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代々三遊亭金馬のこと。

 今月鈴本の下席から、五代目金馬の襲名披露興行が始まる。

 東京新聞から。
東京新聞の該当記事

金翁、五代目金馬 親子で襲名
2020年9月11日 07時56分

 戦中から活動を続ける大ベテラン落語家、91歳の四代目三遊亭金馬(さんゆうていきんば)=写真(左)=が21日から先々代の隠居名である金翁(きんおう)を名乗り、息子の金時(きんとき)=同(右)=が名跡を継いで五代目金馬を襲名する。
 親子ダブル襲名披露興行に向けた記者会見で、金馬は「死ぬまで落語家でいたい」、金時は「親子並んで興行に出られて、うれしい」と語った。
 一昨年、大病をした金馬は「体が利かなくなり、なかなか寄席に出られないのに金馬の名前を持っていてはいけないと思った。弟子でもあるせがれに譲ることを考え、皆さまのご了解もいただいた」と経緯を語った。
 一方、金時は「以前にも金馬を継がないかと言われたが、名前の大きさも重さも知っているので、お断りしてきた」と明かし「でも、今回は逃げられなかった。(父が背負っている)重い看板を下ろしてやるのも親孝行かな」と話した。
 昭和に活躍した三代目は明快な口調で笑いを誘い、レコードやラジオ出演も多く、人気を集めた。現金馬は小金馬を名乗っていた際にNHKのテレビ番組「お笑い三人組」で人気者になり先代没後、一九六七年に四代目金馬を襲名した。
 金時は五十七歳。大学を経て、父に入門して三十四年。「三代目は名人中の名人。四代目はバラエティーなどでも活躍した器用な人。私は不器用な金馬になろうと思っています」
 これに対し、父の金馬は「五代目なりのものをつくってもらいたい。面白い落語家になっておやじを乗り越えてくれよ」と期待を寄せた。
 披露興行は九月二十一日〜十一月十日に都内の五つの寄席で開催。金翁の出演は「一」と「五」の付く日に予定している。

代々三遊亭金馬のこと。_e0337777_11101369.jpg


 『古今東西落語家事典』を元に、代々の金馬のことを振り返りたい。

 元々、立川だった金馬という名跡を三遊亭で初めて名乗ったのは、二代目の三遊亭小圓朝だ。
 この人は、お父さんが、圓朝の師匠でもあった二代目圓生門下の圓流。圓流はその後、初代圓麗を襲名。
 十五歳で父の弟弟子にあたる圓朝の門下に入った。
 安政四(1858)年の生まれだから、明治六年のこと。

 前座を三年務めた十八歳の時に、圓朝や四代目圓生が名乗った由緒ある名である、三代目橘家小圓太を名乗る。

 嘱望されたにも関わらず女性問題や借金でしくじり破門寸前までになったため、一時期ドサ廻りに投じた。
 二十五歳の時に帰京して師匠圓朝に謝罪し三遊亭圓花を名乗り再出発する。
 1885年には元の小圓太に戻り、1893年ころには初代三遊亭金馬に改名し真打の看板を上げた。
 それまで「立川金馬」として受け継がれてきた金馬の名であるが、金馬は初めて三遊亭の亭号を名乗ったので「初代三遊亭金馬」である。
 その後、三遊亭圓馬に改名したものの、大坂にも圓馬がいたので明治三十八(1905)年、三遊亭小圓朝に改名。
 異論はあるものの、一朝老が初代とされているので、二代目小圓朝。
 実子は、飯島友治さんなどが高く評価した、三代目小圓朝。

 二代目の三遊亭金馬。
 慶応四(1868)年五月生まれで、大正十五(1926)年没。
 俗に「お盆屋」と言われ、『宮戸川』で叔父さんが住んでいた霊岸島の桶職の家に生まれた。
 本所亀沢町の戸川というお盆屋に奉公していたので、通称となった。
 奉公時代から天狗連や寄席通いをするようになり、明治二十年代前後に近所で公演していた奇術師萬國斎ヘイドンの門で併喜を名乗る。
 その後、初代三遊亭圓麗の息子で当時の橘家小圓太(後の二代目三遊亭小圓朝)の門下で太遊を名乗る。
 二ツ目昇進に伴い、三遊亭圓流に改名。明治三十九(1906)年二月、真打昇進し、二代目三遊亭金馬襲名。
 この人は、二つ目の圓流時代から落語研究会に抜擢され三遊派の若手で活躍し、後に離脱し若手を集め三遊分派を設立、解散後地方をドサ廻りをしていたが関東大震災後三遊睦会の設立に参加した。
 また、初代三遊亭圓右の、いわば幻の二代目三遊亭圓朝襲名を実現させるために奔走するなど、三遊派の復興に力を注いでいた。
 1925年あたりから中風で倒れて高座を離れる。1926年4月に三遊亭圓洲に三代目金馬の名跡を譲り、自身は隠居名三遊亭金翁に改名。晩年は初代柳家三語楼の身内になったり、弟子の柳家金語楼の斡旋で落語協会に入った。

