハイブリット人間か^^
次回は、ライバルたちの見た天才、について同書からご紹介したい。
天才は天才を知る、のかどうか。