 ということで、初代と二代目は、師弟関係にあった。

 だが我々にとって馴染み深い三代目金馬は、講談師から落語家となった人だが、師匠は、初代の三遊亭圓歌。

 明治二十七(1894)年10月25日、東京府東京市本所(現・東京都墨田区本所)生まれ。
 家業は洋傘屋であった。
 小学校卒業後、本所林町の実家を出て本所相生町で経師屋をしていた伯父の元で奉公修行。
 本所で奉公、ということは、二代目金馬との共通点。しかし、三代目を「経師屋」と呼ぶ人はいない。
 近所にあった広瀬という寄席に入り浸り、はじめ講談(講釈)を志し講談師の放牛舎桃李(放手金桃李、揚名舎桃李、二代目放牛舎桃林とも)に入門。しかし、講釈を始めると客が笑ってしまうため、噺家の方がむくといわれ、講談には見切りを付けた。その後、初代三遊亭圓歌にスカウトされて入門、三遊亭歌当を名乗った。
 師匠の初代圓歌は、名人と言われた初代圓右の弟子。
 入門して二年にも満たない大正四年二つ目に昇進し、二代目三遊亭歌笑を襲名。大正八(1919)年末には三遊亭圓洲に改名し、大正十五(1926)年四月、三十一歳で三代目三遊亭金馬を襲名。

 では、金翁となる四代目金馬。
 昭和四(1929)年生まれ。昭和二十六(1941)年七月、小学校卒業の十二歳で寄席の支配人の伝手で三代目三遊亭金馬に入門。少年落語家・山遊亭金時として初高座を踏む。
 昭和二十(1945)年終戦直後の8月18日に、二つ目昇進し、三遊亭小金馬と改名。
 昭和三十(1955)年、『お笑い三人組』がスタート。国民的人気者となった。
 四代目金馬を襲名したのは、昭和四十二(1967)年のこと。小金馬時代は、二十二年間続いた。

 五代目は昭和三十七(1962)年生まれ。
 昭和六十一年、大学卒業と同時に父に入門。父の前座名の金時を名乗ったが、父は山遊亭だった。
 この人、なぜか、寄席で滅多に出会わない。
 ずいぶん前、2010年だからなんと十年前に国立演芸場で『駒長』を聴いて感心したことがある。

 さて、初代以降、金馬という名跡の在籍期間(?)を確認。

 初代  1893年~1903年 10年間
 二代目 1906年~1926年 20年間
 三代目 1926年~1864年 38年間
 四代目 1967年~2020年 53年間

 まだ、私などは小金馬のイメージの強い四代目が、最長なのである。
 長生きも芸のうち、という言葉を思い出す。

 この名跡、途絶えている期間が初代から二年目、三代目から四代目でそれぞれ三年しかない。
 今回も、途切れのない襲名だ。

 どちらかと言うと、地味なイメージの五代目。
 ぜひ、金馬襲名で、寄席でも出会う機会が増えることを期待するし、彼ならではの金馬になって欲しい。
 不器用でいいが、不器用金馬、という通称にはならないよう願いたい^^

 新たな金馬誕生で、紹介した新聞記事でもそうだが、せいぜい話題になるのは四代目と三代目が中心なのだろう。

 しかし、金馬の名が継承されることで、同じように次の代に金馬の名を譲り、自らは金翁という隠居名を名乗った二代目や、短い間とはいえ初代を名乗った二代目小圓朝などのことが思い出されても良いと思う。

 この披露目、なんとか出かけたいものだ。

Commented by たろー at 2020-09-12 11:08
この7月東京江戸博物館オンライン寄席で三遊亭金馬・三遊亭金時親子対談を観ました。
対談では四代目の小金馬時代中心に芸人としての歴史をまとめて聞くことができてよかったです。
対談後は金馬師匠「権兵衛狸」
アーカイブ公開もうしばらく続けていただきたかった。

Commented by kogotokoubei at 2020-09-12 17:48
>たろーさんへ

そうでしか。
やはり、小金馬時代の方が、何かとネタは多いのでしょうね。
とはいえ、以前書いたことがありますが、四代目は「金馬いななく会」という独演会を行い、芸を磨いていた時期があります。
金時が、そういう会を開いているのか、勉強不足で知りませんが、ぜひ、一皮むけて欲しいものです。
Commented by at 2020-09-13 07:08
金時は、辛口のほめく様に「二世落語家は大抵駄目だが、金時は別」と評された噺家です。
「黒門亭」で「鰍沢」を聴いたとき、目の使い方が怖くて、感じ入った覚えがあります。
一層の精進を重ねて大看板になっていただきたい。
Commented by kogotokoubei at 2020-09-13 08:10
>福さんへ

へぇ、あの(?)ほめ・くさんが!
襲名がきっかけで大看板になる噺家もいます。
期待しましょう。
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by kogotokoubei | 2020-09-12 08:36 | 襲名 | Trackback | Comments(4)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛
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